第89話『祭りの後』
もうすぐ冬が来るというのにその日は妙に暖かく、春の訪れかと錯覚してしまうほどだった。
古の宴フェスタ・アウラが甦った日、村は一年で最も穏やかな時を迎えていた。
宴の疲れもあって、朝は皆眠り静まり返っていたボウル村であったが、昼頃になると村人達はもう起きだし始めていた。
「はぁ、なんと良い天気じゃ」
「珍しいの、これも精霊様の恩恵か」
「朝まで騒いでたわりには、もう頭は冴えてるぜ」
「体の調子はむしろよくなったぐらいだ」
村人達はそんな事を言いながら昨夜の出来事をああだ、こうだと話し盛り上がる。
そして老若男女問わず、誰もが口々に主役であった精霊セセリナの踊りを思い出しては、その美しさを称えた。
「祭りっていいもんだな」
フェスタ・アウラを楽しんだのは何もボウル村の人々だけではない。異国よりこの村を訪れた東黄人の少年ファバもその内の一人だ。
村長から貸し与えられた部屋から村を眺め、彼は嬉しそうに笑みをこぼし、傍らの男に話し掛ける。
「あれは特別だ。精霊と踊る祭りなど、フリア広しと言えど他には存在しない」
村人達やファバと異なり、一人だけ温度の違う口調で話すレグス。
「まぁ、そうなのかね。祭りなんてまともに参加したのは初めてだったからよくわかんねぇや」
レグスと出会う前までのファバにとって宴や祭りなど忌まわしいものでしかなかった。
特異な容姿から生まれ育った村では隔離され、盗賊団に身を移しても見世物のように扱われる。
他者と喜楽を共有するなど彼には思いもしない事だったのだ。
「それで昨夜の主役はどうしたよ」
セセリナは宴の終わりと共に村から姿を消した。と、いうよりレグスが身につけている指輪の内へと戻ってしまっていた。
「さぁな、たぶん眠ったままだ」
指輪はずっと沈黙したままであった。精霊の持つ霊力の気配など微塵も感じられない。
「そっか。……なんか、ふわふわした変な気分だ」
昨夜の高揚感の名残なのだろうか。どこかいつもとは違う感覚がファバの内にあった。
「……全部、夢だったんじゃないかって。はっ、なんだろ。馬鹿言ってんな俺」
自嘲しながら己を頬を両の手で打つファバ。
「夢か」
昨夜の出来事が不思議な感覚となり残っているのはレグスも同じだった。
「なんだよ。レグスまでらしくねぇな」
彼の同調するかのように漏れ出た言葉にファバは少し気味悪がった。
「このままセセリナが二度と姿を見せなければ、村の人間以外は皆そう言うだろうと思ってな」
左手の小指にはめられた指輪を見ながらレグスが言った。
「二度と姿を見せないって、あいつはその指輪の中にいるんだろ?」
「それも確信はない。何せ奴の霊力が全く感じられない。眠ってるせいなのか、それとも単純にもういないのか」
「いないって、あの精霊って昔から生きてるえらい精霊なんだろ!? あんたの探す石を見つける為にいろいろ聞き出さないといけないんじゃねぇのかよ」
「そのつもりだったんだがな」
セセリナの一方的な説教を食らった事を思い出して顔を歪めるレグス。
「精霊とは身勝手で気まぐれなものだとも言われている。久しぶりのフェスタ・アウラに満足して知らぬまに自分達の国へと帰っていても不思議ではない」
「精霊の国?」
「半分おとぎ話のようなものだ。実際にあるかはわからん」
「そういう事も含めていろいろ聞けたのにな。ったく我がまま女、中にいるならはやく起きてこいよ」
物言わぬ指輪に悪態をつくファバであったが、彼の思いが届いたのだろうか、いくつもの青白い光りの粒子が指輪から突如飛び出しくる。
「おいっ!! これって!!」
予想外の反応に動揺する少年。
「ああ、どうやらお目覚めだ」
レグスの目の前で粒子が集合し、少女を形作る。
「人間の分際でえらく好き勝手言ってくれるじゃないの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます