第30話 蒼天の決戦

 ドラゴンだけでなく、この世界の空を飛ぶ生き物には魔力が備わっていると思う。

 風の感じ方で分かる。

 翼によって揚力を得るだけでなく、さらに魔力を翼でかきわける事により、こちらの世界とは異なる推進力を得ているのだ。

 つまり、魔力の反応の仕方によってスピードが変わる。

 だから今、怒りで全ての魔力を乗せた俺の身体は、時速五〇〇キロ以上の猛スピードでキノシタを殴ろうとしていた。


召喚サモン


 鳥の上からキノシタが召喚したモンスターは、鉄球の形をしていた。

 トゲのついたその生き物が俺に飛んでくるが、関係ない。

 俺は空中で腕を振ると、キノシタのモンスターを押し返すように殴った。キノシタまで飛ばし返すつもりだったが、俺の拳は予想よりも強かったようだ。粉々に砕け散ってしまった。


「危ないなぁ。先輩、この子に当たったらどうするんです?」


 キノシタはこちらに手を向けて笑っている。

 しかしもう反対側の腕はJKをがっちりと押さえていた。縄状のモンスターによって縛られた彼女は、キノシタを睨み付けている。


「卑怯者が……! 人質とか、サイテーすぎるな!」

「僕が最低のクソ野郎だってのは、あなたが一番良く知ってるでしょう。僕はどんな手を使ってでもラノベを書きたくなったんですよ」

「だからって、魔王軍をけしかける事はなかっただろうが!」

「言ったでしょう? 僕にインスピレーションをくれればいいんですよ」

「てめぇっ!」


 殴りかかろうとするが、キノシタはさらにモンスターを召喚する。

 無尽蔵に出てくるモンスターは、俺を狙って次々に攻撃をしかけてきた。飛べるモンスターは体当たりをしかけ、刃物のようなモンスターは回転しながら俺を斬ろうとする。

 3Dプリンタとはよく言ったものだ。

 キノシタがイメージする形が次々に出てきやがる。


「本当にこれでテメーの書きたいラノベが書けるのかよっ!」

「書けるか書けないかじゃないんです!」


 キノシタの手が伸びる。

 彼の周囲に穴が空き、そこから無数の雷が伸びた。

 いくら速く飛べても、雷を避けられるわけがない。

 やばい、と思った瞬間には全身を激痛が駆け巡っていた。


「おわああああああっ!」


 ダメだ、落ちるな。

 飛べ! 飛べ! 飛べ!

 翼じゃない、俺の中にあるドラゴンの血よ、なんとかしろ。

 生きて俺をキノシタのもとへ連れて行け!


「僕は書きたいんですよ! あなたよりも面白いラノベが!」

「…………!」

「面白いだけじゃない! 売り上げを伸ばして、アニメ化もされて、それで嫉妬した奴らにネットで叩かれまくるような、そんな大ヒットラノベを書くんだ! あなたのラノベよりもずっと心に残るような傑作ですよ!」

「キノ……シタ…………!」

「そんな僕の欲求を邪魔すると言うなら、先輩だって容赦はしませんよ! なんならドラゴンキラーの取材もしてみようかな!」


 飛べ、俺の身体。

 いいや、飛ばなくていい。

 身体と心が軽くなる。


「JK! 手伝えっ! 俺を落とすな!」

「や、やってみるっ!」


 すると繋がれたままのJKが俺を見て叫ぶ。


召喚サモンっ!」


 空間に穴があき、そこから飛び出してくる一羽の巨大な鳥。

 その背中に飛び乗ると、俺はキノシタめがけてさらに跳躍する。


「あ、あたし、できた! 縛られてても召喚魔法って使えるんだ……」

「サンキューな!」


 礼を言いつつ、俺は拳を構える。

 もうキノシタたちが乗っている鳥まで肉薄している。

 あとはこいつを引きずり降ろして――


召喚サモン


 そう考えていた俺の背中に、巨大な剣が突き刺さっていた。

 ジャンプしている俺の真下から召喚したらしい。

 まるで薄型テレビのように太くて角張った剣は俺の腹から背中に飛び出し、空中で静止する。


「せんせぇっ!」


 JKの悲鳴。

 そんな泣きそうな顔するなよ。

 俺、そんなにひどいのかよ。


「……すみません先輩。僕はどうしてもラノベが書きたいんです。先輩を殺してでも、向こうの世界に帰りたいんです」

「別に……この世界でも…………ラノベは書けるじゃねぇか……!」


 喋るたびに内臓と喉の奥がぎしぎし音を立てるようだ。

 そうか、胴体を刺されるとこんなに痛いのか。

 痛いっていうか、力が傷口から漏れていく感覚だ。

 へー、こうなってるのか……。


「確かにここでも小説を書くことはできます。だけど僕はあっちの世界で、またラノベ業界に触れたいんです」

「……一度捨てたくせに…………調子のいい事言いやがって……!」


 刺さった剣を抜きたい。

 しかし空中に真下から生えている刃は、どうやっても抜けてくれない。そもそも柄に手が届かないほど巨大なのだ。

 だから俺の身体は、まるで磔のように宙に留まっている。


「安心してください。彼女は無事に送り届けますよ。先輩の事はどうでもいいですが、ラノベ作家志望の子を無下には出来ませんから」

「冗談じゃないっ! 誰があんたなんかに!」


 JKが激しく罵倒するが、キノシタは涼しい顔だ。

 反撃の手段はいくつかある。

 しかし彼女が人質に取られている以上、あいつを攻撃できない。

 せめてJKさえ取り戻せればなんとかなるのだ。


 そして、その時間が迫っている。


 奴は俺に夢中で気づいていない。

 先ほどJKが呼んだ巨鳥に乗って、あいつの背後から迫る仲間に。


「ほっ!」


 鳥のモンスターに乗ったアミューさんがナイフを投擲する。

 鋭いナイフがキノシタの腕に刺さり、捕まえていたJKを取り落とす。


「なっ!?」


 鳥から落下するJKだが、その身体はアミューさんが乗っていた巨鳥が受け止めた。

 さすがチート能力持ち、もうモンスターの使い方をマスターしてやがる。

 召喚したモンスターは本人しか操作できないんだったな。

 だからアミューさんを乗せた後、自分の背後まで誘導できたんだ。


「ナイス! アミューさん!」

「えっへへー! たまには役にたったデショ!?」

「サイコー! アミューさん素敵!」


 鳥の上でアミューさんに抱きつくJK。

おい、その役代われ。俺もアミューさんに抱きつきたいほど嬉しいんだぞ。


「人質がいなくなればこっちのもんよ!」


 そして俺は翼をはためかせ、キノシタに向けて飛びかかる。

 ドラゴンの血のパワーを全て推進力に代えて、まっすぐに飛ぶ。

 もちろん、腹に剣は刺さったままだ。

 翼は切られてるし、腹は刺されてるし、思考はめちゃくちゃだ。

 だけどキノシタを叩き潰すという目的だけは忘れていない。

 今の俺の中の優先度は、痛みよりもキノシタなんだ。


「キノシタァァァァァァァァッ!」

召喚サモンっ!」


 飛びかかる俺に、キノシタが召喚魔法を唱える。

 だが遅い。

 空中に穴があく前に、俺の両手がキノシタの首を掴む。

 そしてそのまま巨鳥から転げ落ちた。


「おらぁぁぁぁぁぁっ!」


 キノシタを掴んだまま、俺は落ちる。

 というか、もう飛べない。

 飛び方も忘れてしまった。痛みで翼も動かせない。

 かろうじて空気のバリアを張れるくらいだ。

 だが、それも張らない。


「は、放して下さい先輩っ!」

「俺と一緒に地獄へ堕ちろやぁぁっ!」

「何……バカな事言ってんですかっ!」


 首を掴まれたまま、キノシタも叫び返す。


「僕たちラノベ作家なんて、とっくに地獄の住人でしょうがっ! 」


 そうして、俺たち二人は地面に落ちた。

 勇者と魔王軍が戦っているまっただ中に。

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