第222話 (番外編最終話) 世代交代
享保三年、春。
俺の娘『舞』は、数え年で二歳、満年齢でちょうど一歳になっていた。
この日、阿東藩主に城へと招待されていた。
正式な公務という訳ではなく、親戚づきあい、という意味を含めてだ。
新しく正式に嫁になった涼は阿東藩主の娘なので、俺にとってはその藩主の郷多部元康公は、義理の父親、ということになる。
また、直接の関係はないのだが、同じく俺の嫁の一人である優も招かれている。
さらに、娘の舞までもが招かれていたのだ。
親バカと言われるかもしれないが、一歳の舞はむちゃくちゃかわいい。
現代においても、満一歳限定美少女コンテストが開催されたとすれば、おそらく全国優勝するぐらいの可愛らしさだ。
それぐらい、俺はこの子を溺愛しているのだが、それが涼を通じて藩主の耳に入ったらしく、
「いや、俺の息子である千代ヶ丸の方が凛々しいに違いない」
と対抗しているらしい。
そして、ならば親族としてお互いの息子、娘を披露しあおうではないか、と言う話になって……ようするに、親バカ二人の子供の自慢合戦、となったわけだ。
ちなみに、その千代ヶ丸は舞より少し早く生まれたが、同じく満一歳だ。
「丸」がつくのは幼名であって、元服を迎えるともっとかっこいい名前に変わるという話だ。
阿東城にやってきたが、俺も涼も顔だけでフリーパスだ。
優と舞は、俺たち二人が連れてきたと言うことで、こちらも特にあやしまれる事無く通された。
普通、平民が藩主の御前に通されることなどまずないのだが、俺はこれまでの実績が高く評価され、かつ、一応親族なので特別に優遇されている。まだ赤ん坊の舞も、今回ばかりは特別待遇だ。
城内の世話役に案内され、表御殿の御客座敷に通された。
絢爛豪華、というほどではないが、やはり藩主が客を招待する部屋だけあって、高級感あふれる一室だ。
そこでは、すでに藩主夫妻が待っており、侍女が千代ヶ丸をあやしているところだった。
まだ一歳の赤ん坊なのに、白を基調とした立派な着物を着せられている。
とはいえ、舞も赤を基調とした結構派手な着物を着せているので、親バカぶりは同じぐらいか。
俺も優も、まずは藩主への挨拶と、そして千代ヶ丸の可愛らしさを褒め称える言葉を並べる。
実際、確かに元康公が自慢するだけあって、まだ一歳だというのに目元に凛々しさが漂い始めている。
しかし、可愛らしさという点では、舞の方が上だ。
ぱっちりとしたつぶらな瞳で見つめられると、思わずでれっとしてしまう。
藩主夫妻も、舞のことを本当に可愛らしい、と褒めてくれた。
と、ここで舞と千代ヶ丸が初対面したわけだが……二人とも、同年代の赤ん坊に至近距離で会ったのは初めてだったようで、不思議そうに相手をまじまじと見つめていた。
やがて舞がニコッっと笑顔になると、千代ヶ丸も笑みを浮かべた。
「……ほほう、人見知りをする千代ヶ丸が警戒しないとは……赤子同士、気があったのかも知れぬな」
と元康公は笑顔になったが……俺としてはちょっと心配だ。同じぐらいの歳の男子とすぐ仲良くなるなんて。
……と、俺の不安を察したのか、優と涼が顔を見合わせて笑っていた。
「ふむ……これは冗談ではなく、この娘を千代ヶ丸の嫁にするのも悪くないかもしれない」
真剣な様子でそう語る元康公に、俺はビックリして、
「め……めっそうもない! 舞はまだ生まれたばかりですし、誰かの嫁になど、考えられるはずもありません!」
と、全力で否定したのだが……。
「ああ、拓也殿の考えは分かる。男親なら誰だって、最初は娘を嫁に出したいとは思わぬものだ。だが、実際には嫁になってこそ、女は幸せになれるものだ」
「……まあ、そうでしょうけど、父親としては、それを考えるのは少々辛いもので……」
と戸惑っていると、クスクスと涼が笑っているのが見えた。
「俺の娘を嫁にしておいて、よくそんな事が言えたものだな……」
元康公のその一言に、あっと声をあげてしまった。
その通り、俺は元康公の大事な娘を、しかも六番目の嫁としてしまったわけで……身分的には一番高いのだが、逆の立場になれば、例えば舞が、たくさん嫁がいる中の一人になってしまうと考えると、可哀想に思ってしまう。
「まあ、拓也殿は特別だからな。今や将軍様にも一目置かれている大仙人だ。今、涼がこうして幸せそうに笑っているのを見て、嫁に出したことは間違いではなかったと思っている。跡継ぎは、この千代ヶ丸がいるわけだしな……」
と、またしても目を細めた。
……えっと、それって法律上いいのかな?
元康公は俺の義理の父親であって、その息子に俺の娘が嫁ぐ……って、現代の法律を持ち出しても仕方がないか。
……はっ! いけない、俺も舞を嫁にすることを、早くも考え始めてしまっている!
「……まあ、さすがにまだ時期が早いか。さっきも言ったように、拓也殿は特別だしな……」
と、元康公は真剣な表情になった。
「まだ、その娘を仙界に連れて行くかどうかも決めていないのだろう?」
核心を突いた質問をしてきた。
「……はい。時空を越えた絆で生まれたこの子、どちらの世界で育った方が幸せなのか、今だに判断がつかないのです……」
舞は、一体どちらの世界で生きていくべきなのだろうか。
俺の娘なのだから、現代で育てる、という考えも成り立つ。
しかし、優の娘でもあるのだから、この江戸時代で、家族の愛情に包まれて育つのもまた、幸せなのではないだろうかと思ってしまう。
戸籍の問題などは、どうにでもなる。
しかし、現代での義務教育が始る六歳までには、決めてしまわなければならないだろう。
俺が難しい顔をして悩んでいるのを見て、元康公は豪快に笑った。
「拓也殿も、立派に父親の顔になったな。それでいい。それがいい。そうして、この子供達の行く末を案じるようになれば、余計に藩政にも力が入るというものだ」
その通りだ。
仮に舞が、この地で生きていくことを選んだとするならば、阿東藩はもっともっと豊かになっていてもらわないと困る。
「……そして、やがては藩全体が、この子供達に受け継がれることになる」
その言葉を聞いて、俺は目が覚めたような思いだった。
世代交代……その波は、間違いなくやってくるのだ。
笑顔でキャッキャとはしゃぎながら、手を繋ぐようにして遊んでいる舞と千代ヶ丸を見ながら、そんな感慨に耽った。
そしてこの夜も、阿東藩の行く末について、元康公と酒を酌み交わしたのだった。
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