第13話 隣の芝は青い


 ベルゲルが「早く菓子が食べたい」というので、落ち着ける場所を探す。

 しかし先ほどまで戦場だった場所で落ち着く事などできるわけがない。

 そこで俺たちは、ベルゲルに案内されてゆっくりできる場所に移動した。

 テラスのような場所で、白いテーブルとイスが置かれている。そこに腰掛けて、土産を広げる。ベルゲルが用意した紅茶の香りが漂う中、取材が始まった。


「そこのお前、ディルアラン出身だな」

「そうだヨ!」


 ベルゲルの問いに、アミューさんはあっさり答える。


「五〇年ほど前までは、彼女のような獣人族ですら迫害されていた。だからダイアランには立ち入る事すらできず、仮に入れたとしても卑しい仕事しかもらえなかったものだ」

「移民問題……とは違うか。普通に人種差別だなこれは」


 淡々と語るベルゲルに、俺は少し後悔する。

 なんだか重い話になってきたな。


「今では獣人族はどちらの大陸でも珍しくない。しかし彼女の言葉の訛りはディルアランのものだ」

「私は世界中を旅してきたからネ! だから色んな国の言葉も覚えたシ、ガイドとしてもいろんな場所を案内できるヨ!」

「だったら彼女にディルアランの事を聞けば良かったのではないか?」

「そうだよセンセー! 私、何でも答えられるヨ!」


 大きな胸を叩いてアピールするアミューさん。


「じゃあアミューさん。ダイアラン大陸の人間とディルアラン大陸の戦いの原因って知ってるのか?」

「うーん……えっと……」


 首をかしげて考え込むアミューさん。

 やっぱり知らないんじゃないか!


「ち、違うヨ! 歴史に関しては詳しくないだけデ、珍しい観光スポットとかは知ってるんだヨ!」

「観光スポットだって、その土地にまつわる歴史を調べないとガイドできないだろ」

「あうう……」


 何でもできると思ってたけど、もしかして知識に関してはダメなのかこの人。

 意外――でもない弱点だな。

 いや、今まで何度も助けられたからいいんだけどさ。


「というわけでベルゲルさん。ウチのダメなガイドに代わって歴史を教えてください」

「仕方ないな。そこの獣人族もきちんと聞くのだぞ」

「ハイ!」


 ベルゲルに名指しで呼ばれて、居住まいを正すアミューさん。


「そもそも二つの大陸は、昔からあまり仲が良くなかった。というのも文化が違うからだ。ダイアランの人間にとって、ディルアランの風習は野蛮で醜いものらしい。それは視点を逆にしても言える事だ」

「まぁ、そういう事はよくあるわな」

「私としても、ダイアランの風習は良く分からぬ事が多い。それで戦争が起きた」

「いきなり話が飛んだな」

「つまり互いの風習は、戦争を起こすほど醜く見えたという事だよ」


 そこまでの文化の違いなのか。


「ディルアランの人は、基本的に夜行性なんだヨ。ダイアランの人が特に嫌ってるのは、動物の姿形と内臓崇拝だネー」

「動物はいいとして、アミューさん、その内臓崇拝ってのは?」

「ディルアランの人、健康祈願のために臓物を神様に捧げるノ。人間や動物の死体カラ。それがダイアランの人にとっては邪教に見えるんだっテ」


 あー、それは分からないでもない。

 夜行性の人が、夜中に神様に臓物を捧げる儀式か。


「俺たちの世界の感性は、どっちかってーとダイアラン側かな」

「うむ……服装を見ればなんとなく分かる」


 ベルゲルも寂しそうに微笑む。


「例えば、これを見てくれ」


 彼が懐から取り出したのは、一枚の絵。

 そこにはベルゲルと、おそらく彼の家族であろう妻と子供。

それから一家にまとわりついている触手だらけのゲル状の生き物。

 彼らの背景には血で染まった旗と、臓物で彩られた壁。

 デスメタルのジャケットと言われも信じるぞ。


「この後ろのコレ、なんです? モンスター?」

「モンスターは我らが創造した兵器だ。これは天然のローパーだ」

「天然物のローパー……」

「キミたちの感性でも、やはりキモいと思うか?」

「すいません、ちょっと今時のトレンドじゃないですね」


 これを邪悪と称して討伐しにいく気持ちも、ちょっと分かる。

 現代のように「話せば分かる」「異文化への理解」という言葉があまり浸透していない文化圏なのだ。こちらの世界だって、百年前まではそうやって発展してきた。


「じゃあベルゲルさんは、こういう生き物はどうです?」


 俺はスマホのアルバムに入っていた子猫の写真を見せる。


「……こないだ読んだ怪奇小説の化け物に似てるな」

「やっぱり、そういう感性なんですね」

「正直、キミがこの化け物に襲われているように見える」

「あ……そういう事か」


 戦争の原因、なんとなく分かった。

 どちらも正義感によるものなのだ。


「なるほど――どちらも互いの大陸の人間を救おうとしていたのか。化け物に虐げられている人間、化け物や邪教をありがたがっている人間から解放しようと」

「それがいつの間にか、憎しみに変わっていったのだ」

「ベルゲルさん、あなた割と冷静に分析できるんですね」

「私は今でもダイアランの人間が劣悪な環境に置かれていると思っている。それを救うために戦っているし、勇者と呼ばれる存在は醜い化け物の親玉だ」


 異文化による戦争か。

 これは根が深いし、取り除こうと思っても取り除けない。

 それができる者こそ、本物の“勇者”なのだろうが。


「……私はどちらの文化も好きなんだけどナ」


 悲しそうに呟くアミューさん。

 そういう人もいるだろうが、きっと少数派なんだろうな。

 俺もどちらかと言えばダイアラン派だ。

 ただ、ディルアランの文化を否定するつもりはない。


「まぁ、ここで私が言っても仕方がない。実際に見てみたほうがいいだろう。異世界の取材というならば、その方が身になるだろう?」

「そうですね。ありがとうございます」


 ベルゲルは遠くを見る。

 どこまでも続く空。

 俺の視界の端っこには、手すりに掴まってしゃがみ込んでいるJKが。


「おい、平気かJK?」

「へーきなわけないじゃん……!」


 目の前には、大空。

 おそらく手すりの下にも、大空。


 俺たちは現在、空を飛ぶ巨大なモンスターの背中に乗っている。

 二〇平方メートルほどの巨大なエイの背中に、人間が乗るための空間がある。ランドセルのように背中に設置されたそれは、十畳くらいのスペースのテラス。

 魔王軍の将軍クラスなら、馬よりも乗り慣れているモンスターだそうだ。


「あっ! 見えてきたヨ!」


 アミューさんの指さす先には、黒い大地が。

 あそこがディルアラン大陸――

 魔物と臓物の土地。

 “ハーレム”を嗜む魔王が住んでいる場所だ。

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