第209話 番外編15-6 海女ちゃん達の健康診断 後編

 優と凜の説明により、若い海女さん達は、上半身裸で、下半身はブルマ姿となった。


 羽沢一輝はねざわかずきさんが、恐らくは個人の偏見で指定した(優と凜にアドバイスした)格好だが、素っ裸の女性達よりは検診しやすい。


 十代中頃~二十代前半の彼女たち。一番年上の通称『姉御あねご』でも、二十五歳ぐらいだ。

 海女さんなのだから当然だが、健康的に日焼けしており、現代みたいな水着の跡なんかは一切無い。

 もう大分、若い女性の上半身裸の姿は見慣れてきた俺だが、それでもやっぱり少々照れてしまう。


 そんな様子を、姉御は


「へえ……相変わらずウブなんだねえ……この程度で顔を赤くするなんてさ。嫁が五人もいるのに……」


 と、呆れ顔だった。


「いや、えっと……そう、仙界だと、女性はみんな、肌を隠しているんだ。だから、単に俺が見慣れていないだけだよ」


 と苦しい言い訳をすると、


「……なるほどね。たしかに、豪華な衣装着て、羽衣纏っているような絵を見たことがあるね」


 と、姉御は笑いながら言った。

 ふう、そういうイメージを持ってくれたならありがたい。大きくは間違っていない。


「けど、あたしら海女だからね、そんな格好して海に潜ろうものなら、おっ死んじまうよ。裸を恥ずかしがっている場合じゃないんだ。体調管理だって大事だよ。調子悪いのに無理して潜って、大変な事になった奴、何人もいるからね。だから今回はいい機会だ、隅から隅まで調べてくれよな」


 笑いながらそう話す姉御の言葉に、俺はちょっと衝撃を受けた。


 裸を恥ずかしがっている場合ではない。

 体調に気を遣っている。


 ……海女さんたちは、俺が考えていたよりも、今回の健康診断に対して、ものすごく真剣に臨んでいるのだ。


 海女さんは体が資本。ちょっと風邪をひいて何日か休むだけでも、経済的なダメージは大きい。

 彼女が言うとおり、無理して潜ると、それこそ命にかかわる危険な仕事なのだ。


「あと、今回の検査で、身籠もっているかどうかって調べられるのかい?」


 姉御の思わぬ質問に、ぎょっとしてしまった。


「……心当たりがあるのですか? でしたら、すごく簡単に調べる方法がありますけど……」


 優が、すかさずフォローしてくれた。


「ま、私に限らず、この辺りの海女は恋多き女子おなごだからね。いつの間にか妊娠していた、なんてしょっちゅうさ。でも、それで海に潜っていると、本当は母親にも、子供にも良くないんだ。だからなるべく休ませたいのさ」


 そうなんだ……。

 生まれてきた父親の分からない子供は、その地域の人間でまとめて面倒見ている、というような噂は聞いた事あったけど、本当だったか……。


「本音をいえば、あんた等がうらやましいよ……まあ、陸の仕事が楽とは言わないさ。いろいろ気苦労も多いだろうし、私らにはできないからね……でも、優しくてお金持ちの旦那の嫁になって、幸せそうにしているのを見ると、ちょっとヤキモチ妬いてしまうよ。私らは、良くて地元のがさつな漁師の女房だからね……おっと、愚痴になったかな。でも、今の仕事には満足しているよ」


 確かに愚痴だが、嫌みには聞こえない。


 姉御、本音を正直に話しているだけなんだな。だから、後輩の海女ちゃんたちからも慕われているんだろうな……。


 そんな彼女たち、命がかかっているという点に気付いた以上、俺も本気にならないといけない。一人一人、丁寧に、診察と問診を心がけていく。


 しかし……なんで海女さん達、全員、俺を誘惑してくるのだろうか……。


 問診の時、


「私を、めかけにしてください」


 と冗談っぽくいうのはまだマシな方で、


「今夜、とりの刻、近所のお寺の裏で待ってます……」


 とか言ってくる娘もいて……絶対行けないから、と断るんだけど、それでも待ってますと告白されると、気になってしまうじゃないか!


 しかも、裸にブルマの格好でそれ、言ってくるんだから……。

 あとでその事を姉御に相談すると、


「みんな真剣なのさ。海女の仕事は楽しいけど、やっぱりきついんだ。さっきも言ったように、やさしい旦那の元に嫁いで、家庭に入るのは若い女子の夢なんだ……妾だって構わないと本気で思っている奴もいる。まあ、今回の件は、私の方からよく言っておくよ、あんまり前田先生を困らせるんじゃないってね」


 前田先生って言われた……ちょっと嬉しいかも。

 それはともかく、やっぱり姉御は味方になってくれると心強い。彼女たち、けっしてからかい半分で俺を誘惑しているだけじゃないんだな……。


 あと、最年少のミヨまで、


「あの……どうやったら、拓也さんの……その、お妾さんになれますか?」


 と聞いてきた……うーん、これは『どうやってもなれない』なんていうのは、なんか可哀想な気がする。


「ミヨはまだまだ若いからね……俺なんかよりお似合いの人が現れるかもしれないし……」


「……でも、海女小屋を尋ねてくるのは、なんか怖い、地元の若い衆ばかりだし……」


 ああ、なるほど、ちょっとガラの悪い漁師たちか……姉御とかだったら軽くあしらえるだろうけど、現代ならばまだ中学生のミヨじゃ無理だ。


 いつも他の海女達とも一緒に居るっていうし、最低限のモラルみたいなものはあるらしいから、そうそう間違いは起きないはずだけど……でも、妊娠も多いって言うのは気になったな……。


 夕刻までかかって、なんとか全員の検診終了。

 でも、本当に考えさせられた一日だった。


 海女さん達、真剣だった……自分の健康管理にも、あと、誰かの嫁になりたいっていう気持ちも。

 そんな中、裸を見たぐらいでうろたえてしまった自分が恥ずかしい思いだった。

 ……相当からかわれたのも確かだったけど。


 とりあえず、大きな問題を抱えている娘はいなかった(妊娠している者もいなかった)と思うけど、詳しくは血液検査と、あと、海女さんだけに、録音した呼吸音をちゃんとした医師に解析してもらう必要がある。


 まあ、素人なりに問診した結果で言えば、みんな元気だった。

 でも、体が資本という意味で言えば、実は阿東藩の人口の九割を占める農民も同じなんだけど、彼、彼女達は一人も検診に来ていない。時期的に忙しいというのもあるんだろうけど、今後の課題だな……。


 あとは、結婚、か……。

 海女さん達も悩んでいるんだな……独身の男、漁師に限らずともいっぱいいるんだけどな……。


 と、ここでふと、ある思いに至った。


「そういう、男女の出会いの場……それも、真剣なものを作れないだろうか……いわば、『結婚相談所』を……」

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