第298話 仙人の証

 屋敷にたどり着いた俺は、如月、皐月の二人と、警備の二人の男達に案内されて、客間で長老と対面した。

 歳は、七十歳ぐらいだろうか。

 この時代としてはかなり高齢で、足が悪いということで、座椅子を使用していた。


 しかし目は良いようで、卓に対面に座る俺の目を見て、


「澄んだ瞳をお持ちの、心の清らかなお方ですな。しかも自信と活気に満ちあふれ、力強い。これほどのお方が、わざわざ奥宇奈谷までお越しいただくとは、誠にご苦労なことです」


 と、感謝の言葉を述べてくれた。


「そうでしょう、お爺さん。私も一目見てそう思ったのですよ!」


 如月が嬉しそうにそう話す。


「私が最初に見かけたんだから!」


 一番年下の皐月がそう張り合ったものだから、警備として一緒に来た二人のおじさん達も苦笑していた。


「皐月はともかく、長老と如月がそう言うのであれば安心だ……ところで、この村に、一体どうやって来られたのですか? まだあの崖崩れは解消されていないようですが……」


 おじさんのうちの一人がそう言ったところで、長老が、


「まあ、まずはお互いに名前ぐらい名乗ろうではないか」


 と提案して、そういえばそうだった、と、皆少し笑った。


 長老の名は、往時定宗おうじさだむねという、かなり由緒正しそうな、名字付きのものだった。

 それに対し、孫娘である如月、皐月は、名字を名乗ることが許されていないのだという。


 警備の二人も、人の良さそうな小柄なおじさんが由吉ゆきち、少しがっちりした体格のおじさんが与作よさくという名前のみ。二人とも、少し離れた親戚なのだという。


「まあ、この村は、みんな遠い親戚のようなものじゃがのう」


 長老の定宗さんは、そう声を上げて笑った。


 さらに、俺が自分の歳を告げると、皆それにつられたのか、歳を教えてくれた。

 長老は、数え年で七十二歳。由吉さん、与作さんは二十八歳ということで、思っていたより若かった。


 そして如月が数えで十七歳、皐月が十四歳。

 それぞれ、二月、五月生まれということだから、満年齢なら十六歳と十三歳ということになる。


「それで、さっきの質問なのですが……」


 由吉さんがそう尋ねてきた。


「ああ、そうでしたね。残念ながらおっしゃるとおり、まだ崖崩れは解消されていません。なので、山をぐるりと迂回して登ってくることは諦めて、この近くにあった崖を登ってきたのです」


「崖を? いや、しかし、あの近くの崖は、とても人が登れるようなものではないはずです。現に、何百年にも渡って、試みる者はいたものの、誰一人として実際に登り切ったものはいないのです」


「では、俺が最初の一人というわけですね」


 由吉さんにそう返事をしたものの、それで納得してもらえる訳もない。


「もちろん、俺だって素手で登ったわけじゃありません。そこは便利なカラクリを使いました」


「ほう、カラクリ……それは一体、どのようなものなのですじゃ?」


 長老が興味深そうに尋ねてきた。


 ここで、俺はどう答えるか迷った。

 登るのにロープ、つまり丈夫なひもを使った、といえば分かってもらえるだろう。


 問題はその手法で、最初にロープをかけるためには、その先端を崖の上部まで運ぶ必要があるため、ドローンを使った。

 しかし、それを説明だけで分かってもらえるとは思えない。


 実際に実演してみせるのが一番だが、彼らに現代の技術を見せて、大きな騒ぎになったり、必要以上に警戒されたりしないだろうか。


 とはいえ、よくよく考えてみると、この村は、まだ圧倒的に物資の貯蓄が足りないはずなのだ。とすれば、今後は俺がある程度、定期的に現代との間を往復して、物資の輸送を行わなければならないだろう。


 そうするならば、毎回崖を登るなんて非効率なことはせずに、必然的に時空間移動装置、ラプターをこの集落で直接使用することになる。

 まだドローンは、『竹とんぼのカラクリを応用したもの』という説明でごまかせるかもしれないが、ラプターはそうはいかない。


 俺は、ラプターの使用場面を、家族やごく身近な人間の他は、緊急時以外には誰にも見せていない。

 見られたところでまねできるものではないのだが、やはり自分がそういう『特別な』能力を持っていることは明かさない方がいい、と考えていた。


 しかし、それも時と場合による。

 この村は、閉鎖された地域だ。

 ここでなら、多少秘密を話してしまっても、外部に漏れないか、漏れたとしても『大げさなホラ話』、ぐらいにしかならないのではないか……。


 そう考えた俺は、意を決して、こう切り出した。


「……実は俺は、松丸藩の役人に依頼されてここまで来た、というのは本当ですが、松丸藩の人間ではありません」


「ほう……よその藩から来たということですかのう?」


「はい、阿東藩から……いえ、実際は、出身はそこですらなく、もっと別の場所……一般的に、『仙界』と呼ばれる場所からやってきたのです」


 この言葉に、全員、きょとんとした表情を浮かべていた。

 こいつは、いきなり訳の分からないことを話し始めて大丈夫なのだろうか、と思ったに違いない。


「それで、もしあなた方が秘密を必ず守れるというのであれば、今から仙界の技を使って、さらに荷物……そうですね、もっと塩を運んでこようと思うのですが……よろしいですか?」


 俺の言葉に、全員、顔を見合わせる。


「あの……それって、危ない事じゃあないんですよね?」


 如月が、ちょっと心配そうに尋ねてきた。


「ああ、もちろん。ちょっとびっくりはするかもしれないけど」


「でしたら……見せてもらえませんか? その仙界の技、を……」


 彼女だけは、俺の言葉を信じ、戸惑いながらも期待を込めているような目だった。

 俺は頷くと、ラプターで現在位置を登録し、そして風切り音と共に現代へと帰ってきた。 そして、旅の邪魔になると思って、買っていたけど持ち運んでいなかった塩約十キロの入った布袋を左手に持ち、さらにラプターを操作した。


「「「「「ひいっ!」」」」」


 俺が先ほどの屋敷の、先ほどの部屋に出現すると、一斉に複数の悲鳴にも似た驚きの声があがった。

 怯えた目で俺を見ている大人達と少女達の目の前に、布袋から、塩の入った透明なビニールの小袋を取り出して、畳の上に並べて置いた。


 五人は、さらに驚愕のまなざしで、俺のことを見つめた。

 このときから、俺は、このメンバーの前では、密かに『仙人様』と呼ばれるようになったのだった。  

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