第250話 海女ちゃん体験
その後、俺と薰は、海女さんが乗る小さな船に同乗させて貰い、その漁の様子を見学させてもらった。
そして一潜りする度、ウニやら、エビやら、アワビやらが獲れていく。
「なっ……すごい、なんでそんなに簡単に獲れるんだ? ここの海、そんなに獲物がいっぱいいるのか?」
素直に驚く薰。
「まあ、確かにこの海には魚介類が豊富に生息しているけど、それだけじゃあないんだ……ほら、あの娘達を見てみなよ」
俺が指差す方向では、結構大きな魚が銛で突かれて、次々と水揚げされている。
「まさか、そんな……いくらなんでも、あんなに魚が突けるわけがない……」
彼女の表情は、驚きを通り越して、青ざめている。
無理もない、普通の銛で魚を突くのと、ゴム付きで勢いをつけて突くのでは、差があって当然だ。
俺は、薰がまた自信を失うことを懸念した。
「さっき、姉御……あの女の人が言っていただろう? 仙界の道具だって。今、みんなが顔に付けている『磯眼鏡』を使えば、まるで陸の上みたいにはっきり海中の様子を見ることができる。足ひれを使えば、ずっと早く潜ったり、進んだりすることができる。そして、あの銛は、上手い人が使いこなすことができれば、百発百中に近い確率で獲物を突くことができる……もちろん、狙う魚の種類や、魚影の濃さも影響するけどな」
俺は、励ますようにそう言った。
「そ、そうなのか? ……そうだな、成果に雲泥の差が出るって言ってたもんな……やっぱりすごいんだな、仙界の道具って……」
自分に言い聞かせるようにそう呟く薰。
満年齢で15歳か16歳の、憂いと、決意に満ちた少女の真剣な表情は、とても美しく、応援したくなるような、守ってあげたくなるような、そんな可愛らしさも含んでいた。
それは、海女ちゃんたちの裸を見たとき以上に、俺の鼓動を高めるものだった――。
薰は、俺達を乗せてきてくれた二十歳ぐらいの海女さんから、磯眼鏡を借り受けた。
そして彼女は、羽織と浴衣を脱いで、サラシと、ふんどし(男がつける物とは異なり、現代のパンツに近い女性用の物)だけになった。
足ひれも付けようとしたが、コツが必要なので、最初はなしで素潜りに挑戦だ。
磯眼鏡を付けて、海の中に入る。
約一分後。彼女はトコブシを二個、取ってきた。
「わっ、さすが! やっぱり慣れてるわね!」
海女さんから歓声が上がる。
だが、それより驚きで声を上げたのは薰だった。
「これ、すごい! 海の中が手に取るように見える!」
「そうでしょう? 私も最初付けたとき、驚いたの。でも、それでも最初は潜るだけでも難しいんだけどね、やっぱり経験者は違うね!」
褒められた薰は再び潜り、今度は大きなアワビを取ってきた。
海女さんは再度驚き、褒める。
「この分なら、こっちも大丈夫なんじゃないかな……」
そう言って、海女さんはゴム付きの手銛を薰に渡した。
使い方を説明する海女さん。
それを聞いて、実際にやってみて、シンプルながら使いやすい作りと、その銛の飛び出る勢いに、驚嘆と、そして面白さを感じているようだった。
そして薰は手銛を持って、再び海中へと消えて行く。
また約一分後、今度は大きな伊勢エビを持って上がってきた。
「すごーい! 足ひれ無しでこれだけ取ってくるなんて……即戦力、いえ、私以上だわ!」
海女さんは、心から薰の事を褒め称えているようだった。
すっかり自信を付けた彼女、まだまだやりたそうだったが、
「これ以上取られると、私の取り分が減っちゃうから!」
と、海女さんに笑って言われて、はっとした様に、お礼を言って道具を返した。
そして海女さんはまた何度も、海中と船の間を往復し始めた。
「……仙界の道具、か……今日一日で、本当に驚かされっぱなしだ……拓也さん、やっぱりあんた、凄いんだな……」
畏敬を含んだ表情で、薰は俺の事を見つめる。
「いや、仙界じゃあ、今使ったのはそんな大した道具じゃないんだけどな。大分昔からあったものだし……けど、使い続けられているのは、それが完成された形状だから、かな。どちらにせよ、俺が凄いわけじゃない。発明したわけでも、改良したわけでもない。ただ運んだだけだし、その運べるようになったことも、単に運が良かっただけだ」
「……そうかもしれないけど……俺には、運がいいだけで、これだけの人……特に女性に慕われているとは思えない。ただ、短い間だったけど、少しずつその理由が分かったような気がする」
「理由? そんなのがあるなら、俺が知りたい。そもそも、そんなに慕われているようには思えないけどな。単に俺に威厳がないから、話しやすいだけなんじゃないか?」
そう、俺は、自分が慕われているとは思っていない。気さくに話しかけられるからと言って、それは慕われているとは別の話だと、俺は思っている。
「まあ、そりゃあ話しやすいっていうのはもちろんあるけど、やっぱりみんな、世話になっているっていうのもあると思う。でも、それだけじゃあない。もっと、根っこの部分で、拓也さんの事を心酔しているような気がするんだ。実際、俺も拓也さんに、すごい恩義を感じ始めている」
真剣な表情で、俺の目をじっと見つめながら、彼女はそう言った。
身につけているのは、胸にわずかな量のサラシと、下半身は、現代でいうところのパンツのみ。
この時代で、しかもほとんど全裸の海女ちゃん達の姿を見ているので、彼女は何とも思っていないのかもしれないが、俺からすればかなり刺激的な格好だ。
しかし、薰は真面目に話をしている。俺も真摯に応えないといけない。
それにしても……濡れた黒髪に、力強い瞳の美少女、ボーイッシュな雰囲気もあって、今までに無い魅力を感じてしまう……いや、今はそんな事を考える時ではない。真面目に相談に乗ろう。
「恩義だなんて……俺はただ、仕事を紹介しようとしてただけだよ。この海女の仕事だって、魚や貝、海老を買い取って、前田美海店で提供するんだから、結局俺の利益になるんだ」
「……そうかもしれないけど、拓也さんほどのお人だ、俺一人の仕事を紹介するのには、割に合わないはずだよな? 何で……俺なんかの為に、ここまでしてくれるんだ?」
「なぜって……うん、まあ……そうだな、放っておけないから、かな……」
……つい、本音が出てしまった。
「……やっぱり、お梅さんが言ってた通りの人なんだな……うん、これで、少しは分かった。やっぱり拓也さんは、信用に足りる、立派な人だ……でも、もっともっと知りたい……」
「知りたい? 俺の事を? どうして……」
「……それは、今は言えないんだ。それに、本当は、船が難破して、流れ着いたっていうのも……これだけ世話になっているから、全部話してしまいたいんだけど……ごめんなさい……」
俺と薰が真剣に話し込んでいるのを察してか、海女さんは時折上がっては来るが、すぐにまた、海へと潜っていった。
「……拓也さん、近いうちに、俺は全部話す。だから、あと一つだけ、お願いを聞いて欲しい」
薰が、必死の表情でそう語りかけてくる。
その様子に、俺は一体、どんなとんでもない事を言われるのかと思った。
しかし、それはあまりに拍子抜けするような内容だった。
「何人もいるっていう、拓也さんのお嫁さん達に、会いたい……」
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