第7話 夕立

 「畜生、ついてねぇ・・・」

 夕方近くまで寝ていた次郎は空腹に耐えきれず近所のコンビニまで行った。天気予報も空も見ずに。

 コンビニで傘を買えば良かったのだがこの程度の小雨なら平気だと思ったのだ。だが予想に反して雨は本降りとなり、次郎は民家の軒下で雨宿りせざるをえなかった。先客がいた。小学生ぐらいの男の子だ。ビニールのバッグを持っているのでプールに行った帰りだろうか。こちらを見て怯えているが、この土砂降りの中を逃げるよりはここにとどまることを選んでいるようだ。

 「どうも」

 「・・・」

 よく見るとガタガタ震えている。寒いのだろうか、それとも怖いのだろうか。いずれにしても、雨には濡れたくないという強い意思を感じる。そんなに濡れたくなければプールになど行かなければいいのだ。次郎はもう小学生の方は見ずただ雨を眺めていた。

 俺にもあんな頃があったな、とふと思った。いや、あったのだろうか。次郎は自分がしっかり立っている地面がぐずぐずに融け、底なしの暗闇にゆっくりと落ちていくような気持ちになった。

 次郎に父親はいなかった。母親はクラスメイトの母親たちより一回り年上で授業参観のときには随分からかわれた。母親は頻繁に虐待をした。冬は三日に一度家から追い出されたし、夏は毎日家のドアに鍵をかけられた。次郎は鍵を渡されていなかった。次郎には友達がいなかったのでそういうときは途方にくれるしかなかった。冬は神社やどこかのガレージでこっそり夜をやり過ごしたし、夏は土手で寝た。風呂も入らせてくれなかったので、給湯室でお湯を借りてトイレで自分の体を拭いた。次郎の凄惨な状況は担任から児童相談所へ伝えられ、次郎は晴れて施設に入ることになった。しかし、そこでも友達はできなかった。

 中学に入って、犬と出会った。屋上でパンを食べていると声をかけられた。めんどくさいので無視をしていたが、ニコニコとビニール袋を取り出したときは正直興味がそそられた。

 「なんだそれ」

 「知らないのか?アンパンだよ。」

 犬がそれの中に顔を突っ込んで吸ってみろと言うのでそうしてみると、気分が良くなった。虐待されたことも、施設でいじめにあっていることも一瞬忘れられた。

 「お前いつも暗い顔してるから、こういうのときどきやったほうがいいぞ」

 「そうだな。ありがとう。」

 次郎が人に感謝の意を表したのはこれが初めてだった。それ以降二人はよくつるむようになり、数々の非行を行った。それが原因で施設から追い出されたが、次郎はヤクザのところで働くことにしたのでなんともなかった。石丸事務所から追い出され子供のころのように街をさまよっていたところを保護されたのも犬のおかげだった。母も施設もヤクザも捜索願を出してくれてはいなかった。

 今の自分がいるのは犬のおかげだ。他にこんなヤク中の面倒を見てくれる奴はいない。だがどうして犬は自分に声をかけてきたのだろうか。なぜ面倒を見てくれているのだろうか。帰ったら犬に聞いてみようか?

 いつの間にか雨は上がっていて、小学生も帰ってしまっていた。次郎も犬の部屋に帰ることにした。やはり聞かないでおこう。言葉にすれば嘘になってしまうことはあるし、それにあいつはのらりくらりと質問をかわして答えないだろう。ふとたばこ屋が目についたので犬がいつも喫っている銘柄をひと箱買ってやった。あいつは喜ぶだろうと思ったが、そもそもたばこに使ったのも犬がくれた小遣いだ。喜ぶはずないか。次郎は肩を落として歩を進めた。

 

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フィクション 哲学徒 @tetsugakuto

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