第28話 勇者の挑戦


 作家たるもの、何事も経験だ。

 端から見るのと、実際に自分がやるのじゃ大違い。

 モンスターがいる大陸に渡ったのも、ドラゴンになったのも、全て作品のためだ。

 じゃあ、今こうして“無双”を体現したような男と戦っているのは、何のためだ?


「だから、話を、聞けっつってんだろうが!」


 俺のドラゴンパンチが勇者の顔面に当たる。

 が、勇者は俺の拳と腕ごと押し返してくる。丸めた紙でも投げられたくらいの調子で、まったく意に介していない。

 その勢いで繰り出される剣は、俺の翼を切断する。

 めっちゃ痛ぇ。

 そりゃ身体の一部を斬られたんだ。しかも翼って神経やたら通ってるから、痛みもハンパないんだ。

 泣き出したいほど痛い。

 正直、逃げたい。


 あのドラゴンパンチだって、ここに来る前に試したけど、岩なんて簡単に砕けるくらい強いんだぞ。

 竜の血ってガソリンか何かでできてるんじゃないかってくらい身体が熱くなって、アミューさんの身体も小指で持ち上げられるくらいパワーが身についたんだ。

 なのに勇者に全然効かないでやんの。

 俺は確かに“無双”の勉強に来た。

 だけどこれじゃ、“無双”のやられ役の勉強じゃないか。

 もうちょっと――確かめたい。

 あいつの強さの源、強さの秘密を。


「おい勇者! てめぇいい加減人の話を聞けやっ!」

「惑わされるものか! 真の勇者は妄言に耳を貸したりはしない!」

「う……それはそうかもしれん」


 最近人気の主役って、だいたいそうだよな。

 敵や味方のウジウジしたエピソードに一ミリも揺らがず、自らの信念を通す。

 その一途でブレない姿に読者は共感を覚えるのだ。

 だけど、それは主人公が正しかった場合の話だ。

 誤解してる時はどうすりゃいいんだよ!


「いいか! 俺がこの世界に来たのは取材のためだ! キノシタがいるなんて思わなかったんだよ! JKもそうだ! アミューさんにいたってはダイアランのガイドじゃねぇか!」

「だから、それも全部嘘だったんだろう!」

「違うって言ってんだろ!」


 ああ、くそっ。

 証明できるものがあればいいんだが……。

 キノシタと俺は無関係じゃない。それだけは事実だ。

 だけど魔王軍との繋がりがない――


 待てよ。

 本当にそうか?

 本当に俺は魔王軍と無関係なのか?


「待て勇者」

「待てと言っても――」

「本当に待ってくれ。大事な事を思い出した……よっ!」


 それでも斬りかかる勇者の剣を見切り、俺は彼の腕をとる。

 腕を下げさせ、何でも斬れる万能の聖剣を地面に刺す。

 そのスキに俺は勇者に顔を近づけ、こう言った。


「俺、やっぱり魔王軍と無関係じゃなかったわ」

「ええっ!? なんだ君は、言ってる事がコロコロ変わって!」

「あのな、俺、魔王軍の将軍に頼まれてたんだ。この戦争を終わらせられないかって」

「戦争を……終わらせる?」

「ああ。異世界人の俺なら、なんとかできるかもしれないって」


 まったく別方向からの攻撃に、勇者の手が止まる。


「お前も平和の道を目指してるなら、俺の言いたい事が分かるな?」

「僕は……!」

「お前がやりたい事はなんだ? ディルアランの殲滅か? それともダイアランの平和か? どっちなんだ?」

「あなたには……分かるはずがないっ!」


 勇者の剣が地面から抜かれ、俺を斬り裂こうとする。

 しかし今度は遅い。俺を引き離そうとするために、あえて大振りにしたようだ。


「二つの大陸の歴史なんて、全然知らないくせに!」

「ああ、少ししか知らねーよ」


 チラリとアミューさんを見るが、彼女は申し訳なさそうに照れ笑いしていた。

 いや、いいんだけどさ、可愛いから。


「確か、千年以上も戦ってるんだろ?」

「そうだ。もはや二つの大陸は決定的に分かたれている。どちらかが、どちらかにとっての絶対悪なんだ。そうやって今までやってきたんだ……!」

「俺はディルアランに言ったけど、そんな事なかったぜ」


 どちらの大陸に住んでいたのも、人間だった。

 多少趣味の違いはあれど、優しい人ばかりだった。


「あのな勇者。あっちも好きで戦ってるわけじゃないんだぞ?」

「嘘だ! ディルアランの者達は内臓崇拝の狂った野蛮人だ! 僕たちを殺す事だって、喜んでやっているに違いない!」

「んなことねーって。内臓はともかく、死を崇拝してる文明はすぐ廃れるんだ。今、ここまでディルアランが発展してるのは、みんな仲間想いの優しい人だからだよ」

「そんな……!」


 揺れるミュータス。

 少しは俺の話を聞いてくれるようだな。

 このまま説得すれば、剣を収めてくれるだろう。


「……魔王の意見が訊きたい」


 ミュータスはそう言ってキノシタを見る。

 が、そこにキノシタの姿はなかった。


「あれっ!?」

「ああっ! あの野郎、どこ行きやがった!」


 さっきまで木陰で休んでいたはずなのに。

 俺と勇者が戦っているスキに逃げ出しやがったのか!


「おいミュータス! キノシタ――魔王を捜せ! でも殺すな! 生かして全部聞き出すんだ!」

「は、はいっ!」


 勇者も俺の苦労が少し分かってくれたようだ。

 すぐにキノシタを探して、全員が走り出そうとする。

 その時だった。


「センセー! 大変!」


 アミューさんが叫ぶ。

 彼女と――あれ、アミューさんしかいないぞ。


「JKもいないよ!」


 まさか、キノシタの野郎……!

 JKをさらって逃げたのか。

 なんて卑劣な奴だ。


「あの、先生」

「今度はなんだ!?」

「あれは……なんですか?」


 勇者が見上げる上空。

 先ほどまで晴天だった空は、真っ黒に染まっていた。

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