第一章-シングルトーナメント-

第4話 さらなる出会い

 周りは何もない暗闇よりほんのり明るい世界。

 オレの搭乗する機体である《アルタイル》に向かって光弾が放たれた。その光弾はオレが避ける動作をしなくともこちらを捉えてはいない。

 相変わらず射撃が下手だな。

 オレは後退しながらもこちらに猛追するSC軍製の機体を見る。オレの機体と距離がある上に、左腕には巨大な盾も装備されている。普通なら取りつかれることはない。

 だがしかし、その機体のブースト速度はこのVF内でも最速レベルの速さだった。VF内の最高出力がでるジェネレータを使っている。さらにはその高性能な出力を十分に生かせるほどのブースター、スラスターなどの機動力に関するものも全てを見るならば最高だ。

 オレはそのことを知っているからそう驚くほどではない。鈍重そうなのは装備している巨大な盾と剣だけである。


「オラッ!!」


 雄叫びがその機体の操縦士から発せられる。

 雄叫びは敵機が急加速クイックブーストを終えた後だった。

 すでに剣の間合いに入っている。敵機が振りかぶったのは先ほどまではビームライフルとして使っていた武器だ。実体剣とビームライフルを合体させた武装である。


「甘い!」


 右から繰り出される袈裟切りを、《アルタイル》はギリギリで急制動を行うと同時に左にバレルロールして躱す。

 オレの《アルタイル》を追い越した敵機は背を向けてガラ空きである。背中に背負った巨大な剣によって完全にガラ空きにはなっていないが、オレは右手に持ったVライフルと腰のV粒子収束砲を放つ。

 狙い違わず敵機に吸い込まれたそのビームは、敵機が咄嗟に左に装備していた巨大な実体盾によって全て防がれる。防御面だけを考えると実体盾は実弾も防御できるため、ビームシールドの完全上位互換である。しかしビームシールドを愛用するものが多いのも事実である。実体盾は防御性能こそあるものの、機動力などを落としてしまうため、それを良しとしない者はビームシールドにしているのだ。


「クソッ」


 悪態をついたのは、はして相手か。オレはそんな言葉に構わずにまたも後退する。牽制射撃は大型シールドによって弾かれる。


「待ちやがれシュン!」


 のように後退するオレにヤマトは食い下がろうとする。ライフル形態に戻したライフルを連射しているがまったくもって当たることはない。もともとソードライフルは射撃精度が高くないのだが、それでもここまで外れることはない。

 ヤマトの射撃センスが無さすぎるのだ。


「お前の機体相手にインファイトをしようなんて思わないぞ」


 ヤマトの機体、《リゲル》には射撃武装がソードライフルの一つしかない――いや、元々は装備されていたのだがヤマトがオミットし、他のものにリソースを割いたといったほうがいい――そのため後退して遠中距離にて射撃戦をするのが一番いいのだが。


「墜ちろ!!」


「クソっ!」


 ヤマトの機体に距離を取ったと思えば、いつの間にかそこに迫っている。またも振りかぶられたソードライフルに対して、今回は回避が間に合わないと判断。時計回りに反転して、《アルタイル》の左手に握られた逆手のビームサーベルで受け止める。

 V粒子を纏ったソードライフルと形状を維持し続けようとするV粒子の集合体であるビームサーベルは、互いに反発しあってその場で鍔迫り合いが起こる。

 この状態になった場合完全にオレが、オレの機体が不利になる。そのため間髪入れずに右手に保持しているライフルを《リゲル》の胴体に押し付け、発射。


「あぶねっ!」


 ヤマトはシールドでライフルを殴って射線を機体から逸らしたのだ。そのままこちらにシールドの面を押しつけるようにした――シールドバッシュ。ヤマト機である《リゲル》は大盾や大剣などを装備している割に、全てが細身になっているためにこのライフルを避けきれたのだ。

 相手の機体が少しだけ傾く。体勢が崩れたのではない。


「やばい……!」


 このモーションはマズい!


 シールドによって先ほどの密着状態よりも少しだけ間合いが広くなった。この中途半端な間合いは酷く危険だ。

 未だ左腕はサーベルによってソードライフルを受け止めており、右手のライフルはあらぬ方向に銃口を向けたままだ。

 沈み込むように傾いた《リゲル》は、次の瞬間左脚で横薙ぎに蹴りを放った。通常の蹴りならば、ヤマトの機体である《リゲル》はかなり細身であるため相手にしかメリットがない。だが、こいつの機体の蹴りは実のところ訳が違う。

 《リゲル》の蹴りの一瞬前、《アルタイル》脚部のスラスターを最大出力で使用。オレの機体は鍔迫り合いをしているところを軸にして、敵機の後方に勢いよく縦回転した。回転すると同時に《アルタイル》のサーベルの出力をカット。鍔迫り合いから逃れ、自機から見て前方へと転身をした。転身の際、ソードライフルに肩の装甲を切り裂かれるが大したことではない。装甲が切り裂かれただけで、フレームは無事。なんの問題もない。

 《リゲル》の蹴りは今まで《アルタイル》の膝があった辺りを通過。その足先からはビームサーベルが出力されている。所謂隠し武装だったのだ。


「もう通じねぇのかよ!?」


 ヤマトが驚く。

 オレが《リゲル》の後方から、逆さになったまま足に向けて放ったライフルはヤマトが盾でガードした。しかし、いくら巨大な盾であってもガードしきれない場所があった。同時に放ったV粒子収束砲の一門は盾に阻まれるも、もう一門は阻まれることなく《リゲル》の右肩を吹き飛ばす。先ほど同時に発射した時よりも間隔を広げておいて正解だった。


「そら何回か喰らえば対策くらいする!」


 実際、このようにヤマトとの組合いになってしまった場合に幾度となく足のビームサーベルによって切られてきた。だから《リゲル》とは近接戦闘は避けたかったのだ。


「やりやがったな!!」


 今までの確殺パターンをかわされた挙句、手痛い反撃までされてヤマトは声を上げた。


「所詮初見殺しなんだよ!!」


 《リゲル》の左腕に装備された盾は――上方は台形と下方は鋭角三角形、それの底辺を繋げたような盾であるが――盾としての機能だけではない。《リゲル》は盾の三角形の縁部分からビームの刃を出現させて迫りくる。機体の四分の三はあろうかと言う巨大な盾は大剣に変わったのだ。


「何言ってやがる! お前は4回これにやられてるんだぞ!!」


 真正面からの迷いのない突貫は凄まじく速い。ライフルでもV粒子収束砲でも最高レベルの防御性能を誇るリゲルの装備した盾を易々と貫くのは不可能だ。

 シールドを前面に突貫したヤマトは、クロスレンジに入るとビームの刃はおとりだったと言わんばかりにシールドバッシュをしてきた。それに対してビームサーベルで斬りかかっていたオレは吹き飛ばされる。


「ちぃ!」


 質量の差によってオレの機体が飛ばされた瞬間、《リゲル》がシールドバッシュの体勢から流れるようにシールドを薙いだ。

 吹き飛ばされた《アルタイル》の左脚の膝下が、シールドから出現した刃によって斬り飛ばされた。


「そんなこともできたのかよ!」


 片足の姿勢制御を安定状態にするために即座に操作する。再度シールドを構えて迫るリゲルに対し腰部の収束砲と右手のライフルで牽制。それが功をそうして無事姿勢制御に成功する。


「今ので決めきれないか……」


 そろそろか?


「……お前もそんな器用なことできたんだな」


 この睨み合いは長くは続かない。なぜなら――。


「ああ!? エネルギーダウン!?」


 素っ頓狂な声をヤマトが上げる。それとともに今までは力強く光を発していた《リゲル》のメインカメラも、盾から出力されていたビームの刃も消失した。


「バカが! あれだけライフル撃って急制動を繰り返してれば当たり前だろ」


「いいところだったのに!!」


 ヤマトの機体は最高出力のジェネレータ、ブースターを積んでいる。さらに各部にスラスターを増設している。だから重武装でも異常な速さになれるし、機動力を重視したオレの《アルタイル》にも簡単に追いつくことができる。しかしそこには重大な欠点があった。それがエネルギー切れの速さである。

 だからオレはヤマト機からひたすらに逃げるように行動していたのだ。勿論、インファイトになった場合には《アルタイル》では負けることが高確率であるというのも理由の一つだ。

 オレの接近戦での異様な曲芸じみた動きは、ヤマトとの模擬戦を幾度となく行ってきた成果……である。


「今日はオレの勝ちだ。修理代よろしくな!」


「次は勝つからな!!」


 すでに戦闘を行うことのできなくなった《リゲル》に対してビームを放つ。勝負はついているのだからトドメを刺す必要などないが、最近はいつもこちらが戦闘不能であっても破壊されていたのでお互い様だ。

 慈悲はない。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「今週末の公式トナメっていつもとルール一緒だっけ?」


 翌日の昼休み。いつものごとく大和と二人で昼食を取っていると、大和が思い出したかのように質問をしてきた。


「確かいつもと変わんないはずだけど、なんでだ」


「いや、来月でVFも二周年じゃん? だからなんか特殊になるのかと」


 VFがリリースされたのは2年前の5月である。そのため何やら来月には大きなイベントを行うという発表がされていた。所謂告知の告知である。


「ん? そういえば今回は入賞賞品とかがいつもよりも豪華だって聞いたぞ」


「ああ、確かNOC系列の電子マネーとかもあるんだろ?」


 大和もこれは知っていたようだ。


「ゲーム内でリアルマネーが稼げるってことだな」


 NOC――Next Oder Companyの系列で使える電子マネーなどまさに金だ。NOCは多種多様な事業に手を出している企業であるからに、その系列で使える商品券ともなれば、嘘偽りなく何でも買うことができるほどに万能なものとなる。


「プロでも育成しようとしてんのかね」


 VFの公式大会は一周年を記念して始まったものである。今年も二周年を記念して何か大きなことをやるとは言われている。

 公式大会は隔月、偶数月に開催されており、この公式大会は規模が凄まじくでかい。なにせ出場に必要な条件などないのだから当たり前だ。開催される日に参加できるすべてのプレイヤーが参加条件を満たしている。

 公式大会はシングル、タッグ、チームの三部門に別れて同時に行われる。オレや大和が出場するのは専らシングルだけである。タッグに一度出たものの予選すらも通らずに敗退したので、それ以来はタッグ戦には出場していない。


「まぁe-sportsにも最近力を入れているらしいし、あながち本当かもな」


 e-sports、エレクトロニック・スポーツと呼ばれるコンピュータゲームなどを競技、一種のスポーツとして捉えた名称である。NOCはプロゲーマーのスポンサーとしても名前を聞く企業でもあった。それが自社のゲームが人気もあり、e-sportsとしてより一層の盛り上がりを見せて欲しいのだろう。


「まぁリアルマネーになるなら本気でやり込む人も増えるだろうしなあ」


 大和の言うとおりリアルマネーに変換できるとなると、ゲームであってもかなり殺伐とした空気になるだろう。今であっても対人戦はかなり空気がピリピリしていることがほとんどである。対戦なのだから当たり前ではあるが。

 自分の機体が損傷すれば、その都度修理しなければならないためゲーム内通貨が必要になってくる。その修理費も重なればバカにならない。ゲーム内通貨は敵性地球外生命体H e lを倒して原材料などを手に入れることによって稼ぐ方法が主である。例外として今回のような公式で行われる大会などに出場して成績を残すことや、大手のクランなどが開催する非公式大会などで結果を残すことで稼ぐことができる。


PKプレイヤーキルが一々起きるのだけは勘弁してほしいな……」


 最近いやに悪意のあるPKと出くわす機会が多かったため、ため息交じりについつい愚痴をこぼしてしまう。


「ま、そこまで目に見えて悪くなることは運営が許さいないっしょ」


 大和の楽観的思考のままの発言ではあるが、確かにVFの運営は無能ではない。むしろ有能であり、ユーザーの意見はかなり取り入れられていっている方だ。今話題になっていた公式大会もユーザーからの意見で開催が決まったらしい。


「そうだな」


 オレは大和の言葉に相打ちをしつつ震えた携帯端末の画面を確認した。


 放課後、大和とは一緒に帰らずに駅に向かう。正確には駅のそばにある、あの洒落たカフェである。

 来店者を知らせるベルがドアの開閉と連動して鳴る。オレは待ち人を探して少しだけ視線を左右に泳がせるとすぐにその人物を発見した。


「おつかれ」


「おつかれ様です、隼くん」


 店の奥の二人用の机に葵は座っていた。昼休みに届いたメールは放課後の呼出だったのだ。前と違うのはその人物がわかっており、要件がある程度は予想できるところだ。

 駅前の駐輪場に止めるための百円なんて安いものだ。なにせ美少女からのお茶のお誘いだ。誰がこんな素晴らしいものを断ることができようか。

 罠があってもオレなら行くね!


「それで、今日はまたなんでここに?」


 最近葵とはVF内で会っているし、メールだってそこそこやり取りをしている。一週間ほどであるが中々進展しているのではないか、という謎の自負がある。やってて良かったヴァリアブル・フォース。


「この後時間はありますか?」


「え、まぁ特にやることはないけど」


 オレの質問に答える前に知っておきたかった情報なのだろう。オレは少し虚を突かれたが隠す必要など皆無な情報なので先に答える。何せ帰宅部である。


「それはよかった。隼くんに会ってほしい人がいるんです」


「……わかった」


 会ってほしい人って誰だ? まさか葵さんのお父さんか? いやいやオレ達はいつの間にそんなに仲を進展させていたんだ。そもそもオレと葵さんは恋人じゃないぞ。


 数瞬の間に無駄に頭を回転させて考えてみるも、実に意味のない予想をあげるだけだった。先ほどまで仲良くなったと思っていたオレだが、やはり根拠のない自身だった。


「でしたら行きましょう」


 オレが頼んだ紅茶を飲み終えるのを見て、彼女は立ちあがった。まだ心の整理ができていないオレは、謎の緊張で先ほど紅茶を飲んだばかりだというのに喉が渇いたような錯覚に陥った。


「こっちです」


 そう言って彼女が乗り込んだのは、見るからに一般家庭が所持してはいないだろう黒塗りの車だった。

 気品があるからしてお嬢様なのかと漠然と思っていたが……思っていたがまさか本当にどこかの令嬢なのだろうか。それならなんでこんな野暮ったい公立校に彼女はいるのだろうか。県内の公立高校の中では偏差値的にみれば上にいるのだが。

 様々な疑問が再び押し寄せるものの、一番の疑問はオレはどこで選択を誤ったのだろうかという情けないものだった。


 オレはどこかしらで思考を放棄した。彼女に言われるがまま、その黒塗りの車に乗り込んだ。長いものには巻かれろとはよく言ったものだ。

 葵がスーツを来た運転手に家までと言っているのを見届けて、オレは居心地の悪さを押し殺した。車が走ること数分、いや一分も経っていないかもしれない。オレは居心地の悪さに負けて、隣に非常に行儀よく座っている葵に話しかけた。庶民派であるオレにはマネできない所作だ。


「……これは葵さんの家の?」


 これ、とは明らかに高そうな車のことである。オレの家の車三台分くらいしそうである。


「はい、私の家の車ですよ」


 満面の笑みとはこのことではないだろうか、と勝手に息のが詰まりそうになっているはずのオレはそんなことを一瞬忘却した。


「そう……そういえばこれからどこに向かうの?」


 いやこんなくだらないことを聞くために話かけたわけではない。本題は人の紹介だが、その目的地も教えてくれるだろう。


「私の家です」


 ああ、オレは死ぬのかな?


 何の根拠もない、何の証拠もないのにオレはその言葉が死刑宣告のように聞こえた。別に彼女の父親に会おうがいいじゃないか。

 だがこの何とも言えない緊張感はなんなのだろうか。今までで経験したことのない謎の圧力がオレの思考を麻痺させていっている気がする。そんな力などないと頭では理解していても心が納得できていない。

 我ながらバカである。これでは大和をバカにできないし、今は大和の楽観的思考が羨ましい。


「ぁ……」


 声にならない声がオレの口から出たような気がする。


「あ、着きました」


 オレの情けない声はどうやら聞こえていないらしかった。自動で開閉された鋼鉄の格子でできた門を潜り抜けた車は、そのまま大きなガレージの中へと入っていく。

 魔王の居城に一人で立ち向かう勇者のような気分だ。

 外からパッと見た感じでは、オレの家の何倍あるのかわからない大きさである。しかも庭が付いていた。


「隼くん、こっちです」


「うっす……」


 車を降りたオレがその場で立ち尽くしていると、彼女がこちらに声をかけた。オレはそれに対し謎の返答をしてしまう。

 彼女が進んでいった先には表から見えた玄関とは違う扉があった。どうやらガレージに直通でいけるようになっているようだ。表の玄関は来客とか用なのだろう。

 オレは来客ではないのだろうか。無駄なことを考えてしまうが平静を保つためには必要なことだ。


「ただいまぁ~」


「お邪魔します」


 隣の葵から発せられた帰宅の声に、オレは反射的に他人の家に上がるときの定型文を口にした。フローリングの床が足音を鳴らした。足音からして小走り気味である。


「お帰り~って、誰それ?」


 オレの訪問の声は聞こえていなかったらしく、葵を迎えると同時に怪訝な顔をした。葵の他にオレしかその場所にいないため怪訝な表情をされたのはオレだと即座に分かった。というかあの運転手はどこに消えたんだ、忍者かよ。

 誰何をすいかされたオレはしっかりとその声の主を視界にとらえた。


「どうも、同じ学校の風見隼です」


 葵さんとの姉妹だろうか、いや違うだろう。最初に浮かんだ疑問は自分自身で否定した。


「へぇ、あんたがシュンって奴なの」


 意味ありげな言葉を紡ぐ。少しへの字に歪みこそする唇は桃色、値踏みするようにこちらを見る双眸そうぼうあお、肩にかかる絹よりも細く柔らかいだろう髪の毛は金色こんじき

 少し厚手のTシャツは肘先まであるくらいで、ホットパンツから覗く白く長い脚は健康的でついつい見とれてしまう。かなりラフな格好であることから、おそらくは部屋着であろうことだけはファッションに疎い自分でもわかった。

 そして何より明らかに姉妹ではなさそうであることも。


「どの、かはわかりませんがオレの名前は隼です」


 あの、と含みを持たせて言われたシュンには悪いが、オレはこのような金髪碧眼の美少女に興味を持たれるような点を持ち合わせていないはずである、ただ一つの事柄を除いて。

 彼女は同い年くらいの年齢だろうか、人種が違うためオレにはその外見から即座に年齢を把握するのは難しかった。


「もう、クリスも自己紹介して!」


 葵には珍しくクリスなる少女に非難が見える声音で注意した。


「忘れてた。あたしはクリス、クリスティーナ・ライト、よろしくね」


 あっけらかんと葵の非難を流すとさらっと自己紹介をし、こちらに手を差し出した。先ほどまでの疑う視線はもうない。品定めは一応終わったのだろうか。


「よろしく……」


 クリスに差しのべられた手を取り握手をする。さて、彼女のことはなんと呼べばいいのだろうか、クリスティーナでいいのかライトでいいのか、はたまた葵と同じようにクリスと呼べばいいのか。


「クリスでいいよ、同い年でしょ?」


 半開きになったままの動かさないオレの口を見たのか、クリスは片目を閉じるようにしては助け船を出した。見た目のお嬢様っぽさに反してクリスはお茶目でいてフレンドリーな性格なのかもしれない。

 サバサバしている女子とはこういうものなのか、とオレは勝手に納得した。


「わかった。よろしくクリス」


 改めて挨拶を返す。


「よろしくシュン!」


 クリスも挨拶を行う。彼女の邪気のない太陽のような笑顔は葵とはまた違った魅力があった。


「そういえば葵さん、会わせたかった人ってクリスのことなの?」


 リビングに通されたオレは、葵さんが入れてくれたお茶に口を一口付けてから思い出したように聞いた。実際今まで忘れていた。

 どうやら現在家にいるのはクリスと葵、そしてオレだけのようだ。車に乗っていたときにあれこれ考えていたことが徒労に終わった。

 目の前に座る葵から質問の返答が返ってきた。


「そうです。来週からうちの学校に転校してきます」


 来週とは結構突然である。


「え? 今って……」


 今は四月である。転校するにしては時期がおかしくないか。オレの言わんとすることが分かったのか横に座っていたクリスが口をはさんだ。


「ちょっと私事わたくしごとでね」


 クリスの言葉だけを取ると納得できるといえばできるのだが、表情をプラスされると胡散臭さが出てくる。

 なんでニヤけてるんだ。


「クリスの両親が突然海外転勤になって、だから幼馴染である私の家で今日から預かることになったの」


 親の知己ちきってことだろう。葵の親の知己なのだから、クリスの両親もかなり稼いでいるんだろうな。そんな邪推をしてしまう。


「へぇ、大変だな。こんな時期に」


 ものすごく他人事のようにオレはもう一度お茶に口を付ける。実際他人事だった。


 ああ、葵さんの入れた茶は絶品だ……。


「それともう一つ、VFの広告塔になったんだ」


 VFの広告塔か、まぁ彼女くらい美人ならばアイドルの一つや二つやっていてもおかしくあるまい。


「……VFってヴァリアブル・フォースの!?」


 かなり呆けて聞いていたようで、オレの脳は聴覚からの情報を処理するのに若干の時間を要した。


「そうそう、父さんの縁で。もともとVFはやってたんだけどね」


 あっけらかんと言うクリスを少々凝視してしまった。


「私はクリスがやってるなんて知らなかったよ」


 そう言って葵は苦笑いをクリスに向けた。

 確かオレが葵さんを助けた時、フレンドが彼女の兄とオレだけだと言っていたから本当に知らなかったのだろう。


「あたしとしてはアオイがVFをやってることのほうが意外だよ」


 それにはオレも同感である。


「兄さんが進めてきて、やってみたら案外はまっちゃって……」


 葵は照れくさそうに語る。


 お兄さん、あなたには感謝します!


 少々俗物であるがこれは許されるべき感情だろう。彼女とこうして話せるのもVFという共通項があってこそなのだ。


「……けどオレに直接紹介する意味ってあんまりなくないか?」


 ふと思ったオレは疑問を口に出した。確かにオレたちの学校に転校してくることは結構なニュースだが、そこまで直接関係はない。VFの件であってもゲーム内で紹介して、転校して来てからでも遅くはなさそうなものだ。


「転校は来週なんだけど、明日の放課後に学校見学をさせてもらう予定なの」


 明日は金曜日、転校は来週。時期を見るにここしかないだろう。しかし急だな。


「なるほど……」


 クリスがオレの質問に答えるがオレの疑問が氷解することはない。葵が学校見学の手伝いをすればいいのだ。知り合ってすぐのオレに頼むことではないだろう。


「ちょうど明日の放課後は外せない用事があるんです」


 ここに来てオレは理解した。

 葵はクラス、ひいては学校の生徒から分け隔てなく好かれている。中には例外もいるだろうが大局はこれだ。つまり全員とある程度仲がいい。しかし一定以上仲の良い親友なる存在は、彼女の容姿・言動などからできないでいたのだろう。親友がいるのならば顔と名前を知っている程度の異性であるオレに相談のような頼み事はしていなかっただろう。

 彼女はいささか完璧すぎたのだ。頼まれることは多く有れ、学校と言うコミュニティの中で頼ることは今までなかったのだろう。

 そこで最近唯一、私事を話して頼ったオレにお鉢が回ってきたというわけだろう。


「つまりクリスの学校案内をしろってこと?」


「話が分かるじゃない!」


 そういうことだった。そのための顔合わせなのだ。

 オレの背中をバシバシッと叩くクリスに非難の目線を送る。


「でも、なんでオレなんだ?」


 オレの中での推測は出たが本当の理由はなんだろうか。まだ知り合って一週間経つくらいのオレを信用しているのだろうか。知り合ってから一週間であるが、唯一頼みをしてそれを解決したからだろうか。

 まぁ信用がなければこんなこと言われないだろう。


「……親しい友人がクリスと、隼くんくらいなので」


 若干言いづらそうだったが、概ねオレの予想に反しない解答だった。オレが親しい友人にカテゴライズされているのはちょっと、いやとても嬉しい。


「アオイったらちょっと前から毎日シュンのこと話してくるのよ?」


 割って入ったクリスはからかう様な表情だ。こんなことを葵に言う人は確かに学校内では皆無だろう。ちょっと前と言うと、やはりオレが例の一件で頼られたくらいからだろう。しかし毎日オレについて話しているとは何やら嬉しいやら怖いやらで複雑な気持ちだ。同時にクリスの疑うような、品定めするような目線に納得がいった。


「ちょっとクリス!」


 葵が即座に恥ずかしそうにクリスを言い止める。

 照れる葵さんも可愛いな……いやそうじゃなくて。


「けどシュンはイイ人そうだし良かった。お人よしって感じ」


「それは良かった」


 何が良かったのだろうか。オレが彼女の学校案内に付き合うことだろうか。


「最初はどんな害虫が付いたかと思ったけど……」


 害虫とはなかなか辛辣な言い方である。

 まぁ葵さんは可愛いので害虫に狙われるのは当然である。それを除去したいと思うのは親友としては当然の思考なのだろう。そういうクリスにも害虫が付きそうなものだが、彼女ははっきりと拒絶する意志がある気がした。


「だから言ったでしょ」


 呆れたような表情をする葵は初めて見た。やはり葵とクリスは幼馴染で親友なのだろう。

 そんな雰囲気がこの少ない時間で理解できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る