第1話 仮想現実に行こう


 VR――仮想現実。

 一般にVRと言えば専用のゴーグルを装着して、そこに流される映像や音楽を楽しむものだが、VRMMOと言えば話は変わってくる。


 今、俺が体験しているVRMMOは身体全体をゲームの中にダイブさせるものだ。

 目などの末端ではなく、脳に直接作用して電脳空間へ飛ばす。

 現実に異世界に行くのではなく、脳を騙す。


 ゲームを起動する直前、俺は薬を飲まされた。

 なんでも催眠導入のような状態にする薬らしく、脳に接続するために必要なのだそうだ。

 それを飲んで軽い酩酊状態になった後――


 気がついたら俺は異世界にいた。


「ふーん……これがゲームの中ねぇ……」


 まず周囲の風景をざっと眺める。

 石造りの町だ。

 前の取材で見た町とは違い、もっと文明レベルが低い。

 およそ一〇世紀くらいだろうか、ひび割れた石を積み上げた家屋が乱立している。

 その中に、ちらほら商店のようなものが。

 ここから見えるのは、それくらいだ。おそらく町の端っこなのだろう。


 次に自分の身体を確認する。

 どこからどう見ても自分の身体だ。

 爪の形や手の甲の皺、身長や体格、チ○コの大きさまで一緒。

 これはなんとなく理解できる。脳を騙しているのだから、俺が知っている自分の身体はそのまま投影される。


 つまりここは夢の中だ。

 作られた夢の中に入り込んでいるわけだ。


 だがこれはゲームだという事がハッキリ分かる。

 なぜなら、俺の視界の端にメニュー画面が表示されているからである。

 特に指で操作はせずとも、そこに意識を向ければ操作できるらしい。

 ステータスやスキルの確認や、アイテムや装備のインベントリが表示できるようだ。

 うん、とてもゲームらしい。

 このメニュー画面ひとつとっても、自分がゲームの中にいる事が実感できる。


 異世界のような景色、ゲームのメニュー画面、そして俺。

 まさに俺自身がゲームの世界にいる。

 これがVRMMO。

 取材をするにはもってこいの場所じゃないか。

 編集者の言っていた事は正しかったんだ。


 そこまで理解して、俺は大きく息を吸い込み、ありったけの想いを込めて吐き出した。


「騙された……!」


 メニュー画面の一番すみっこにある、“ログアウト”と書かれたアイコン。

 こういうのは大抵ログアウトボタンが消えていたり、押せなかったりするんだ。

 ところが今回はそうじゃない。きちんと選択できる。

 その上で、こういうメッセージが表示されるのだ。


“ログアウトするには、最終クエストを攻略する必要があります。”


 チクショウ、なんだってこんな目に遭わなきゃならねーんだ。

 VRMMOって聞いただけで、エサをチラつかされた犬みたいに尻尾振ってさぁ。

 なんにも考えずに薬飲んでダイブしちまったじゃねーか。 

 クソッ、クソッ、なんで止めなかったんだ、あの時の俺!


「せんせー、いつまで落ち込んでるの」


 うずくまって頭を抱える俺の肩に触れる小さな手。

 JKだ。

 現役女子高生ラノベ作家にして、俺の――まぁ、なんだ、友人みたいなもの。

 女子高生マニアが首をかしげ、ロリコンどもが喜びそうなほどの小さい体格。

 皮肉っぽく、だがさっぱりした笑顔は仮想現実でも変わらない。

 面と向かって言った事はないが、かわいい。

 そりゃ他の編集や作家にコイツの事を任せられないわ。常識の欠如した変態性癖の持ち主しかいないからな、この業界。俺が守ってやらないと、リアルで危険だ。

 ……そう思わせる変な魅力も持ち合わせてるんだよな、コイツ。


「お前こそ、よく平気でいられるなぁ。さすが若者は順応が早いっつーか」

「だってネトゲなんて慣れ親しんでるし。せんせーもそうでしょ?」

「まぁ、そうだけどさ」


 ただ普段と違うのは、服装。

 弥生人が着ているような、布の貫頭衣。腰の部分をヒモで結んだだけの、本当にありあわせの素材で作った服。俺も同じものを着ている。

 つまり「ぬののふく」である。

 VR空間に放り出された我々の初期装備というわけだ。


「最初の神殿で悩んだってしょーがないって。絶望するには早いよ」

「お前ホントーに切り替え早いな。こんな所に放り込まれて――つーか誘った俺の責任だ。あああ、親御さんに申し訳が……クソッ」

「いやだから行きたいって言ったのはあたしの方だから。せんせーのせいじゃないよ」

「けどよぉ、お前」

「それに――要はクリアすればいいんでしょ? 楽勝だよ」

「まぁ……それもそうだな」


 メニュー画面を操作すると、「クエスト一覧」というものがある。

 当然ながら今までに受けたクエストを確認できるものなのだが、始めたばかりの俺が受注しているのはチュートリアルクエストのみ。

 「操作方法の習得」やら「メニュー画面の使い方」など、基本的なやり方をこなしていけばクリアできるものばかり。

 そのチュートリアルクエストを差し置いて、一番上に表示されるクエストがある。

 どれだけ新しいクエストを受けても、そのクエストはリストの一番上に固定されている。


「それにここも異世界みたいなもんでしょ? 前と同じようにやればいいんだよ」

「状況だけならその通りなんだけどな……これはゲームなんだぞ?」

「そだね」

「ゲームと異世界の一番の違い――それは目的があるかどうかって事だ」


 それは、ゲームの最終目的。

 クリア条件が表示されている。

 同時に、そのクエストをクリアするまで、このゲームが終わらない事を意味している。


“面白いライトノベルを文庫一冊分執筆する事”


 そこには確かにそう書かれてあった。

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