第12話 シュマール王国
巨大な城壁の向こう側は、やはり巨大な城壁だった。
四方を壁に囲まれているので、中に入ればどこからでも壁が見える。
さしずめ、山に囲まれた盆地のようだ。
「おー……ここが……」
噂の巨大クランの王国。
あまり奇抜な感想が出てこない。
トンネルを抜けると雪国みたいな急激な変化でもあれば別だが、草原から農地に変わったところで「おー」以外の言葉なんて出てくるわけがない。
「まずは王城に参りましょう。歓迎してくれるはずです」
「アルチュールさん、ここから城までは遠いのか?」
「いえ、すぐですよ。ほら、あそこに見えるでしょう?」
目を凝らして前を見ると、あー、確かに小さな城っぽい建物がある。
その周囲に城下町があって……ん、なんだあれ?
町の近くに、豆腐みたいな白くて四角い建物がある。
城と同じくらい大きな建物だ。
「あの白い建物は?」
「あそこは居住区です」
「居住区って、あの町じゃないの?」
「町はNPCが住んでいます。プレイヤーの方はあちらのアパートで暮らしております。なんでも、狭い方が過ごしやすいと……」
「あー、なるほど……」
一人暮らしならワンルームあれば事足りるからな。
逆に異世界、というか中世の暮らしが窮屈に感じる人も多いだろう。
俺もマンション暮らしだからよく分かる。
「そういえばアミューさんは日本の暮らしは慣れたのか?」
「ウン! 狭い部屋でも平気だヨ! 分からない事はセンセーとJKが教えてくれるシ、コッチのマナーも、だいぶ分かってきたヨ!」
「アミューさんの適応力ってすごいよな……パソコンとかも使ってるし」
「ガイドだからネ! どこでも暮らせるようにならないとネ!」
異世界の住人だったアミューさんは、今はこちらの世界で異世界ガイドをしている。ひいては二つの世界の架け橋になればいいと考えているが、あまり利用されすぎるのも考えものだ。
まぁ、俺だけじゃなく編集部でも全力で守ってるから平気か。
アミューさん、編集部からすごく人気あるんだよな。外見や性格だけじゃなく、仕事に対する評価もあるんだよな。
「あたしも一人暮らししようかなー」
そんな事を呟くJK。
「一人暮らしは一度経験しとくといいぞ。親のありがたみが分かる」
「それ、よく言われる。けど、親のありがたみはもう分かってるよ」
「おう、二度と迷惑かけんなよ」
一度転生した経験のあるJK。
あの後、親に泣かれて反省したらしい。
いくら面白い作品を書くためとはいえ、家族に迷惑をかけちゃいかん。
……とは言うものの。
「このゲームに閉じ込められた作家の大半は家族いるんだよな」
「会社にいっぱい抗議きてるヨ」
「大丈夫なのかKADOKAWA? 訴えられないだろうな? むしろ訴えられちまえよ」
「このゲームやる前に、誓約書にサインしたでショ?」
「あー、あれか!」
長ったらしい契約条項を読み飛ばしてサインした記憶がある。
ゲーム前の契約なんてほとんど確認しないぞアレ。
だからこそ騙されたわけだが。
出版契約とゲームの契約はちゃんと目を通そう!
「ですが王国に住むプレイヤーの方々は幸せそうですよ。少なくとも皆さん、意欲的な活動をしておられます」
「まぁ、そうだろうな。言ってみれば作家の互助会みたいなもんだし」
執筆に限らず、集団の中にいれば仕事の能率は上がる。
互いが互いを監視することによって、心理的な缶詰を作るのだ。
もちろん全員のモチベーションが高くないと成り立たないが、俺達は他は不真面目でも執筆だけは真面目にやるんだ。
「クランっつーか、作家の集まりだよな」
呟く俺だが、そんな事は分かりきっている。
問題は「どういう集まりか」だ。
※
「ようこそ先生! よくいらっしゃいました!」
シュマール王国の城下町から城にまっすぐ行く。
そこで若い集団に囲まれた。
彼らの中には、先ほどキメラを倒した奴もいる。
「あ……どうも」
頭を掻いて会釈するが、なんか変な気分だ。
普段は同年代か少し若い作家と遊ぶ事が多いが、ここまで若いと気後れしてしまう。
もちろん若くない奴もいる。俺より年上の人もいる。
けど、全員よく知らない。
「俺、先生の作品読んでました! 小学生の頃!」
「しょ……! そうかー、そういう世代かー」
そう言う彼は二十歳くらいだろうか。
なんというか、若いなぁ……。
「なぁJK、俺、若者に対する耐性が弱くなってきてんのかな……」
「なんでそれを最年少のあたしに言うんだよ……」
「あ、あなたアレだ! 女子高生ラノべ作家! ネットでニュースになってましたよ! 俺、デビュー作買いました!」
「俺も俺も! 面白かったです! 若いのにすごいですね!」
JKの姿を見た若手作家達が盛り上がる。
しかし、若者といえどあまり馴れ馴れしい態度はとらないようだ。
「あ、どうも……」
褒められるのに慣れていないJKは顔を赤くして目を背ける。
初々しい態度だが、それがいつまで続くやら。
「あ、あの、あとでお二人のサインもらってもいいですか!?」
「え、ええっと」
「あ、ズルい! 俺もサイン欲しいのに!」
「すいません、なんかずうずうしくて!」
楽しそうに笑う若手作家たち。
なんだよ、イイ奴らじゃねーか。
二大クランっていうから、てっきり荒くれ共がヒャッハーしてる集団だとばかり思ってたぜ。話してみれば、ただの若者だ。
けど―—
「そうだ先生、ウチのリーダーが先生に会いたがってましたよ!」
「俺に?」
「リーダーも先生の大ファンなんだそうです」
「その人も作家なんだよな?」
「はい、ご存知ですか? サンダー・ウクレレって作家さんですけど」
「ウクレレ……? 知り合いにはいないな」
「『異世界でジェットコースター作ったらウハウハザブーン』って小説が有名ですけど」
「あ、それ読んだわ! 面白かった!」
今流行りの異世界もので、しかし昔のラノべの表現方法も取り入れており、なかなか話に緩急があって読ませる作品だった。熟練の技を感じる。
その作者が俺のファンなのか。
「よし、会いに行ってみるよ」
若者達にひとまず別れを告げ、俺達は城を進む。
といっても、門からまっすぐ歩けば謁見の間だ。
そこにこの王国のリーダーがいるらしいが……。
「ようこそ、我が王国へ!」
その男は謁見の間の最奥、玉座に座っていた。
ジャケットにズボンという現代風の服装。
大柄な身体を起こし、こちらに歩いてくる。
自身に満ち溢れた表情は、顔全体が光っているかのよう。
「久しぶりだな!」
確かに久しぶりだった。
ウクレレとかいう知らない作者がここのリーダーのはずだったのに。
「せんせー、知り合い?」
「まぁな」
俺は巨漢の前に立ち、小さく息を吐く。
「ヌルハチ。おめーこんなところで何やってんだコラ」
「その名前で呼ぶな。今はサンダー・ウクレレだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます