第126話

 デリシャ共和国。

 蒼宝海の湾奥部に位置するこの国は共和政治、その始まりの地として知られている。

 今ではいくつかの街や村を抱えるだけとなったデリシャではあるが、かつて伝説となりし古き時代には、デリシャ人は今のユロア大連邦にも劣らぬ巨大な大王国を築いていたという。

 古の石碑にその名を記された古代王国は、デリシャ人に黄金に輝く栄光の日々を与えていた。

 だが暴虐無知なる一人の愚王によって偉大なるデリシャの王国は滅び、デリシャ人達は二度と悪しき暗君を立てぬ為にも、彼らは彼らの手によって国を治める事を始めたのだった。

 それこそが大陸初の共和政治であった。

 時代の流れにより、隆盛著しいユロア大連邦に呑みこまれはしたものの、王を持たずの共和政治の理念は今日、ユロアのみならず、フリアの人々にも強く影響を与えたという事を疑う者はいない。

 ユロア大連邦に属する、つまりはユロアの大王の臣下となりながら、デリシャの人々は今でも彼ら独自の文化を維持している。

 建前上においてはデリシャは大王の臣下であるが、ほとんどのデリシャ人は大王に対して崇敬の念など抱きはしない。彼らは今でも国家の運営において民主的な政治体制を維持しており、大王や外部の干渉を容易には許していないのである。

 連邦に属する諸国において、大王と並び彼らの神であるルブ神は絶対的な存在であり、最大の敬意を持って信望せねばならぬ対象であるのだが、デリシャは唯一異教の神々を祀る事を許されていた。

 無論、デリシャ国外の連邦の地でデリシャの神々の名を出し、ルブ神を貶めるような発言はデリシャ人であっても許されはしない。

 だが、デリシャ国内では大王を批判し、ルブ神ではなくデリシャの神々を崇める事が許される、その空気があった。

 それがどれほど連邦の地において特殊な事であるかは、異教の神々を連邦内で布教すれば極刑となる連邦法の重さが示している。

 なぜユロア大連邦の大王が、属する諸国がデリシャに対してそこまで寛大であるのか。それは長い歴史の中で生まれた様々な因縁や、小国ながらも一流の戦士と魔術師を擁する古き偉大な王国の末裔に対する一種の畏れなどもあるのかもしれない。

 強大な連邦の一応の支配下に置かれながらも、強い独自性を維持し続けるデリシャ人達を、他の連邦人は反感を込めながら、デリシャ人本人達は誇り持ってこう言った。

『デリシャは染まらない』。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る