第141話
彼女の叫びとほぼ同時に、それは叫ぶ。
「ああああ!! 待って!! 待て!!」
それは予想外の生き物だった。
一フィートルの醜悪なゴブリンでなければ、トカゲ人間でもない。オークやトロルでもない。人間だった。
灰色の肌と青い目を持つ人間。
ルルと同じ壁の民。ただし、怯えるように縮こまった姿勢を正しても、この者の背丈は彼女の半分もないだろう。
「マルフス……」
唖然とするルルと他の者達だったが、状況を理解すると女戦士の顔は怒りに歪んでいく。
「お前、こんなところで何をしている」
マルフスと呼ばれた小さな壁の民は震えて首を振るばかりで言葉が出てこない。
「何をしているかと聞いている!!」
「違う」
「違う? 何が違うんだマルフス。貴様!! ずっとここで一人、敵に怯え逃げ隠れていたのだろう!!」
ルルはマルフスの首を掴み押し倒す。
「く、くるしい。はなせ……、し、しぬ……」
「死ね!! 死ね!! 死ね!! 一族の恥さらしが!! 私がこの場で殺してやる!!」
マルフスは男だ。壁の民としては繰り返しも濁りもない、珍しい名を持つ壁の民の男。
男ではあるが背丈はルルの半分しかないので、同族の女の怪力の前にただもがく事しかできない。
「やめろ!! ルル!!」
ゴドゴが止めに入る。
「何故、止める!! こいつは戦いから逃げたんだぞ!! その意味があんたにわからぬはずはない!!」
戦いの民である彼らにとって逃亡や戦闘放棄は決して許されない重罪。そんな事はゴドゴも知っている。
「ああ、わかってる。お前の怒りはもっともだ。だがルル、こんな男を殺す為にお前の力があるのではない」
「その為だ!! こういった屑を殺す為に私の力はあるのだ!! 邪悪を討つ為に私の力はある。リザードマンにゴブリン、オークにトロルにミノタウロス、灰の地の邪悪をだ!! そしてマルフス、お前のような邪悪を!!」
バルバが死んだ。バルボバが死んだ。ズズが、もっと大勢の仲間が死んでいった。
冬が来る度、幼き日から共に戦ってきた友が、仲間が、次々と死んでいく。
それは誇り高い事、悲しむべき事ではない。彼らの誇り高き死は喜ぶべき事なのだ。
そう教えられ、そう考え、そう思い生きてきた。
だが、何の悲しみもないはずがない。後悔がないはずがないのだ。
もっと速ければ、もっと強ければ、救えた同胞もいたのではないか。彼女は己の非力を憎み、怒り生きてきたのだ。
「何故戦わない、何故逃げ隠れする!! お前の同胞が命を賭して戦っていたのだぞ!!」
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