第43話 そして平和が訪れる

 俺に剣を突き刺しながら、ナミオカさんは大きなため息をついた。


「……分かった」

「何が分かったんだ、ナミオカさん」

「ギンジョウから打診を受けてる作品全部、ウチが出版するから。絶対に、ちゃんと出すから」


 彼女が念を押したのは、口約束だけ交わしてキープしつつ、実際は出版せずに飼い殺し、というケースがあるからだ。

 どうしても紙の本で出版したい、という作家にとっては地獄である。

 そんな事はしない、とナミオカさんは約束するらしい。


「他の人気作もウチで必ず出版する。だからカクヨムで書きなさい」

「どうだろうなぁ。そいつは作家個人の問題だからな」

「くっ……!」

「あんたがまだ信頼に足る編集だってんなら、作家たちも喜んでカクヨムで書くと思うぜ? 今までやってきた事が正しいって思うなら当然だよなぁ?」

「……分かったよ。無断でプロットを横流しするのもやめる。だからカクヨムで書きなさいよ」

「書いてください、だろ?」

「調子に乗ってんじゃないわよこのクズ作家!」


 般若の目を光らせながら、磔にしている剣を抜き差しするナミオカさん。

 徐々に痛みが増してくる。あの女、痛みに対するフィードバックをいじったな!


「だいたいあんたこそ、カクヨムで書いてる作品の人気ないじゃない! 人をどうこうする前に、自分の作品をなんとかしなさいよ!」

「あんたが先にケンカ売ってきたんだろうが! 売り上げで勝負しろって! だから売れる作品を大量に用意してやったんだ文句あんのかチクショウ痛いから抜き差しやめて本当に痛い!」

「人の作品の世話をしている場合じゃないでしょーがっ! そういうのは――!」


 言いかけて、手が止まる。


「……そういうのは、編集の仕事よね」

「そうだな。だが、少し違う」

「なに、あんた私に仕事させたいの、させたくないの?」

「作家の自主性も少しは考えろってこった。アンタにしてみれば売り上げに繋がらない自主性なんてクソ食らえだろうが――」

「そんな事ないよ。今回の件で、まだ試行錯誤の余地があるって分かったからね」


 どうやら俺はナミオカさんとの勝負に勝ったようだ。

 彼女の中で、俺達がやっている事が“金になるかもしれない”と判断されたらしい。

 これから先、ネットにアップした作家達の作品がどれだけ売れるかは分からない。

 だが、いたずらに作家の自尊心を傷つけ、プロットを横流しするよりは儲けに繋がると思ってくれた――

 俺としては、それだけで充分だ。

 手に入れたのは、金じゃない。

 ちっぽけな、作家としてのやる気。


「さて、と。じゃあさっそくヌルハチ先生とアバラヤマ先生に会わなきゃ。ヌルハチの方はツイッターでさんざん編集部をディスってたからブン殴ってからの交渉ね」

「ああ、それは自業自得だから存分にやってくれ」


 ナミオカさんが握っていた剣を引き抜くと、俺の身体が落下する。

 磔にしていた武器が一瞬で消えたのだ。

 自由落下して地面に倒れる俺。

 見上げると、すでにナミオカさんは酒場に向かってウキウキと歩き出していた。


「センセー!」

「せんせー!」


 倒れた俺のもとに、アミューさんとJKが駆け寄ってくる。

 傷はないが、HPは1のままだ。


「す、すっごく怖かった……あれがナミオカさんの本気なんだ……」

「ん? 打ち合わせの時はいつもあんなんだぞ」

「マジで……? アリマさんだとめちゃくちゃ優しいのに」

「そりゃお前だけだ……JKとの打ち合わせだけは銃を持たずに出かけるって、編集部内ですげぇ話題になってんだからな」


 ゲーム外でも似たような事やってくるからな、ナミオカさんは。

 本当に命がけの仕事だぜ。


「センセー、よかったネ! 作家さん、みんな元気に仕事できるネ!」

「アミューさんもまだまだガイドの仕事できるな!」

「ウン! でも――私、まだこのゲームのガイドするのかな」


 アミューさんの言葉に、俺も考える。

 そうだ、ナミオカさんがそういう考え方になるなら――このゲームの意味が変わる。

 今まで強引にプロットを書かせ、小説を書かせていた現場が変わる。

 これからはここの住人が互いに意見を出し合い、足りないものを補い合う場所になる。

 牧場から、社交場に――

 ひとりでは戦えなくても、誰かの力を借りれば戦える。

 そういう作家が集まる場になればいい。


「さて、と。行こうぜ二人とも」

「どこ行くの、せんせー?」

「酒場だよ。今度は俺の小説のネタ出しに付き合ってもらうぜ」

「あ……うん!」

「アミューさんも手伝ってくれよ! ネタ出しなら何人でも大歓迎だ」

「ウンウン! なんでもするヨ!」


 平和になったこのゲームで、俺達はまだまだ戦い続ける。

 それが作家という生き物なのだ――


               *


「戦い続ける――そう、俺達はいつもそうやってきた」


 都内某所、KADOKAWA特殊棟。

 第一開発ルームが借りている、特別室。

 そこには数十を超えるベッドが並んでいた。

 POKをプレイしている作家達はこのベッドに寝かされ、意識をゲームに接続している。

 脳に直接プラグを差すような原始的手段ではなく、音と光によって催眠状態に陥った参加者に対し、さらに音の光の明滅によって信号を送る。

 そのため参加者は寝台に寝かされた状態で、フルフェイスのマスクを被る。

 そのマスクから送られる0と1の信号で脳を操られているのだ。

 全ては、より良い作品のために――


「誰かと協力する――それもいいさ――だが、本質的に作家はひとりだ――――ひとりで考え、ひとりで書く――」


 地下墓地の棺のように並ぶ寝台のネームプレートをひとつひとつ確認しながら、男はゆっくりと歩く。

 やがてひとつの寝台の前で立ち止まった。

 このゲームの全てを破壊した、憎き後輩の名前。


「それでも――俺にとっては、今のやり方が最高の手段だった――――外道と呼んでくれても構わない――――それが読者を一番満足させるやり方だった――――」


 男――ジローはテンガロンハットのつばを降ろすと、腰のホルスターから銃を抜く。

 シングルアクションアーミー。

 六発装填のリボルバー拳銃。

 銃も弾も本物である。


「それを――お前は奪った」


「正義はお前にある」


「俺は悪でいい」


「だからこの行動も、ただの憂さ晴らしだ」


「悪く思っていい」


 ジローは寝台の男に向けて引金を引いた。

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