最終話 ライトノベルを書きに行こう

 気持ちのいい早朝。

 俺は東京駅から新幹線に乗り込む。

 リュックには必要なものを全て詰め込んだ。最悪、一週間くらい食料と水がなくても生活できるくらいのサバイバル道具は持ち込んだつもりだ。キャンプに詳しい作家の先輩にお墨付きをもらった道具類。

 それが、二人分。


「センセー! どこから乗るノ?」

「えーと、指定席は七号車だから……あれかな」


 隣にはアミューさん。

 朝から元気な彼女は、駅で買った弁当を楽しそうに持っている。

 駅弁は異世界にはない文化だからな。それで言ったら電車もそうだが。


「異世界に行くのに新幹線かー……初めての経験だわ」

「いつもは車で連れてってもらえるのにネー」

「KADOKAWAが用意した行き方も様々だからな。ゲートを開ける人もいれば、瞬間移動で飛ばす人もいるし、魔術とか機械とか、とにかく手段が多いから」


 今回は青森まで行く必要があった。

 なんでも古くから伝わる神社の奥に、異世界へのゲートがあるという。

 新鮮なネタを求めていた俺に勧めてくれたのが、そのゲートだった。

 ゲートの先は、かろうじて人間が生存できる世界らしい。

 なにしろ行って帰って来た者が数人しかいない、過酷な異世界。

 生存者は著名な作家ばかりだが、全員が口を揃えて「二度と行きたくない」と語るとんでもない場所だ。

 誰も足を踏み入れない世界。

 ――だからこそ、面白いものが眠っている可能性が高い。


「おうお前ら。早くしねーと遅れるぞ」


 背後から俺達を急かすのは、担当編集アリマさん。

 タバコが吸えなくてイライラしているのか、さっきから身体をゆすっている。それを見た一般人は彼を避けて通る。


「すいませんね、見送りまでしてもらっちゃって」

「オメーの見送りじゃねーよボケ。アミューさんが心配なんだよ」

「しかし、よく許可降りたなー。これもKADOKAWAの仕事のうちって事になってんでしょ?」

「おうよ。アミューさんはウチと契約してるガイドだからな。オメーの旅に付き合うのもガイドの一環って事で、こう、うまく人事部を騙くらかしてな」

「さすがアリマさん。法の網を抜けさせたら右に出る者はいないずる賢さですね」

「へっへっへっ」


 俺の腹にパンチを入れながら笑うアリマさん。

 とにかく、これでアミューさんが路頭に迷う事はない。

 いやこちらの仕事がなくなっても、元の世界でガイドに戻ればいいのだが……。

 それは俺が困るのだ。


「ほんじゃ、気をつけていけよ。頼んだぜ」

「ウッス」


 今回の旅の支度を手伝ってもらったアリマさんに頭を下げる。

 これから行く世界では電波が通じるかどうかも分からない。

 もしかしたら、これが今生の別れかもしれない――


「絶対に生きて帰るカラ、心配しないデネ!」

「ああ、信じてるよアミューさん」


 アミューさんとアリマさんがハイタッチしている。

 あの男、やっぱり女には甘いんだな。


「よし、じゃあ行くぞアミューさん」

「ウン!」


 アリマさんに別れを告げ、七号車に乗り込む。

 荷物が大きいので、他の乗客の迷惑にならないようにしなければ。


「おっと、すいません」


 通路ですれ違った乗客の荷物とぶつかりそうになる。

 新幹線の通路はただでさえ狭いのだ。


「ああ、いえいえ~」


 しかもこの乗客、やたら身体がデカイのですれ違うだけでも苦労する。

 そんな荷物を持ってどこへ行こうというのか――


「ん?」


 その乗客の顔に見覚えがあった。

 そのふてぶてしいツラは――


「お前っ、ヌルハチ!」

「あ~、やっぱり同じ電車だったんだね~」


 ヘラヘラと笑いながら、荷台にカバンを押し込むヌルハチ。

 そして真下にある自分の席に座る。

 彼の隣には、アルチュールがいた。


「どうも先生。お久しぶりです」

「アルチュールさんも!? あんた、タムラさんのラノベの挿絵の仕事もらったんじゃねーのか!?」

「それがタムラ様の次回作は異色ファンタジーものらしく、私も経験不足を感じていたので、同行させてもらう事にしたんです」

「同行って……」

「そ。俺も異世界に取材に行くよ~」


 大きな腹を揺すって笑うヌルハチ。


「ほら、アバラヤマも言ってたじゃん。『俺の世界は二〇一七年で止まってる』ってさ。そろそろ異世界ファンタジー以外のネタも探さないとね~」


 それは俺と同じ考えではないか。

 だからって、なんで青森行きの新幹線に乗ってるんだよ。


「ま、お前より先に見つけてみせるよ、面白いネタをさ~」

「……上等だ」


 絶対にコイツより面白いラノベを書いてやる。

 異世界は広いんだ。

 コイツとは違った目線の面白さ、発見してやろうじゃねーか。


「どうでもいいが、早くどけ。後ろがつかえてるんだ」


 そう言って俺の背中を押すのは――アバラヤマ。


「俺も行くぞ、新しい世界。そして再びハーレムを築いてみせる」

「アバラヤマまで……!」


 しかもアバラヤマは手ぶらだ。

 持ち前のハーレム形成術でなんとかしようというのか。

 チャレンジャー過ぎるだろ……!


「くそっ、どいつもこいつも……!」


 そんなに行きたきゃ、行けばいい。

 俺達は俺達で取材をするのだ。

 腹の立つ連中を無視して、俺は切符を見る。

 ええと、Fの2番だから――三人掛けの席か。

 荷台に置くための荷物を持ち上げながら席まで移動する。


「やっほ」


 小さく手を振るJKが座っていた。

 俺とアミューさんが予約していた三人掛けの指定席に。

 うん、ヌルハチとアバラヤマがいた時点で、こうなる気がしていたんだ。


「……来るのか?」

「行くよ」


 それだけで、もう意思の確認は必要なかった。

 俺が何を言っても、どうせついてくるのだ、この娘は。


「せんせーが心配ってのもあるけどさ」


 少し照れたような顔をした後、JKは笑顔でこう言った。


「やっぱり、面白そうなものがあれば、行きたいじゃん?」

「……そうだな。それがラノベ作家だよな」

「うんうん!」


 俺達も席に座り、発車アナウンスを聞く。

 あと数秒後にはドアが閉まり、青森まで行く事になる。

 死ぬかもしれないこの冒険の始まりに、JKは心底ワクワクしているようだ。

 多分、俺も同じような顔をしているんだろう。


「まったく、作家って変な人達ばかりダネ!」


 苦笑するアミューさんに、俺とJKは何も言い返せないのだった。

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