第31話 ライトノベルができるまで
これまで数々のピンチに出会ってきたが、高度一〇〇メートル以上から腹を刺された状態で男二人抱き合ったまま落下するという経験はしたことがなかった。
まーどんな気持ちか描写するのであれば、“痛い”しかないわ。
最強最速の生物であるドラゴンの肉体を持っても、クソ痛い。
何もかも放って帰ろうかと思えるくら痛い。
こういう時、ラノベの主人公なら骨が二、三本折れたくらいじゃ怯まないけど、実際は激痛っていうのは身体の機能のほとんどを止めるんだ。
痛いっていうのは、身体の警告であって、本能的に動かしたらまずい状態っていうのを教えてくれる機能なんだ。
だから痛い時に動いたら危険なんだよ。
それは分かってるけど――
「キノシタ……!」
自分の痛みを自覚しつつ、俺は地面に叩きつけられたキノシタの服を掴む。
「せ、先輩……!」
魔王の名を冠してはいるが、人間のキノシタ。すでに奴の身体は召喚したモンスターが治癒を始めている。
俺とキノシタの血はボタボタと地面に落ち、絨毯のように真っ赤に染まる。
「魔王さま!」
「先生! 大丈夫ですか!?」
戦っていた魔王軍と勇者も、その手を止めてこちらを見ている。
勇者は俺が心配だろうし、魔王軍も魔王が心配だろう。
「……なんで…………なんで、そこまで……先輩は……」
「あぁ……?」
「先輩は…………僕が邪魔なんですか……? 僕がラノベを書く事を…………そんなに嫌なんですか……」
「誰も……そんな事言ってねぇだろが……!」
俺は立ち上がる。
すでに腹を刺していた剣は抜け、どこかに転がっている。多分、落下の衝撃で抜けたんだろうな。
腹の傷は徐々に修復しているが、それでも治りが遅い。
血が足りないのだ。
目の前がクラクラする。
「ラノベ……書けよ。お前の帰りを待ってる読者のひとりだよ、俺も」
「なら……!」
「だけどよ……落とし前はつけてけ。魔王として、ちゃんと引き継ぎしろ。この世界に関わったのなら、最後までやり通せ……」
「…………けど、僕は今すぐ書きたくて……!」
「魔王もやり遂げられない奴が、ラノベ一冊最後まで書ききれると思ってんのか?」
「……くっ」
最後までやり遂げる事の意味、ラノベ作家なら分かるだろう。
まずは一冊書き終える。
その後はシリーズをきちんと終わらせる。
打ち切りだろうが、読者を納得させるエンディングを用意する。
それが自分を信じてくれた者への、作家としての仕事じゃねーのか。
「……わかり、ました」
がっくりとうなだれるキノシタ。
もう奴に抵抗する気力は残っていないだろう。
そして手をあげて部下たちにこう命令する。
「みんな……すまない。この場は退いてくれ。無茶な命令を出して悪かった」
そしてキノシタは大の字になって再び倒れた。
「魔王様!」
すぐに三人の妻たちが駆け寄って、キノシタを抱き起こす。
その間もモンスターたちがキノシタの治療を続けている。きっとアイツはすぐに治るだろう。
「先生……これで良かったんですか?」
剣を収めた勇者がこちらに歩いてくる。
魔王軍があんなテンションなのだから、勇者も戦う気力が失せたようだ。
「今は、これでいいんだ。少なくともこの戦いは、誰も望んでない」
「今は、ですか」
「戦争そのものをなくす事はできねーよ。これから先の事は、お前たち次第だ。少なくとも、きっかけくらいにはなるだろ」
「……恨みますよ」
唐突に俺を睨む勇者ミュータス。
「ディルアランの人間も家族を想う気持ちがあるって、僕に教えた事」
「――なら、悩めよ。それも主人公の役目だ」
最近のラノベの主人公は絶対悪をバンバン殺すから好かれているという。
だけど、人間らしく悩んだっていいじゃないか。
戦う相手が誰なのか、きちんと判断した上での“無双”だから読者に好まれるのだ。
さっきのミュータスみたいに、誰彼かまわず殺そうとするのは“無双”ではなく“殺人鬼”と呼ばれる存在だ。
「せんせー!」
「センセ! 大丈夫!?」
鳥に乗ったJKとアミューさんが近づいてくる。
よかった、二人とも無事だ。
俺は彼女たちに手を振った。
次の瞬間、口から大量の血を吐いた。
「あ……?」
なんか全身の傷口が一気に開いて、血が流れ始めたぞ。
ああ、そうか。
さっきまでキノシタぶん殴る事に全力を注いでたから、筋肉に力入れてたんだ。
JKとアミューさん見たら安心して、全身の力を抜いちまった。
「せんせー!」
視界が狭まってくる。
めちゃくちゃ眠い。
反対に痛みはどんどんなくなっていく。
あ、これ、死ぬ。
ドラゴンの身体だろうが、死ぬ時は死ぬよな。
ああ、でも、満足感はある。
キノシタに言う事聞かせられたし、JKはアミューさんが送り届けてくれるし、勇者と魔王軍もちょっとだけ止まってくれたし。
もうやり残した事は――
「ざけんな……!」
倒れた。
土と血の匂い。
俺は拳を握り、立ち上がろうともがく。
「死ねるか……! 俺はまだ……やらなきゃ…………書かなきゃいけないラノベがあるんだよ……!」
なんのためにこの世界に来たと思ってるんだ。
死ねない。
死ねるわけがない。
こんな場所で――
「死ねない……! ライトノベルを書くまで……!」
この世界で体験した事、出会った人――
楽しかった事、辛かった事、ワクワクした事――
それらを形にするまで――
「待ってるんだ……読者が、編集が…………俺自身が」
死ねない。
「叫びたくなるような熱い展開…………胸が苦しくなるような萌えキャラ…………」
書きたい。
「最高のイラストに、最高の編集、最高の営業に最高の書店が揃った、俺史上最高のライトノベルができるまで、ここで死ねるかよぉぉぉぉぉっ!」
書きたい。
面白いライトノベルが、書きたい――
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