第58話『ボウル村』
二人が目的の村、ボウル村に辿り着いたのは、夜が明け、しばらくしてからの事だった。
セイラの実の効果だろうか、村に着くまでにまたブラディウルフに襲われるような事はなかった。とりあえず危機を乗り越えたと言えるのだろう。
そう、とりあえずは。
「何者だお前達」
村の入り口に設置された木造の見張り台から男が訪問者であるレグス達に問う。
隣には別の男が弓を構え、こちらに向けている。二人共、東黄人である。
「助けが欲しい。私達は国を追われこの地に流れてきた。このボウル村じゃそういった者に救いの手を差し伸べてくれると聞いてやって来たのだ」
レグスの偽りの言葉に見張り台の男達はなにやら話し合っている。
「いいだろう」
そしてどうやらレグスの言う事を一応信じたらしい。しかし無条件とまではいかない。
「だが、武器はそこに置け、荷物も調べさせてもらうぞ」
無論、レグスもこの手の事は想定済みである。
「ああ、わかった」
ここで拒んでいては先に進めない。罪もない村人相手に強行突破するわけにもいかないのだ。
レグスは剣と短剣を、ファバは短剣と機械弓を地面に置く。
それを見張りの男が確認し、村の中へと合図を送る。すると、木造の門が開かれ、そこから幾人かの男達が現れた。
男達は皆青目人であった。彼らが二人に近付く間も、見張りの弓は二人を狙ったままである。
「見せて貰うぞ」
ある者は荷物袋を開き中を確認し、ある者は地面に置かれた武器を調べ、そして一人が、レグスの格好を見ながら尋ねてくる。
「どこから来た?」
青目人達がよく使う青語ではなく、黄語、つまりはエジア語で尋ねる男。
「ザナール」
「名は?」
「ゲッカ、こっちはトウマだ」
偽名を名乗るレグス。
「追われた理由は?」
「もとは旅商人をしていたが、危ない目に遭う事も多くてな。しばらく前からザナールに店を構えていた。だがそこで問題が起こった」
「どんな問題だ」
「地元の商人ギルドと揉めてね。奴らにあらぬ罪で告発されたというわけだ」
「罪状は?」
「詐欺から殺人、邪教崇拝まで。もちろんそんな事はしていない。だが相手は青い目の商人達だった。結果は見えている。そこでこの子を連れてこの地に逃げてきた」
「あんたの子か? いや、若すぎるか。弟か?」
「血の繋がりはないさ。縁あって引き取った子だ」
「その顔は?」
ファバの顔を見ながら男は言う。
「生まれてすぐに重い病気にかかってああなったようだ。安心しろ、うつるようなもんじゃない」
レグスの一言一言を、疑うような目をしながら男は聞いている。そして彼は荷物や武器を調べている者達に不自然な点がないか問う。
「イザーク、カール、どうだ?」
言語が青語に切り替わっている。
「この剣も短剣もかなりの業物だ。だいぶ良い値がつくぞ。剣の方は魔力もありそうだし、短剣はこりゃ毒か。それなりの商人なら入手できる物かもしれんが、毒は気になるな」
「だ、そうだが?」
男がレグスを見て返答を促す。
「旅商人をしていたと言ったはずだがな。これでもそこらの冒険者などよりはよほど旅に慣れているつもりだ。武器も荷物もその時の経験から、必要な物を最低限持ち出してきた」
平然とした顔をしながら青語で嘘をつくレグス。表情からそれを見破るのは不可能だろう。
「綺麗な青語だ」
この辺りの東黄人にありがちなぎこちない青語ではない、レグスの流暢なそれに男は反応を示す。
「当然だ。商売をやるに青語は避けて通れない」
旅をするのにも商売するのにも、フリアどころかグレイランドを除く大陸の大部分で共通語と化している青語は、最低限の教養とすら言える。
「旅に慣れてるのは間違いなさそうですよ」
荷物袋を調べている方の男が言う。
「火光石にセイラの実なんかもありますけど、こんな高価なもん使ってるのは、ある程度金を持った冒険者か商人ぐらいでしょう。しかしまぁ、ほかにもいろいろとありますけどちょっと全部まで判断つきませんね、こりゃ」
「判断つかずか……、どうしたものか」
考え込む男に武器を調べていた方の青目人が言う。
「ロニー、この機械弓、パピーだぜ。しかも出来がすこぶるいい。こりゃあちょっとやそっとで手に入るもんじゃねぇんじゃねぇか」
ロニーと呼ばれた男のレグス達に対する疑いが強まる。
「どうするよ? 俺達だけじゃ無理だろ。上の人間呼んだ方がいいんじゃねぇか?」
仲間に言われ、ロニーは溜め息をつく。そして。
「仕方がない、ボルマンの爺さんを呼んできてくれ。あとは村長にも知らせを」
彼は指示を出す。
「ああ、わかった」
指示を受けた仲間の男が村の中へと消える。彼がボルマンという人物を連れてくるまで、レグス達は待つしかなかった。
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