第315話 (番外編) 奥宇奈谷の巫女の思い
(今回は番外編ということで、少しだけ前の、如月とは別の少女についての話です)
少女・奈々は、奥宇奈谷の小さな神社で巫女をしている。
とはいっても、他の巫女と同じく、兼業であり、大きな神事以外は農業の手伝いをしている身だ。
数え年で十七歳 (満年齢で十六歳)であり、如月とは同い年で、かつ、幼なじみでもあった。
奈々も、奥宇奈谷に伝わる「しきたり」は知っている。村を訪れた若い男性と、一夜限りの夫婦になる……そのことに対して、淡い憧れすら抱いていた。
とはいえ、しきたりで優先されるのは本家筋、自分の世代では如月ということになる。
その分、如月は相手がどんな人物であれ、拒むこともまた難しい……というか、拒めないのだが。
ただ、例外もある。
それは、相手の男性がどうしても如月を気に入らず、その代わりに別の女性を指名した場合である。
このときは、互いの意志が尊重される。
なので、対象の男性が如月よりも自分のことを気に入ってくれて、かつ、自分も気に入ったなら、そのときは一夜限りの夫婦となることができるのだ。
最初、そのしきたりの本当の意味を知ったとき、実際のところ本家筋は相手を選ぶことができない分、つらい思いをしなければならないので可哀想だと思った。
直系ではないが、本家に近い如月のいとこは、そういう状況になったときに親の圧力が強く、断ることができず、それが嫌で村を出て行ってしまった。
如月はと言うと、諦めというか、達観というか、相手がどんな男であろうと受け入れる覚悟ができているようだった……まあ、一夜の夫婦になる、と言う意味を、一晩一緒に並んで眠るぐらいにしか思っていないようであったが。
もうこうなると、運だった。
村を訪れた男が、最初に紹介されるのが如月であり、彼女のことを気に入らなければ、自分を選ぶ順番が回ってくる。
しかし、如月は、どこまで自覚しているかわからないが、あれだけの器量良しだ。まず間違いなく一夜の嫁として選ばれるだろう。
たとえそれが、どんなに恐ろしい顔をした大男であったとしても、彼女は拒むことができないが……。
ところが、例の崖崩れによって、如月も、奈々自身も、そして同年代の女性の全てが、その機会を失われてしまった。
村内の年頃の娘達にとっては、それは大きな失望だった。
二十五歳になれば村の男との結婚も許されるのだが、さまざまな面で優遇されるのは、村外の男との間に子を作ることができた女性だからだ。
ただでさえそんな機会が少ないのに、村には全く外から人が来なくなった。
崖崩れはそのうち復旧するかもしれないが、その頃にはさらに若い世代……たとえば、如月の妹の皐月までもがしきたりの対象に入ってくる。
焦りと、失望。
自分はしきたりには興味がないように振る舞っていたが、どこかで、いい縁談 (一夜限りだが)に憧れていたんだな、と思っていた。
崖崩れから一年半以上経った、その日。
村外から、若い男性が何らかの方法でこの村を訪れた、との噂が入ってきた。
その途端、急遽この日の農作業が中止となり、神様に感謝を伝えるために神事が執り行われるという。
また、そこにその若い男性が訪れるかもしれない、という話が入ってきて、同僚の巫女も色めき立っていた。
急いで巫女の衣装に着替える。
この装束も、ずっと昔からの使い回しで、大分痛み、つぎはぎだらけなのだが、こればっかりは仕方が無い。
そしてその人は現れた。
如月と仲よさそうに歩いてくる若い男性は、自分が夢見た理想の人……いや、それ以上に格好の良い好青年だった。
今までにないぐらい、顔が熱く、鼓動が激しくなるのが分かった。
隣の女の子も、顔を真っ赤にしている。
他にも巫女になれる女性はいたのだが、彼が来たという話がまだ伝わっていないらしい……あとで文句を言われそうだけど、この人が夜までいてくれるなら……。
「拓也さん、彼女たち、私の友達で、二人とも例の『しきたり』の対象なんですよ。私と違って、彼女たちが了承したならば、ですが……」
如月が、全く遠慮せず彼に自分たちのことを紹介した。
(ああ、如月の天然な性格がうらやましい。こんな大胆なことを、こんなにあっさりと言えるなんて……)
奈々は、さらに顔が熱くなるのを感じていた。
そして二人は、あまり長居することなく帰って行った。
ずっと一緒にいられる如月に、少しだけ嫉妬してしまう。
と、そこに他の巫女さん達が遅れてやってきた。
隣で一緒だった女の子が、彼女たちに
「凄く綺麗な顔をした、格好の良い若い男の人でした」
と顔を赤らめながら話したものだから、ちょっと年上のお姉様方は、残念そうな、悔しそうな顔をしていたが……。
「……でも、今日は月夜よね。だったら、その方にも、例の河原のお風呂に入ってもらえばいいんじゃないかしら?」
お姉様方の一人が、そう話した。
「……それ、いいわね! 裸、見られることになるけど……でも、こんな機会、二度と無いかもしれないし、そうしましょう! 如月より、私たちの方を選んでくれるかもしれないわ!」
(お姉様方は、私や如月より年上なので、私たち以上に乗り気……というか、危機感をもっているかもしれない……)
奈々は、そう考えていた。そして、自分も遅れをとるわけにはいかない、とも――。
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