第248話 見つめ合う二人
「あはははっ、あー、おかしいっ! そうね、確かに、知らない女の子からすれば、そんな風に不思議に思ってもしょうがないわね……ううん、そう言われたら私達にとっても不思議。拓也さんの、どこがそんなに良いんでしょうね……」
お梅さんは笑いを堪える気すらないようだ。
「そうね……そう言えば不思議……なぜでしょうね。普段は威厳の欠片もないのに」
普段クールなお蜜さんだが、めずらしく笑いながら、しかし俺に厳しい言葉をかけてくる。
「もう、それがいいんじゃないですか。威厳なんて要らないです。威張り散らす拓也さんなんか想像したくないです」
「そうそう、今まで通り、優しくも厳しく私達を導いてくださる、気さくに話しができる拓也さんが良いんですよ!」
従業員の女性達も、笑顔で俺の事をそう持ち上げて? くれた。
俺は顔が熱くなっているのを感じていた。
「……まあ、それが拓也さんの良い所っていうのは、俺も賛同する。けど、こう見えて拓也殿は、やるときはやる男だ。それも桁違いに。阿東藩主と対等に話ができる人間が、他にどれだけ居るのか。さらに言えば、将軍吉宗様にまで面識がある。その気になれば、この天下をある程度動かせるほどのお方だ……とてもそうは思えないだろうがな」
うん、三郎さんも笑いながら言っているが、最後の一言で説得力ゼロだ。
「……薰、今は拓也さんの良さ、分からなくて当然。この方は、共に過ごす時間が長ければ長いほど、良さが分かってくるわ。いわば、『スルメ』みたいなもの。噛めば噛むほど味が出てくるでしょう?」
「お梅さん、酷いなあ……俺はスルメ?」
「例えですよ。これでも褒めているんですから……でも、中には、たった一晩で拓也さんの事を、どうしようもないぐらい好きになってしまった娘もいるらしいから……薰も気合いを入れないと駄目よ。拓也さんを落とすのは、容易なことじゃあないからね。あ、これも褒め言葉ですからね」
「……いや、全然そんなふうに聞こえないけど」
俺が不満そうにそう言うと、また笑いが起こった。
徹さんも、登さんも、笑っている。
当の薰だけが、困惑した表情だった。
「……やっぱり、分からないな……拓也さんっていう人が……」
彼女が、ぼそりと呟いた。
「ふぉっふぉ。相手を見抜けないということは、それだけ惑わされているという事じゃ。のらりくらりと、正体をごまかしているのかもしれんのう。しかし、それはそれで仕方がない。ワシらでも、よう分からない。よほど器の大きなお方、ということじゃろうのう」
徹さんは、そう言って豪快に笑った。
たぶん、ちがう。
俺が、特に女性に対して、なんにも隠していないのを、そう思わせていると勝手に誤解しているだけだ。
俺が困惑しているのを見て、薰は、少し戸惑った様子で俺の事を見ていた。
それは、なんというか……純粋な疑問の表情のように思えた。
この人は、何者なんだろう……。
この人は、信用できるのだろうか……。
みんな、本音ではこの人のことを、どう思っているのだろうか……。
そんな言葉が、聞こえてくるようだった。
俺の事を、なんとか見定めようとしている?
でも、一体何のため……。
その真意を確かめようと、俺も少しだけ真剣に、薰の事を見つめる。
日に焼けた、精悍な顔つき。
輪郭は体に対して小さく、それでいて大きな瞳。
男として見ても、女として見ても、整った顔立ち、相当な美形。
それに加えて、見る物を引き付ける『目力』を感じる。
それなのに、男としても、女としても、中途半端な自分に、おそらく自信を無くしているのだろう。不安や戸惑いも、その表情の中に宿している。
そんな彼女が、まるで俺に救いを求めるかのように、俺の事を見極めようと、じっと俺の瞳をのぞき込んでくる。
――ほんの数秒、俺と薰は、真剣に見つめ合った。
薰はおそらく、俺の事をもっと知ろうと、見極めようと。
そして俺は、どうすれば彼女の不安や戸惑いを解決できるのか、そもそも、一体何に怯えているのか。
真剣に見つめ合う視線に、周囲が押し黙った。
それに俺が気付き、再度顔が熱くなるのを感じて、咳払いをして視線を逸らせた。
その様子に、薰の方も赤くなって、下を向いた。
正直、もっと見つめ合いたいと、不覚にもそう考えた自分がいた。
それが周囲にも伝わったのだろう。
「あれ……これってひょっとして、拓也さん……本気になっちゃった?」
お梅さんが、からかうようにそう声を出して、また場が、笑いと、冷やかしのような声に包まれた。
「なっ……そ、そんなんじゃないよ。俺はともかく、薰が困るだろう。変な風に考えないでください!」
俺がそう弁明すると、
「あれ、口調がちょっと変わってますけど……まー、そういうことにしておきますか。みんな、変なふうに噂を立てたりしちゃ駄目ですからね!」
と、お梅さんは強引にその場を仕切って、また笑いを誘ったのだった。
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