第316話 (番外編) 嫁たちの決断

 前田拓也が、川上村での山賊団の襲撃に巻き込まれた。


 彼自身は無事だったものの、多くの負傷者が出てしまったことに憤り、ついに山賊団との抗争に参加した。

 阿東藩、前田邸では、前田拓也の六人の嫁たちが集まって、話し合いをしていた。


「……また拓也様、危ないことに手を出しているようね……」


 凜が眉をひそめながらそう話す。


「優、どこまで知っているんだ?」


 ナツも、心配そうな表情で優に尋ねた。


「私も、詳しくは……ただ、ことによっては山賊団と戦うことになるかもしれないって……とはいっても、直接ではなく、あくまで奥宇奈谷の人たちの支援をするっていう話で……」


「そうだろうな……拓也殿は、直接人を傷つけることを極端に嫌う。緊急でどうしてもそういう状況になったとしても、刃物とかは使わず、仙界の道具で一時だけ動けなくするぐらいだしな……甘いと言えばそれまでだが、まあ、それも拓也殿だ……」


 ナツは、半分諦めたようにため息交じりにそう話す。


「……ご主人様は、本当に争い事が嫌いなんですね……でも、そんなご主人様でも、自分の身内や、懇意にしている人……特に若い女性に危害が及んだりしそうになったら、戦いの場に出ます……前は、海賊団と戦になりました……」


 ハルの声は、怯えを含んでいた。


「タク……いつも無茶するから……みんなこんなに心配しているのに……」


 いつもは元気なユキも、心配で落ち込んでいる様子だった。


「……でも、拓也さんは賢明なお方です。前の海賊団のときも、自身や味方を巻き込まないよう、仙界の技を使って、しかもなるべく相手も傷つけないように戦ったということではないですか。ですので、今回もなにか凄い技を用いて、なるべく双方に怪我人が出ないように解決を図る……そう信じましょう」


 涼が、皆を安心させるようにそうまとめた。


「……そうね……そこは拓也様を信じましょう。それと、もう一つ困ったことがあるわね……如月と皐月の二人……どうすればいいのかしら……」


 この二人は、山賊団の襲撃時、なんとかその魔手をのがれたものの、隠れていた神社の天井裏から、自分たちの従兄弟で、実の姉のように慕っている如月が、男たちに酷い目に遭わされたところを見てしまい、大きなショックを受けていたのだ。


 特に男性に対しては酷い恐怖症になってしまい、姿を見かけただけで震えて何もできなくなってしまうほどだった。

 そして今、優の時空間移動能力によって、阿東藩の女子寮に保護されていた。


「……凄く可愛らしい姉妹なのに、そんな場面を見てしまって、あれほど男に不信感を抱くなんて……あまりに可哀想だな」 


 ナツが、今度は彼女たちの身を案じてそう呟いた。


「……そういえばご主人様、如月さんとは、一夜限りの嫁になって欲しいって言われていたのに、それを拒んでいたっていうことですよね? あんな綺麗な女の子なのに……」


「……拓也さんは、そういう人……私たち、嫁に対してすごく律儀で……女遊びなんかも一切しませんし、あれだけ女性……女子寮や、海女さんたちに慕われて、時には誘われたりもしているらしいのに、逃げるように避けているっていう話だし……」


 優が、ハルの疑問に対して、真顔で「あの人はそういう人」という答えを示し、他の嫁たちもそれに納得する。


「……私たちがこういうのも変な話だけど、あの方は、私たちの婿っていうだけで収まる器じゃないわ。将軍様とだって面識があるっていうことだし……もっと何人もお妾さんがいてもおかしくないし、実際にそういう話があるのに、全部断っている……私たちとしてはそれは嬉しいけど、逆に心苦しくもあるんだけどね……」


 微笑みながらそう話す凜の言葉にも、嫁たちは全員同意した。


「……なあ、如月のことだが……拓也殿なら、助けられるんじゃないか?」


 思いついたようにそう話すナツに、全員が注目する。


「……ご主人様ならって、どういうことですか?」


「拓也殿なら、如月も受け入れて、一晩だけの嫁になれるんじゃあないだろうか……もともとそういう話だったし……それがうまくいけば、男に対する怖さも薄れると思うんだ」


 ナツのその提案に、ユキは驚き、そしてハルは困惑の表情を浮かべた。

 しかし二人とも、すぐにそれを、覚悟とも受け取れるものに変えた。


「……たしかに、如月も皐月も、男の人を恐れるといっても、拓也様だけには心を開いているように見えたわ……今、ナツちゃんが言ったことは、私も考えていたこと。皐月はまだ若すぎるとしても、如月ならば……そして如月がそれで心の病が軽くなれば、皐月もつられて直るかもしれない。問題は、それを拓也様が受け入れるかどうかだけど……」


 凜は、最初に拓也の嫁になった、そして唯一彼の子を持つ優に尋ねた。


「……さっき言ったように、拓也さんは私たちに義理立てして、難色を示すと思います。でも、懇意になった娘のことは放っておけない拓也さんのことだから……『彼女たちを助けるためには、それしかない』っていうふうに言えば、できないことはないと思います。ただ、そのためには……」


 優は、そう言って他の嫁たちの顔を見渡した。


「……私たち全員の同意と、後押し、ね……ええ、確かに、そういう話なら、思うところはあるけど……でも、あの二人、あまりに可哀想じゃない。そんな酷い目にあって、一生、男の人を怖いものだと思って、怯えて暮らしていくかもしれないなんて……それに、私たちは拓也さんに、今までも、そしてこれからも相手をしてもらえるんだから……」


「……ああ、一晩ぐらい貸してやってもいいだろう」


 凜の説得に、ナツが同調する。

 それで一同から笑いが漏れた。


「……だとすれば、どなたが説得するかですが……」


 涼の問いに、優が、真剣な表情で向き合った。


「……私が、説得します。二人を、なんとしても助けてあげてくださいって……」


 今も彼にとって最愛であろう優の言葉に、全員、頷いたのだった――。 

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