第205話 番外編15-2 健康診断(身体測定) その1

 この日、『前田女子寮』では、早朝から前田屋号各店舗の女性従業員の健康診断、及び身体測定が行われる予定となっていた。


 女子寮は、六畳の部屋がいくつも存在しているのだが、今回は使用していない二部屋の襖を取り外し、十二畳として大きな診察室とすることにした。


 一応男子禁制で、今、この女子寮で存在している男は俺だけとなる。

 といっても、別になにもいやらしいことなんてない。

 メインの検査は凜が行ってくれるし、その助手は優となっている。


 主な検査項目は、身長や体重、胸囲といった身体測定、血圧、血液検査、尿検査、視力、聴力、心電図、問診と、結構本格的だ。


 既に凛と優の二人には、同じ検査を試してもらい、血液検査以外は結果が出ていて、二人とも問題無かった(血液検査は郵送するタイプのもので、結果が分かるまでに二週間ほどかかる)。


 女の子達はすでに準備が完了しているとのことだった。

 俺は当初、女性の検診ということで立ち会わないつもりだったのだが、


「雇い主本人が寮に住む女性達の健康具合を直接確認すべきではないですか?」


 とか、


「女の子達もみんな、仙人である拓也さんに診察してもらいたがっていますよ」


 という、凜や優の言葉に押されて、結局参加する羽目になってしまった。

 まあ、検診室は病院で置いているようなパーティションで検診とか胸囲、体重を量る場所を区切っているし、検査着を着ているはずなので、そんなに目のやり場に困ることはないだろう。


 扉の向こうからは、すでにワイワイ、キャアキャアという女性達の声が聞こえてくる。

 なんか女子校の身体検査の部屋みたいだ、と思ったが、いけない、それは妄想が変な方向に向かっていると考えを改め、検査室となっている部屋の扉を開けたのだが……。


 目の前に広がっていたのは、上半身裸の、十数人もの若い女の子達。

 この時代、ブラなんかつけていないので、つまり、それだけの半裸が目に飛び込んできたわけで……。


 一瞬、室内が静かになる。

 数秒固まった俺は、無言で扉を閉め、そそくさと退散した。


 そしてすぐにまた帰って来て、少しだけ扉を開け、隙間から凛と優の二人を廊下に呼び出した。

 この二人は、今日は検査する側なので、現代の看護師の格好をしている。


「どうしましたの、拓也さん。もう検診、始まる時間ですよ?」


 凜が、不思議そうな顔でそう尋ねてきた。


「い、いや……だって、みんな検査着を付けてるって思ってたけど、そうじゃなかったから……なんでこうなった?」


 ちょっとしどろもどろだ。


「ああ、そのことですか……昨日お話したとおり、みんな、仙人である拓也さんに直接診察して欲しいっていうことでしたから、だったらあの格好の方が手っ取り早いと思いまして」


 すましてそう話す凜さんだが……絶対、俺がこういう反応すること、見透かしていたに違いない。


「やっぱりちょっと、驚いたみたいですね……拓也さんらしいです。でも、今回はお姉さんの言う事が正しいです。みんな、自分が病気でないか、心配なところはあるようですから……三百年後の世界では、女性が男の人の前でめったに胸を見せないことは承知しています。でも、病院での検査では、そうではないんでしょう?」


 優も凜の味方だ。

 確かにそう言われればその通りで、病院の先生が男だとしても、少なくとも上半身を見せなければ、診察にならない。


「えっと、じゃあ、みんな俺が診察するって思ってるのか……」


「そうですね。拓也さん、私以上に医術の勉強、なさっていたじゃないですか。現代の知識も豊富、医療器具の扱いにも慣れている……拓也さんの方が適役ですわ」


 凜がにっこりとそう勧めてくる。

 まあ、俺はいざというときのために、彼女と共に緊急処置や、簡単な検診方法、代表的な病気については一通り勉強した。といっても、素人の知識にすぎないのだが……。


「じゃあ、今日の診察、やっぱり俺がするっていうことなのか……それにしても、その……なんでみんな、『裸にブルマ』なんだ?」


 そう、彼女たち、上半身が裸なのはまだ分かるとして、下はなぜか、全員紺色の『ブルマ』を穿はいていたのだ。


「えっと、羽沢さんに『健康診断のときの服装を揃えて欲しいんですけど……』って聞いてみて、何歳ぐらいかって逆に質問されたので、女子寮の女の子達の歳を言ったら、『それだったら、あれしかないな……』と揃えてくれたのがあの服装だったのですけど……」


 優が、何かまずかったのか、と心配そうに話してくれた。

 羽沢さん……個人の趣味、反映しすぎです……。


 羽沢一輝はねざわかずきさんはパチンコチェーン『スワンプグループ』創業者一族の一人で、お金持ちだ。

 叔父の友人で、博物館兼喫茶店の『たいむすりっぷ』を経営しており、江戸時代の珍しい品物を高く買い取ってくれる、ありがたい支援者でもある。

 優が現代と江戸時代をタイムトラベルしていることも知っており、今回も事情を察してくれたのだろうが……ブルマなんて、もうとっくの昔(平成基準)に絶滅しているぞ!


 ……ただ、考えようによってはそれほど悪い選択肢ではないのかもしれない。

 生理中の女性もいるかもしれないし、素っ裸は論外として、腰巻きだけとか、そんな格好よりは動きが制限されない利点はあるだろう、ここは受け入れるしかない。


「……わかった、羽沢さんが勧めてくれたのなら、それでいいとして……どうしても、俺が診察しなければいけないのかな? 嫌がっている子もいるんじゃあ……」


 と、微力ながら抵抗を続けていると……。


「拓也さん!」


 と、凜が睨むようにそう言ってきた。うっ、やばい、ちょっと怒っている?


「拓也さんが現代の意識を持ち込んで動揺しているのは分かりますが、それは気にしすぎというものです。少なくとも今の時代、この地方では、胸を見られることはさほど恥ずかしい事ではないとご存じでしょう? そんな目で女の子達を見る方が、よっぽど不謹慎です。それに拓也さんの世でも、お医者様でそんなことを気にする方がいらっしゃいますか?」


 ……確かに、いちいち女性の上半身を見て動揺する医者なんていない。聞いた話では、まったく何にも思わないということだ。


「さっきも言いました通り、彼女たち、本当に真剣に、拓也さんを仙人様だと信じて、きちんと診てもらいたいって言っているんです。彼女たちも、素っ裸ならともかく、ちゃんとした検査用の服装をしているんですから、恥ずかしいなんて思っていません。だから、堂々と診察して、みんなのことを安心させてあげてください!」


 凜の厳しい声に、俺は、自分が間違っていたと気付いた。


「……分かった。うん、君の言うとおりだ。俺が変に意識してしまうから、逆にそういう目で見てしまうんだ。そう、これは健康診断だ。俺はただ、彼女たちの健康を気遣う、一人の検査員でしかない。そして彼女たちの健康の責任を負う、前田屋号店の店主でもあるんだ」


 と、顔を上げ、胸を張ってそう答えた。


「……さすが拓也さん、そう言って頂けると思っていました」


 凜も、今度はニッコリと笑顔でそう話してくれた。


「よかった……本当にみんな、拓也さんに期待しています。診察、大変でしょうけど私達もお手伝いしますから、頑張りましょうね」


 うん、やっぱり優の笑顔は最高だ。本当に元気が出た。


 医師風の白衣の襟を調え、再び診察室前の扉を開けた。


「お待たせ、みんな、おはよう!」


「「「「「おはようございますっ!」」」」」


 と、元気な声がハモッて帰って来た。

 全員、上半身裸だ。下半身にはブルマを穿いている。


 うん、みんな綺麗な肌に、張りのある胸をしている。

 でも、それは健康的っていうことであって、決して変な目で見ているわけでは……。


 ……。

 …………。

 ……………………。


 やっぱ無理。

 顔が真っ赤になっているのが、自分でも分かってしまった……。


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※事前に、スピンオフ作品の『天女の店のお品書き-苺大福』も見ておいて頂くと、それまでの経緯が分かると思われます(^^;。

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