第311話 混浴の誘い
焼き菓子を食べながらの休憩を終えた俺たちは、そのまま長老の屋敷へと帰った。
俺は如月に村を一通り案内してもらったことに、彼女と長老に礼を言った。
そして、如月の兄である睦月――俺と出会ったときは、ハグレと呼ばれていたが――が無事であり、山賊に身を落とすこともなく、狩人として活動していることを告げると、長老は如月の妹の皐月共々、涙を浮かべて喜んでいた。
さらに、今後の方針展開を話しあった。
まず、この村の住人が無事であったと、松丸藩の役人に伝えること。
次に、さすがに俺一人が生活物資を運ぶだけでは根本的な解決にはならないので、なんとかして崖崩れの復旧に目処を立てるよう、進言するつもりであることも話した。
また、それまでに必要なものがないか、俺に運べる物があれば持って行くと伝えると、使い古した物で構わないので、衣類があればありがたい、という話だった。
この村でも、主に麻を使って衣類を作成してはいるが、原材料も人手も不足しており、難儀しているという。
以前はそれなりの頻度で商人が古着を持ってきてくれていたので、逆にそれに頼りすぎていたことが、今の状況を招いてしまっていたとのことだった。
他にも、やはり城下町はもちろん、川下の農村部と比べても、いくつかの点で生活水準は低いと言わざるを得ない部分はある。
医者不足、薬不足。
紙の類いも、生産はしていないようだった。
また、通貨もほとんど流通しておらず、村内では物々交換がメインで、あったとしても外部の商人との交渉用であり、その価値を生かし切れていなかった。
そんな奥宇奈谷ではあったが、崖崩れによる閉鎖が続いている状況でも、人々はそれなりに幸せに暮らしていたようだった。
それらの話を続けているうちに、いつの間にか日は暮れて、夜のはじめにかかり始めていた。
俺は一旦、現代に帰ろうと思っていたのだが、せっかくなので温泉に入っていくように勧められた。
この村を流れる幾つかの川の一つに、天然に湯が湧き出る箇所があり、そこに川の水が入り込んでちょうど良い温度になっているのだという……そういう風に石を積み上げて調整しているらしい。
この奥宇奈谷に、天然温泉が湧き出ていることは、前から知っていた。
現代では、「秘境温泉」と呼ばれて結構人気のスポットになっているからだ。
そんなところに入れるのであれば、せっかくこの地を訪れたのだからお言葉に甘えねばバチが当たる。
ところが、
「私たちも一緒に入りますよ」
と、如月と皐月が笑顔で言ってきたものだから、ドギマギしてしまう。
「いや、それは……でも、この村ならそれが普通なのかな……」
「はい、拓也さんが一緒に入ってくださるなら、皆、大歓迎だと思いますよ」
「……皆って?」
「今日、何人か若い女の人と出会いましたよね? 今夜は月夜ですし、皆、夜の湯浴みを楽しみにしているのです。若い男の人の旅人なんて、本当に数年ぶりらしいですから、皆浮き足だっていましたよ」
えっと……それって、逆に俺の方がヤバいのでは?
もう少し詳しく聞いてみると、まず、商人自体はたまに来ていたが、「若い」となると、最近はそう滅多に訪れる者がいなかった、ということだった。
山賊が出るようになって、ベテランの商人も来る機会が減り、崖崩れ以降はパッタリと途絶えていたらしい。
それに、混浴と行っても、お互いに了承がなければ触れてはいけないことになっているらしいので、女性としても安心して入っているのだという。
まあ、そういうことなら、江戸などの混浴の湯屋と大して違いはない。
地元の若い衆もいるだろうし、それならば不倫にはならないだろう、月を見ながら温泉に入るのも悪くないと、俺はその提案を快諾した。
そして彼女たちの案内で、その天然温泉へと足を運ぶ。
たどり着いて分かったのだが、本当にただの河原だ。
若い女性達の、キャッキャという楽しげな声が聞こえてくる。
月明かりに照らされ、おぼろげに女性達の姿が見えてきた。
七人~八人ぐらいだろうか。全員、細身に見えた。
湯けむり漂い、明かりは月明かりのみなので全てがはっきり確認できるわけではないが、男の姿が一人も見えないように思えた。
脱衣所みたいなものもなく、河原の砂利の上に、無造作に脱がれた女性の着物が置かれている。
「……えっと、男の人って、他にはいないのかい?」
「はい、そうですよ。普通は男女は別に入りますから」
「えっ……そんな、それじゃあ、俺が来たらまずかったんでは?」
「いいえ……昼間から申し上げていたとおり、あなたはこの村にとって特別ですから……」
如月は、そう言いながらわずかに頬を赤らめて、俺の目の前で、着ていた衣を脱ぎ始めた――。
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