第254話 殺されかけた少女

 目の上に傷がある若い男と、ひょろっとした背の高い若い男の二人は、おそらく豹変したであろう俺の様子を見て少々慌てたようだが、何も武器を持っていない事を確認すると、


「動くなって言っているだろう!」


 と、さらに薰を締め上げ、かつ、首元ギリギリに小刀を突きつける。


 俺は彼等を刺激しないように、ゆっくりと腰に手を伸ばす。

 そして専用ホルスターから取り出したのは、やや太めの縦笛、といった感じの棒きれだった。


 黒色の金属でできたそれは、軽く振るだけで、カカカッという小気味いい音と共に、太刀ほどもの長さに伸びる。

 それだけでは終わらない。

 スイッチをスライドさせると、先端部分がバチバチバチッと、激しく音を立てて、強烈にスパークを始めた。

 周囲からどよめきが起き、薰と、その彼女を拘束している二人も驚きで目を見張る。


「……もう一度言う。死にたくなければ、その娘を放せ。この仙界の火花は、貴様達を一瞬で焼き殺す」


 もちろんハッタリなのだが、こんな道具を見たことも無い彼等にとっては脅威に映るはずだ。


「……ふっ、恐ろしげな道具に見せかけているが、すぐ使わないということは、見かけだけのハッタリか、もしくは、こいつを巻き込んでしまうかもしれない、火薬を使った何かなのだろう。そんな脅しが通用すると思うか?」


 ……あっさりバレてしまった。

 こいつら、やはりタダの漁民ではない……。

 しかし、俺の戦力はこれだけではないのだ。


「ならば仕方無いな……」


 俺はそう言って、三段ロット型スタンガンの出力を最大に上げた。

 パチパチパチチッ! と、さらに派手に火花がスパークする。

 二人の男は、食い入るようにそれを凝視し、最大限に警戒した。

 そして、そこに隙が生まれた。


「うぎゃっ!」


 背の高い男が、短くそう悲鳴を上げて、小刀を取り落とした!

 彼等の視界から外れていた『くの一』のお蜜さんが、棒手裏剣を男の手に放ったのだ。

 それは完璧な精度で小刀を持つ右腕を貫き、武器を取り落とさせた。


「な……何やってやがる!」


 目の上に傷がある事は、薰を羽交い締めにしたまま、相方を非難しようとした。

 しかし、その隙を『忍』の三郎さんが見逃すはずがない。

 瞬時に間合いを詰め、羽交い締めをしている、つまり横から見ればがら空きの胴体に向けて、強烈な正拳突きを放った。


「うぐうぅ……」


 その男は、情けない声を出してその場に崩れ落ちた。

 そして三郎さんはその男を取り押さえ、そしてお蜜さんも、右腕を負傷した男の腕を捻り上げ、その場に押さえつけていた。

 二人とも、強い!


 さらに、それに触発されたのか、剣術道場の生徒達も、それぞれ真剣や木刀を構えて、残りの遭難者たちが抵抗しないように威嚇した。


 俺はようやく安堵のため息をつこうとしたのだが……解放された薰が、ふらり、と上体を揺らしたのを見て、三段ロットを投げ捨てて走り込み、その小柄な体が崩れ落ちる前に抱き締めた。

 すると、彼女の方からも手を俺の体に回して、すがりついてきた。


 その体は、小刻みに震えていた。

 無理もない……男っぽく育てられたとはいえ、その中身はまだ十代半ばの少女なのだ。

 その彼女が、たった今、殺されかけた。

 精神的なダメージは相当なはずだった。


「……もう大丈夫だ。安心しろ。大丈夫だから……」


 なるべく優しく声をかけたつもりだった。

 すると彼女は、意外にも


「ごめんなさい……」


 と謝った。


「薰……謝ることなんか何もないぞ」


「……お梅さんやお蜜さんの言ってた通りだ……いざというとき、とても頼りになる人だって……普段はそうは見えないけどって……でも、俺は信じ切れてなかった……」


 抱きついたまま、涙声でそう言ってきた。

 そして、その「信じ切れていなかった」事に対して謝っていたのだ。


「ははっ、それは俺を褒めすぎだよ。あの二人……三郎さんとお蜜さんが頼りになりすぎるだけだ。実際、俺はなんにもしていないだろう? ちょっと珍しい道具を使って、ハッタリをかけただけだ。それに、薰に怖い思いをさせてしまった。謝らなきゃならないのは、俺の方だ」


 そんな俺の言葉にも、彼女は黙って、俺にしがみついたままだった。

 三郎さんが、取り押さえた男の服をずらし、肩口をあらわにした。

 するとそこには、とぐろを巻いた蛇の入れ墨が入っていた。


「……やはり、か……その男達、海賊『蛇竜』の者達だ。沖で船が壊れて流されて来たのは本当だろうが……どうせ海賊行為でもしていて、無理な操船で壊してしまったのだろう。自業自得だ。それにしてもその娘に、よくも酷いことをしてくれたな……」


 登さんの目が血走っている。


「……まあ、登さん、あんたが怒るのも無理はないが、ここは堪えてくれ。こいつらには聞きたいことが山ほどあるんだ。今殺して楽にしてしまっては元も子もない」


 三郎さんの、脅しを含んだ一言に、二人の男は真っ青になって震え上がった。

 そして、漂流者達は、無線を聞きつけてやって来た応援の剣術道場生達によって縛り上げられ、連れて行かれた。

 この頃には、薰もようやく落ち着き、俺に抱きついていたことを海女ちゃん達に冷やかされ、赤くなって下を向いていた。


「……いやいや、拓也殿。お見事でした。一時はどうなることかと思いましたが……孫娘を助けていただき、誠にありがとうございます」


 徹さんはそういって、登さん共々、深々と頭を下げた。

 それを見た薰が、あわてて同じように頭を下げる。


「いやいや、さっきも言った通り、俺は何もしていません。三郎さんとお蜜さんが凄かっただけで……」


「いや、俺達は拓也さんの護衛を仕事としているから、その客人を守るのも当然の義務だ。そういう意味では、危ない目に遭わせて申し訳なかった」


「とんでもない。ワシらが、きちんと説明できていなかったのが悪かった。最初っから注意しておけば良かったんじゃ……あいつらは、海賊の可能性があった、とな」


「……でも、それを言えるっていうことは、貴方達は……」


 と、ここまで言ったところで、周囲にまだ門下生の残りや、海女ちゃん達がいることを考慮して、


「……ここで話をするのもあれなので、場所を変えますか」


「……そうですな……いろいろとお気づきのようですから、そこでお話しましょう」


 そこまで言うと、徹さんは俺に近づいてきて、そっと耳打ちをした。


「我々の全てと、そして、その娘……薰の正体を……」

 

**********


 一波乱あった後の、俺達のこの様子は、海岸近くの松原の中、完璧に気配を絶った一人の男によって、全て見られていた。

 距離が遠すぎた事もあるが、三郎さんでさえも気付くことができなかったこの男、相当のくせ者だった。


 彼も難破した船に乗っていたが、鍛え上げられたその肉体、消耗は比較的少なく、万一仲間が捕らえられたときの、さらに上層部への情報伝達役として、剣術道場門下生達が発見する前に、別行動を取っていたのだ。


 そしてこの男に、薰の顔を見られていたことが、後にさらに大きな騒動を巻き起こす引き金になってしまったのだった――。

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