第305話 夜伽の意味

 俺と如月は、鍛冶場や作業小屋から少し離れた、平屋建ての屋敷に案内された。

 ここが南雲さんの住居で、弟子の八雲は離れで寝起きしているということだった。


 彼の奥さんもそこで生活しており、俺たちにお茶を入れてくれた。

 この夫婦に子供はおらず、その分、奥さんは南雲さんの弟子である八雲を、とてもかわいがっているということだった。


 また、その八雲が塩を持ってきたことに、とても驚き、喜んでいた。

 どうやら八雲は、俺たちと入れ違いで近況確認 (長老の容態と、崖崩れの復旧状況)のために長老宅を訪れ、そこで藩の使いであるという俺の情報と、一盛りの塩を分けてもらい、急いで帰ってきたということだった。


「ふむ……それほどたくさんの塩を持ってきたことで、うまく長老に取り入ったのだな」


 微妙にトゲのあるその言い方に、彼と同い年ぐらいの奥さんは何か取り繕おうとしたおうだが、結局何も言えないままだった。

 どうやら、かなり亭主関白っぽい感じだ。


「いえ、まあ、それでお役に立てたのなら、俺としては良かったな、と思っていますけどね……南雲様ともお会いできましたし」


「……何が目的だ?」


「それは、先ほどお話しした通り、刀を売って頂きたいと考えておりまして……」


「そうではない。この奥宇奈谷に来た目的だ……若い娘か?」


 直球の質問に、俺はたじろぎ、思わず如月の方をちらりと見てしまう。

 彼女は、それに対して、一瞬きょとんとした表情になり、そしてすぐに微笑みを浮かべた。


「いえ、そもそもこの地方の『しきたり』については、詳しくはこの村に来てから知ったことでしたし、そんなつもりは今もないです」


 俺はそう断言した。


「そうですよ。私が言ったとおりです」


 如月がそうアシストしてくれる。


「ふん……男のことを知らぬおまえに、どこまでその男の真意を理解しているものか」


「……どういうことですか?」


 如月は首をかしげた。


「おまえは、『男と一夜を共にする』……つまり、『夜伽する』ということを、どう解釈している?」


「……えっと、一緒に床に入って、そのまま一晩共にする……いえ、それ以外に何かあるということは知っていますけど、誰も教えてくれないので、詳しくは知りません……何をするのでしょうか?」


 彼女は、素でそう答えた……どうやら、心が読めるといっても、相手が考えていることすべてを把握できるわけではないようだ。

 ……っていうか、彼女、何にも知らないんだ……。


 俺が意外に思っていることに、南雲さんは気づいたようだ。


「……そういうことだ。この娘……如月は、早くに両親を亡くしている。そして、祖父からは、『しきたり』について、単に『一夜を共にし、相手にすべて身を任せろ』ぐらいにしか伝えられておらぬのだ……だからこそ、おまえになんの警戒心も持たずに接しているのだろう」


 南雲さん、苦虫をかみつぶしたような表情だ。

 そして、隣で話を聞いていた彼の弟子の八雲はというと……戸惑っている俺の顔と、未だきょとんとした表情のままの如月を交互に見つめ、そして赤くなって下を向いた……まあ、彼は知っているんだろうな。


 けど、如月はもう満年齢でいえば十六歳になっていると聞いた。

 たしかに、この手の話はもう知っているべきことのはずだが……教えられていないのであれば仕方がない。彼女のお爺さん、実戦で経験を、と考えているんだろうな……。


「……八雲君も知ってるんだ……一体、何をするんですか? 私、ちょっと怖くなってきました……ひょっとして、痛かったりするんですか?」


 それに対して、俺は何も答えられない。


「……痛いんですね……」


 う……心を読まれた……。


「そういう問題ではないのだがな……まあいい、幸か不幸か、拓也殿にその気がないのだ、気にしなくてもいいだろう……それより、本題に戻ろう。何が真の目的で、この村に来たのだ?」


 結局、この話に戻った。

 ウソを見抜ける如月も居ることだし、ここは正直に、一番の目的を告げよう。


「松丸藩の重鎮の一人から、この村の現状確認と、そして支援を依頼されました。それが一番の目的です」


 俺のこの言葉に、南雲さんは目を見開き、そして如月に確認した。

 彼女は、再び小さく頷いた。


「……ということは、本当にこの村を救うために、遙々はるばる危険な山道を越えてこの村まで来たということなのか?」


「はい、その通りです。」


「……それが本当なら、おまえは相当なお人好しか、それとも極めて愚かな物好き、ということになるのだが……」


 南雲さんはそう言いながら、如月の方を見た。

 彼女も、俺の目を見て、少し呆れたように笑いながら


「……どうやら、拓也さんはそういうお方の様です」


 と話した。


「……なるほど、仙人か……我々では理解しがたい存在なのかもしれぬな……」


 南雲さんは、苦笑いを浮かべながら、半ば投げやりにそう言った。


「……ならば、そういう前提で、拓也殿と二人だけで話がしたい。如月、八雲……二人は少しの間、外で待っていてくれぬか?」


 予想外の申し出に、俺も、如月も困惑した。

 まあ、いきなり切りつけられたりはしないだろう……。 

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