第13話 再開と変化について

 ヌルハチは俺より早くデビューしたが、当時の出版社と担当編集が同じという事で交流があったラノべ作家だ。

 当時からラノべ業界はサバイバルで、生き残れる作家は少なかった。

 ヌルハチはそんな過酷な環境で、生と死の境目を彷徨っていた作家のひとりだ。そういう作家は多い、というかほとんどの作家がそうだ。

 明日を生き抜くために戦い続ける、戦友のようなものだった。

 一発当てて左うちわの作家を見上げながら、いつかあそこまで行ってみたいと話していたっけ。


「元気そうじゃねぇか〜! お前、昔からネトゲとか好きだったもんなぁ! よくここまで来たもんだ!」

「……ヌルハチ。色々訊きたい事があるんだけどよ」

「その名前で呼ぶなっつってんだろ〜!」


 間延びした喋り方だが、怒りは本物だ。

 しかし俺にとっては奴はヌルハチであり、他の名前でなんて呼べない。


「ヌルハチさんって、あのヌルハチさんですか? 『僕たちの不足』シリーズの」

「えっ……君、俺の事知ってるの?」


 JKの質問に驚くヌルハチ。


「いや、ビックリだな〜! まさかこんな売れない作家の俺の事を知ってるなんて! 感激だよ! ていうか君はこの男とどーゆー関係なの?」


 感動しつつも、JKを怪しい目つきで見るヌルハチ。

 反対にアミューさんには見向きもしない。嗜好が丸わかりである。


「あ、あたしはこういうものです……」


 インベントリから名刺を出してヌルハチに渡すJK。


「なるほど、出版社の賞からデビューした人か! そりゃ俺のアンテナにも引っかからないわけだわ〜!」

「どういう事だ?」

「いやホラ、俺もう新人賞には価値がないと思ってるからさ」

「なっ!?」


 この野郎、KADOKAWAのゲーム内でサラリと言いやがった。

 ていうか目の前にはGMもいるんだぞ?


「これからはネット小説の時代だよぉ!」


 嬉しそうに語るヌルハチ。


「ネット小説はいいぞぉ〜! 誰でも! 簡単に! 自由に発表できる! それでいてお客さんの評価がすぐに分かる!」

「まぁ、それは利点だな。俺も利用してるから分かるわ」

「今までのやり方を思い出してみろよぉ! 編集にプロット送って、返事が来るまで一〜二週間、それで手直しして、ようやく執筆して、また手直しして、本になって読者に届くのは数ヶ月から一年!」

「……まぁ、そうだな」

「ところがネット小説なら今すぐ読者に届けられる! 煩わしいプロセスなんて必要ないんだよ! プロット一本ボツになる時間で、何作もの小説を発表できるんだ!」


 現代において、情報の早さは価値を持つ。

 エンターテイメントにおいても例外ではない。

 長く重厚なものより、気軽にいつでも読める小説を。

 ネット小説はその傾向がかなり強い。

 それは読者だけでなく、作家もそうだ。


「で、お前もネット小説を書いたのか」

「ああ、名前を変えて“なろう”でデビューした。そしたらそれが大当たりだよ! すでに文庫にもなって七冊は出してる! 分かるか〜? 今この時代に七冊だぞ?」


 シリーズが二桁以上続いている大ヒット作家以外は、続刊そのものが夢だ。

 今じゃ二冊打ち切りは当たり前、一冊打ち切りが普通の世界だ。

 そんな状況なのに七冊っていうのはかなりすごい事だ。

 ヌルハチはネット小説が流行る前もそこまで出してなかっただろう。

 そりゃネット小説バンザイって気持ちになるわ。


「ま、そんなわけで、今の俺はとても充実しているんだ〜! お前も早くこっちの世界に来いよ。お前の執筆速度なら全然いけるって! もう編集と相談して作る時代は終わったんだよ! そのうち出版社もいらなくなるんじゃね〜!?」


 興奮しながら高笑いするヌルハチ。

 正直、こいつの言うことも一理ある。

 だが……。


「ヌルハチよぉ。ネット小説がいいってのは分かるが、そこまで出版社を悪く言うもんでもないだろ。お前も今まで世話になっただろう」

「けど、裏切ったのも奴らだ」

「お前がそう思うのは勝手だがな、従来のやり方でいい作品が書ける奴もいるんだ。そういう奴らをバカにするんじゃねぇ」


 俺やJKはそうやって書いてきた。

 編集とのやり取りによって生まれた新しいアイデアが、作品を救う事もある。

 こいつだってそうやって成長してきたはずなのに。


「フンッ!」


 鼻で笑うヌルハチ。


「ま、いいさ。お前もネット小説の世界に片足突っ込んでるんだ。いずれ俺の言葉が正しかったと頭を下げる日が来る」

「考え方を改める日が来るかもしれねーが、頭なんて下げるかよ」

「そのへんは相変わらずだな〜」


 俺もヌルハチも笑う。

 変わってしまったように見えるが、本質は同じだ。

 どんな思想を持っていようが、奴も作家。

 生き残るための手段が違うだけだ。

 コイツの考えに諸手を挙げて賛同はできないが、キノシタと違って、そのために誰かを犠牲にしているわけでもないからな。

 ただ、編集さんの目は気にしておけよ……。


「あ、あの、いいですか?」


 俺の陰に隠れながら、おそるおそる手を挙げるJK。


「あの〜、そんな怯えなくても、取って食ったりしないからな?」

「あ、すいません、ジロー先輩が私は危険かも、って言ってたから……」

「あぁ〜……なんだか勘違いされてるけど、俺は可愛い新人の女の子を見たら誰彼構わず手を付けてるように見られてるんだよな〜」

「違うのかよ、ヌルハチ」

「俺だって手を付ける女くらい判断するわ〜! 彼女は……まぁ、お前に怒られたくはないからな〜」


 やっぱり俺の存在がガードになってるのか。

 いいんだか悪いんだか……JKが好きな男を見つけても、俺のせいで近づけないって事もあるんだからな。


「で、すまん、俺に何が聞きたいんだ? ネット小説のやり方か?」

「いえ、その、ヌルハチさんが大成功した話は分かったんですけど……だとしたら、ここで何をやってるんですか? 缶詰になる必要、あるんですか?」

「ああ、そういう事か」


 納得したヌルハチは、周囲を見回してこう答えた。


「俺も異世界モノを書いているからな。このゲームは勉強になるんだよ。居心地もいいしね」


 なるほど、つまりコイツも取材に来たわけか。


「ただ、必要な情報を得るために、色々と細工はしているけどね〜」

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