第293話 (番外編) アイドルデビュー!
※今回は、時間を少し遡って、海賊団への対応を始める少し前のお話となります。
今後、少しだけ本編に絡んでくるかも、です。
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俺には、二つ年下の妹がいる。
名はアキという。
以前、腕時計型時空間移動装置『ラプター』の事故により、江戸時代に単身飛ばされてしまったことがある。
あのときは大変だった。
優と一緒に阿東藩から東海道を北上して江戸にたどり着き、忍である三郎さんやお蜜さんとともに大騒動を巻き起こして、ようやく助け出した経緯があった。
その後もSNSでちょとした騒ぎを巻き起こしたりと、トラブルメーカーであり続けていた。
そんな彼女だが、常々
「アイドルデビューしたい!」
という夢を語っており、兄である俺としては、それなりに応援しながらも、そんなに簡単になれるものではない、と、どこか冷めた目で見てしまっていたような気がする。
すぐに諦めるだろう、と考えていた。
ところが、彼女は意外と頑張った。
何度もオーディションに落ち続けたが、それでもめげなかった。
二、三回、最終選考まで残るようになり、俺としても、ひょっとしたらいけるかも、と、一緒になって本気で応援するようになっていた。
そんな中、俺はある新しいアイドルユニット募集の情報を知った。
『磁力ガールズ』というそのグループは、業界へ全くの新規参入であり、当初、それほど注目されていなかった。
しかし、同じようにアイドルになりたいという少女達は日本中にたくさんいるようで、第一期生募集には数百人が応募し、その中からすでに7人が選出されていた。
とはいえ、まだ正式デビューは発表されておらず、某巨大掲示板には、アイドル候補を集めるだけ集めて、そのまま終了してしまうのでは、と危ぶむ声すら上がっていた。
そんな状況でも、アキは嬉々として、その第二期生オーディションに応募した。
少しでもアイドルになれるチャンスがあるならば、それにかけてみようという思いが強かったのだ。
もう高校三年生になっていた彼女は、世間では若いといわれても、アイドルを目指すには決して若くはなく、少しでも可能性があるならば、毎回、それに全力を傾けるようになっていた。
俺も、彼女の本気に心を動かされ、できるかぎり応援した……逆に言えば応援しかできなかったけど、それでもアキは感謝してくれた。
そして第二期に応募された千人近い候補の中から、見事に一次選考を突破した。
俺がこの募集を教えてあげたのがけっこう締め切り間際だったのでヒヤヒヤしたが、なんとか審査員の目にとまったようで、補欠のような扱いでのギリギリ選出だった。
残るは最終選考のみ。
しかし、この時点でまだ40人近い候補が残っていた。
そのメンバーは全員ネットで顔写真やプロフィールが公開されていたが、みんな個性的で、魅力的に思えた。
アキのアピールポイントは、日本の神話に詳しいことと、巫女のアルバイトの経験があること。
これは、江戸時代に飛ばされた時の経験から、その後も興味を持って勉強していたことが生かされていたのだが……それって、アピールになるのか?
まあ、そんな疑問はあったが、そのプロダクションに載せられた、巫女の衣装を纏ったアキの画像は、兄の俺の目から見ても輝いているように見えた……兄の俺が見たから、かもしれないが。
そんな時期に、第一期生の正式デビューが発表された。
アイドルユニットとして、全国に売り出すことが決定したのだ。
しかも、いくつかのテレビ番組に出演することまで発表され、ネットは一時、騒然となった。
「うおおおぉ、本当にデビューするんだっ!」
「これは二期に応募したメンバー、ラッキーだぞっ!」
そんな言葉が並んだ。
この世界で成功するには、日々の努力の他に、運も必要……それを、多くの挫折を経て知っていたアキは、
「今度こそいけるかもしれない……ううん、絶対大丈夫っ!」
自分にそう言い聞かせていた。
……しかし、事実はそう甘くはない。
第二期生の合格発表は、11月下旬、ホームページ上で発表される、とだけ公表されており、すでにその時期になっていた。
実際には、本人の意思の最終確認があるため、事前に内定の連絡が来る……それが一般的な認識だった。
事実、他のオーディションでは、その内定を漏らしてしまって問題になることがあったのだ。
そしてアキの場合、内定通知は来ていなかった。
「もうダメ……」
彼女は元気をなくし、俺も、
「まあ、今回ダメだったとしても、また次があるさ……アキならいつかデビューできるって」
と、励ますことしかできなかった。
そしてついに、そのプロダクションのホームページに、
「第二期生 合格者7人発表!」
と表示されてしまった。
アキは、
「一人では見られないから、お兄ちゃん、一緒に見て」
と、涙目で言ってきた。
もちろん、俺はその願いを受け入れた。
久しぶりにアキの部屋に入って、一緒にそのホームページを開いた。
合格者の名前と写真が表示されていた。
まず、一人目は、凄く元気そうな、まだ十三歳の女の子だった。
「あ、〇〇ちゃんだ……やっぱり選ばれたんだ。まだ若いし、かわいいし……絶対選ばれるって思ってたんだよね……」
アキから「若い」と言われる少女。
アイドルの世界って、そういうもんなんだなと、ちょっと驚いてしまう。
二人目、三人目と、かわいい女の子達の写真が続く。
みんな、アキより年下だった。
そして、何度も一次選考の写真を見ていた俺も、見ただけでその子のプロフィールが分かるぐらいになっていた。
そして6人目の写真が発表される。
十二歳の少女が選ばれていたことに、驚愕した。
「あ、彼女も選ばれたんだ……いいなあ……」
アキは、すっかり羨望のまなざしだった。
また一から、オーディションに応募して、順番に選考に残ることを目指していって……とにかく頑張るしかない、と、俺もそう思ったし、そしてアキの心が折れないように、なんとか励まそうと考えていた。
そして最終、7人目の合格者。
画面をスクロールして、その写真を見た俺とアキは、同時に
「「えっ……」」
と、小さく声を出して固まった。
巫女の衣装を着て、明るく元気に微笑む少女。
今まで、何回も、何回も目にしたその写真。
それは、紛れもなく妹のアキだった――。
「えっ、うそ……これって、どういうこと?」
彼女が、困惑のまなざしで、俺を見つめてきた。
「ここに載ってるってことは、最終選考、受かった?」
「えっ、でも……何も連絡、来てないよ……」
とそのとき、彼女のスマホが短く鳴った。
急いでそれを確認するアキ。
「……『磁界ガールズ』運営からのメールだ……合格しました、だって!」
目を大きく見開き、俺にそう言ってくる彼女。
俺も慌ててその画面を覗き見る。
「……本当だっ! すごい、ついにやったな、アキッ!」
俺も興奮しながら、彼女にそう声をかけた。
――そして俺は、いきなり抱きつかれた。
「……ありがと……良かった……もうダメだと思ってた……やっと受かった……やっと受かったよ……」
彼女は、俺に抱きついたまま、泣きじゃくっていた。
最初は困惑した俺だったが、そっと肩を抱き、そして頭をなでてあげた。
「……よく頑張ったな……いや、けど、これからが本番だ。これからが大変になるし、やっとスタートラインに立てるってことが決まっただけなんだ。これから、もっともっと頑張らなくちゃいけないぞ」
「うん……がんばる……ありがとう……」
そのままアキは、しばらく俺にしがみついて泣いていた。
そしてなぜか、俺も涙を流していた――。
あれから、五ヶ月近く経った。
二期生の近日中の正式デビューも決まり、彼女も毎日、ダンスや歌のレッスンなど、精力的にこなしている。
将来は女優の道に進みたいという夢も持っており、特に、得意分野である時代劇なんかに挑戦してみたい、と言っていた。
そして、いつか、俺と優の出会いのような、江戸時代の恋愛ドラマが製作されれば、それに出てみたい、とも言ってくれている。
まだ正式デビューさえしていないアイドルの卵だが、今後も全力で応援していきたいと思っている。
頑張れ、アキ!
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