第11話 巨人

 しばしの間、目を瞑っていると決勝トーナメントの一回戦がすべて終わったようで、アラートと共に二回戦を告げるメッセージが届く。

 アバターとなる自身がポリゴン片となって転送された場所は、先ほどとは違いデブリが所々に浮いている宙域だった。このVFではある意味普通の戦場だといえよう。コロニー内や地上での戦闘の方が実のところは珍しい。

 対戦相手の名前は「ジード」と表示されている。


「どっかでみたような……」


 オレはジードというプレイヤ―の名前をどこかで見た気がした。どこで見てどういう機体に乗っているのか、という重要なところを完全に忘れてしまっている。曖昧な記憶だがかなり前に見たような気がする……はずだ。

 試合開始のカウントダウンが刻々と刻まれている中、必死に自分の記憶を探る。しかしその甲斐もなくカウントは0になった。無情になるゴングに一つため息を吐く。


「見ればわかるだろ……」


 相手の情報が出てこなかったのは残念だが、記憶に引っかかりを覚えるほどに何かしらの興味をそそられたのは間違いない。ジードとやらの機体を見れば何かしらわかるだろうと前向きに考えることにした。デブリに隠れて敵機が見えないもののどこから狙われるかわかったものではない。

 自分自身が隠れて見つける側に回るならば心強いが、相手にもそれを利用されると厄介極まる。かくれんぼが巧い方が有利である、と言い換えてもいいかもしれない。

 そう思いつつデブリを避けながらも会敵に備える。このような場所では先に敵機を見つけた側が圧倒的なアドバンテージを得ることができる。初撃を完全な不意打ちにすることが可能で、その一撃で終わってしまうこともある。さらにはいくらレーダーに映るとはいえ一定以上の機体は、発射場所しかレーダーに映ることはない。意図的に相手のレーダーに移すことは可能だがするものは中々いないし、その意味はあまりないというのも大きい。

 お互いに敵機のレーダーに映らないように出力なども抑え、序盤はゆっくりと試合が進む。

そう、普通の機体同士ならそうなっていた。だが、ジードの駆る機体はその常識的な戦術を完全に無視した一撃を放ってきたのだ。

 デブリを避けながらレーダーとメインカメラを駆使して索敵を行っていると、一条の巨大な光がデブリを消し飛ばした。射線上にあったデブリはほぼ全てが消し飛ぶほどの破壊力だ。あわよくばそのまま敵機を撃墜してしまおうという腹の一撃だ。


「どんな火力してやがる……!?」


 思わずその照射されたビームの大きさに声をだしてしまった。回線が繋がっていなくてよかった。相手に少しでも動揺を伝えないのは重要だ。

 現在のVFにてこのような大出力の照射ビームを放てるのは、それこそ特化機にしてはじめて行えるものだ。贈与機などの一部“例外”を除いて。

 そうこれを発射した機体はその“例外”の一つだった。


「そうか、思い出したぞ! 『巨人《ヘカトンケイル》か!』」


 《アルタイル》のレーダーに表示された点は通常よりも何回りか大きい。その発射元をデブリの陰から覗きこむとそこには巨人がいた。

通常VFの機体の平均全高は13mだ。だがジードの乗る《クロノス》はその枠に収まらない。

 《クロノス》のその全高は30mを超えるほどに巨大だ。通常のVFの二倍以上ある全高は伊達ではなく、その巨体に見合っただけの出力を出すことが可能だ。

 VFの中にしてその異様は確かにオレの記憶の中にあった。そうこの試合の開始前にジードと言う名前に覚えがあったのは、この《クロノス》の搭乗者の名前に他ならないからだった。

 確か見たのはVFについての雑誌だったはずだ。その異様は誰もが感じることだ。だから誰かがインタビューか何かをしたことが書かれていた。それを見た覚えもある。しかし強さは語れども弱点に繋がるようなことは話していなかった。当たり前であるが。


「さっさと出てこいよ、チビ野郎!!」


 ジードについて思い出していると、荒々しい声が敵機のパイロットから飛んできた。明らかな挑発だ。見え透いた挑発に乗れば真正面からのビームの撃ちあいになる。そんなことはオレの《アルタイル》の領分ではない。

 今の通信と共に《クロノス》の右手に持っていた大型のライフルを何発も放つ。その威力はオレの《アルタイル》に搭載されているランケアV粒子収束ビーム砲よりも上かもしれない。あんなものを気軽に撃ち続けることが可能なのはその巨体に搭載されたジェネレータのなせる力技だろう。通常のVFよりも何倍の出力が出せるかなど想像できない。

 さらにさきほど放ったような腹部の超出力ビーム砲などは掠っただけでこちらの機体が爆損することは必至だ。

 そもそも巨体だからといってその機動力が劣っているということもない。ブースターやスラスターも《クロノス》専用の規格外の出力の物を積んでいると自慢していた記憶がある。ジェネレータの出力に任せた火力と機動力を保持しているのだ。

 さらにはその巨体故に装甲は並のVFの何倍もの堅牢さを誇っているのは火を見るより明らかだ。唯一フレームの見える関節部もでき得る限りの装甲が取り付けられている。まさに攻防一体の機体だろう。


「当てて見ろよ下手くそ!」


 挑発をされたのならばオレもそれに返礼をしなければならないだろう。通信をそれだけ返して《クロノス》の弱点を探る。


「望んでいるならそうしてやろう!!」


 オレの挑発が効いたのかは定かではないが《クロノス》は腹部から拡散粒子砲を発射、周辺の大小構わずデブリを全て破壊しつくすつもりのようだ。散弾であるにもかかわらず、一つ一つがデブリを抉り取る威力を持っている。

 だが相手が無駄にエネルギーを消費してくれるのは願ってもないことだ。ヤマトの《リゲル》のような出力特化で持続力のないピーキーな調整はしていないだろうが、無尽蔵にビームを撃ち続けることは不可能だろう。

 そもそも大きさからして不利であるため無理に真正面から対峙する意味もない。

しかし相手の性能を探るためにも一度はリスクの背負った攻撃をする他ないと考え、オレは敵機の背中側から膝裏の関節部にVライフルを発射。その結果を見ることはせずにその場を素早く離脱する。

 直後先ほどまでいた場所にあったデブリは跡形もなく消えさっていた。発射した場所に留まることは即ち、死を意味するのだ。


「チョロチョロと隠れやがって卑怯者が!!」


 ジードはこの虱潰しの状況にイライラを募らせているようで、通信からそのことが簡単に窺える。


「いつになったら命中するんだ?」


 ジードの冷静さをなくさせるためにさらに煽りを入れる。


「…………チィ、まぁいい。お前の機体の豆鉄砲じゃあ俺の《クロノス》を倒すことはできんからな。じっくり追い詰めてやろう」


 しかしジードもこのような戦い方をされるのは慣れているのか、オレの煽りに対して逆に冷静さを取り戻してしまった。

 再び後方に回り込みVライフルで狙った場所を見ると予想通り致命的な傷にはなっていなかった。少々の傷ができた箇所があるもののそのVライフルで仕留めるにはもっと近くで撃つしかないだろう。些か撃つ位置が遠すぎたようだ。

 やはりここは腰部のV粒子収束砲ランケアに頼るしかないだろう。この機体の火器最大火力のビーム砲だ。Vライフルをチャージして撃ったとしてもこのビーム砲の足元にも及ばない。または最悪接近してビームサーベルで攻撃するほかないだろう。

 そして次に狙うのは武装をほぼしていない脚部よりも腕部特に利き腕だろう右腕に定めた。《クロノス》の手はSC製のVF同様武装一体型のマニュピレータとなっている。そのため脚部よりも脆いとふんだのだ。

敵機の前方へ隠れながらも回り込んだオレはジードに声をかけた。


「前ばかり向いていていいのかよ」


「何?」


 ジードはオレからの言葉に反応する。次の瞬間に《クロノス》のメインカメラが搭載された頭部が後ろを向こうとした。その僅かな隙は予定通り出来た隙だった。照準はすでに右腕の肘に付けられている。

 先ほどのVライフルとは桁違いの威力を誇る朱色のビームが二本とも《クロノス》の右肘に叩きこまれる。


「何!!?」


 その装甲に絶対の自信があったのだろう。ジードは関節部の装甲が吹き飛んだことを告げるアラートに驚愕したようだった。

 一度で関節を破壊することはできなかったが、V粒子収束砲ランケアが通用することは分かったのはかなりの収穫だ。そしてかなりのダメージを与えることもできることが分かった。

 やはりこいつは最高だ!


「とんだウドの大木だ!!」


 離脱の体勢に入りつつも一言ぶつける。


「調子に乗りやがって……」


 オレの言葉にジードは先ほどとは違う静かな声を絞り出すように発した。


「お前は必ず殺す!」


 ジードの言葉の直後、《クロノス》の腕部と脚部の装甲が一斉に開く。そこには大量のミサイルが搭載されていた。その数は昨日ブロックで戦った実弾特化のヴォルフの《スペロペプ》の出すミサイルを優に超えていた。


「やっべ!」


 こんな死の雨をまともに食らったら通常の防御性能を持つVFなど塵芥になってしまうのは必定だ。

 《アルタイル》に堅牢な防御性能はない。そもそも通常のVFと比べても装甲などを削って機動力に特化させているのだ。このミサイル一発一発が即死レベルの驚異となる。

 ランケアを敵に撃ったあとに離脱の体勢に入っていたことが功をそうしたのだろう。

 極限まで研ぎ澄ました集中力が時間の経過を遅延する。

 その死の雨であるミサイル群を頭部バルカンで迎撃しつつも直近のデブリの陰に逃げ込む。しかしそこで一息などついてはいられないことなどわかっていた。そのデブリがミサイルで破壊される前にまた別のデブリの陰に逃げ込むこと数回。どうやらすべてのミサイルを防ぐことができたようで、爆発音は聞こえなくなった。


「危なかった……」


 さすがに冷や汗を隠せず、大きく息を吐いた。


「ちぃっ! どこまでもすばしっこいコバエめ!!」


「殺虫剤は品切れか?」


 攻勢をかけるなら一気だ!

 そういいながら《クロノス》の右側のデブリからくるりとバレルロールをしながら腰部のランケアを構え発射。朱色のビームはまたも先に吹き飛ばした右肘の関節部に着弾。フレームがむき出しになった関節はその無防備な見た目通りに防御性能がほぼなく吹き飛んだ。それと同時に吹き飛ばされた腕部とショートを起こす危険が有るためパージされた右腕部が爆発する。

 どうやら通常のVFよりも装甲が分厚いこともあり、それを過信してシールドなどを装備していないようだ。


「まずは右腕」


 これで右側はほとんど武装がなくなっただろう。


「ナニィ!!? くそ!! ふざけやがって! 俺の《クロノス》をっ!!」


 だがここで突っ込むのは愚策だ。現に《クロノス》の左腕の武装は健在であり、何よりその巨体も揺らいでいない。そして体勢も立て直しており、闇雲に攻勢をしかけるだけでは返り討ちに合うことがわかった。その巨体はただのタックルでさえ軽量機の《アルタイル》にとっては致命的になり得るのだ。

 敵の悪態を聞き流し、《クロノス》の真上を取るように《アルタイル》の機動力を活かして素早く移動し、頭部に向けてライフルを放つ。ライフル程度では少しの傷が付くだけだがアラートを鳴らすことはできる。先ほど腕を吹き飛ばす火力を見せられたのだ。いやでもそのアラートには反応する。

 敵の反応は素早かった。だが、相手の機体の頭部が上を仰ぎ見るがすでにそこにオレはいない。とっくにリチャージができていたランケアを、今度は左肘の関節部に撃ち込み装甲を吹き飛ばす。そしてそのまま相手が衝撃に怯んでいる隙に、敵機の斜め上から急速接近。


「ぶった斬れ!!」


 振りかぶった両手のビームサーベルを最大出力で、上から関節部に叩き込み斬り裂く。その勢いのまま敵機下方に離脱。

 敵は右腕が破壊された動揺のせいか敵機は一連の攻撃を対策出来なかった。


「左腕までやられた!? クソがこんなはずじゃあ!!」


 今まで煽られても攻撃を外しても焦りはしなかった敵の明確な焦りと同様が聞こえてくる。


「もう武装はほぼないんだ。降参しろ」


 別にここで撃墜されても現実で死に至るわけでもない。そのためこの勧告はあまり意味がないだろう。


「ふざけるなああ!! まだ俺は戦える!!」


 予想通り、オレの勧告にジードは咆えた。それと同時に頭部の口に相当する部分が開かれ銃口が露わになり、粒子の光が集まる。直後圧縮された高威力の粒子砲がばら撒かれた。両腕がなくなった状態においても火力の高い武装が残っていたのだ。


「まだやるってのか!!」


 さぁ、最後の正念場だ。

 《クロノス》の胴体は腕部よりも装甲は厚い。そのため流石のランケアだとしても数発では吹き飛ばすことは不可能だろう。しかし唯一の薄い部分存在する。それは敵機の最大口径の腹部粒子砲の銃口だ。最大の攻撃部が最大の弱点でもある。

 《クロノス》の口から吐き出され続ける凄まじい粒子砲を掻い潜る。

 敵の放つ粒子の渦の流れがはっきりと見て取れる。ビームの雨を避けきり右手のビームサーベルを腹部の銃口に突き刺した。


「クソがっ!! こうなったら!!」


 敵機最後の悪あがき。それは腹部の粒子砲を放つことだった。銃口の目の前にいる《アルタイル》をその火力で消し飛ばすつもりなのだろう。


「なら!」


 すでに一本銃口に突き刺したが、まだ完全に破壊できていないのか粒子砲が放たれる兆候がみられる。だがそんな自身の考察には構わず、オレはもう一本のビームサーベルを銃口に突き入れる。それと同時に敵機を足場に飛び上がり離脱する。


「俺がこんなチビにいい!!!」


 飛び上がった直後、腹部の銃口を完全に破壊されたことにより、圧縮した粒子が出口を求めて爆発を引き起こした。巨大な火球の衝撃からビームシールドを構えてコックピットを守る。


「やっべ!! ……ぐぁっ!」


 爆発の衝撃をもろに受けてそのまま勢いよく吹き飛ばされデブリに機体がぶつかる。

 衝撃に息を忘れ、システム的に意識を飛ばされそうになりながらも、コックピットだけはなんとか守りぬくことができた。代わりに《アルタイル》は左腕とコックピット以外がかなり損壊してしまっていた。判定としては半壊と言ったところだろう。


「なんつーやつだよ……」


 オレの勝利を表示する画面を見ながら悪態をついた。

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