第253話 新たな漂流者
薰やその父親の登さん、祖父の徹さんを阿東藩の各施設に案内した翌日の昼前。
またも、巡回中の剣術道場生から、
「新たな漂流者を見つけた」
と無線の連絡が入った。
場所は、薰達が流れ着いたのと同じ手倉海岸。
今度は、五名の男達だという。
薰の事があるので、本当に男なのか確認すると、間違いなくそうで、二十歳から四十歳ぐらいだという。
また、船の傷み具合は前回の比ではなく、大きく真っ二つに折れ、さらに複数の破片にばらけてしまっているらしい。
そんな状態で、船員達は生きているのか聞いてみたが、大きな怪我人はいないという。
また、やはり彼等も、松丸藩の漁師だと言っているとのことだった。
公にはしていないが、薰達は、遭難者と(おそらく)見せかけて、この阿東藩の様子を調べに来た者達だと、ほぼ断定している。
だからといって、今のところ何か犯罪めいた事をしたわけでもないし、悪用されそうな情報を要求されたこともない。本当に、町の様子や、産業、商業の様子を知りたがっただけだ。
まあ、俺が自分の嫁を紹介したりと、多少個人情報を多く知らせてしまったが、それらも少し調べれば分かることだった。
今回も同じような目的で来た可能性があるのではないか。
それも、もっとクリティカルな何かを。
そう判断した俺は、今回も三郎さんと一緒に現地に向かうことにした。
なお、登さん、徹さん、道場に来ていた薰にもその事を話したが、
「本当に松丸藩の漁師達ならば、会いたい」
ということで、『くの一』のお蜜さんも加え、皆でぞろぞろとついていくことになった。
ちなみに、薰は昨日と同じ、浴衣に羽織り、という格好だ。
約一時間後、手倉海岸に着くと、前回の薰達以上に疲弊した様子の男達が、ぐったりと横たわっていた。
彼等は、水は飲んでいるが、握り飯はまだ用意出来ておらず、空腹も疲労を増幅させているような印象を受けた。
前回と同じ若い役人が来ているが、やはり事情聴取はあまり進んでいない感じで、俺の姿を見かけると、笑顔で
「すみませんが、今回もお願いします」
と話しかけてきた……うん、まあ、いいんだけど、もうちょっとしっかりして欲しい。
そして俺がいろいろ聞こうとしたのだが、その前に海女さんたちが握り飯を作って持ってきた。
五人の男達は、女性達から握り飯を受け取ると、無言で勢いよく頬張り始めた……よっぽど腹を空かせていたのだろう。
なんか、今回の方が本当に切羽詰まった漂流者っていう感じだな……。
全部食べ終わったところで、俺は話を聞いてみた。
まず、俺が自分の名前を言うと、一番年上っぽい四十歳ぐらいのオジサンが、
「……そういえば、聞いた事があるな……」
ぐらいの反応。
うーん、薰達とはかなりリアクションに差がある。
まあ、この人達はリアルに遭難者っぽいから、別に情報収集が目的じゃないかもしれないし、他藩の人のことなんかどうでも良いのかもしれない。
それで、今後の事についてどうするか聞いてみたところ、まったく思いつかないという。
前回の薰達の場合は、まだ船を修理すれば何とかなる、という『建前』があった。
しかし今回の場合、彼等の船は修理不能だ。
やっぱり、彼等の分も仕事を紹介、してあげないといけないのかな……。
そして、松丸藩から来たという彼等に、数日前、同じように流れ着いた松丸藩の漁師である薰達と会わせた。
すると、四十歳ぐらいのオジサンは、
「……うーん、見たことないな……松丸藩の漁師ったって、村はいくつもあるし、漁師全員知っている訳じゃない」
と言われた。
薰達も、見たことがないと言っている。
「では、あんたらは、どこの漁村から来たんじゃ?」
徹さんがそう聞くと、男は急に顔を歪ませた。
「……わ、若松だ」
「若松? では、その村の長の名前は誰じゃ?」
「……た、太郎だ!」
「たろう?」
徹さんは、不審者を見る目つきに変わった。
「……三郎さん、そやつの右肩を見てくれんかの?」
徹さんにそう言われた三郎は、軽く頷き、四十ぐらいのその男に近づいた。
それを見て、男は、少し離れたところで座っていた二十ぐらいの、目の上に傷がある、若い仲間の漁師に目配せをした。
するとその男は、ゆっくりと立ち上がり、次の瞬間、薰に勢いよく迫り、彼女を羽交い締めにした!
周囲から一斉に悲鳴が上がる。
さらにもう一人の、ひょろっとした背の高い若い男も即座に立ち上がって薰に迫り、持っていた小刀を、彼女の首に添えた!
「動くな! 妙な真似をしたらこいつの命はねえぞっ!」
ぞくん、と鳥肌が立つ。
こいつら、怪しいとは思っていたが、いきなりこれほど過激な手段を取ってくるとは思わなかった。
若い役人はまったく身動きできず、海女ちゃん達も恐怖で固まっている。
当の薰は、苦しそうに悶えているが、体格に勝る若い男にがっちりと羽交い締めされ、自力での脱出は到底無理な状態だ。
三郎さんも、チッ、と舌打ちした。
完全に意表を突かれた。
「……その娘を、薰を放せ……」
沸き上がる怒りを、俺は言霊に乗せた。
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