第202話 番外編14-17 阿修羅

「さあ、詐欺師の自称・仙人、前田拓也さんよ。どうやってお姫様をたぶらかしたのかは知らねえが……ここで誘拐は終わりだ。今回の騒動、俺が鎮圧の一番の功労者って事になるな。ま、おめえが俺と戦って勝てるっていうのならば話は別だがな」


「……」


 俺は言葉を返せない。

 雰囲気で分かる。不意打ちでもしないかぎり、この男は倒せない。


「それとも、坊さん達、あんたらが取り押さえるかい? こいつは神仏の名を語り、悪用した大罪人だ。引っ捕らえて、拷問にかけるのがいい。俺も喜んで参加させてもらうよ」


 男は、そう言って凶悪な笑みを浮かべた。


「……神仏に罰当たりなことをした大罪人は、お前だ、蛇!」


 と、意外な方向から声が聞こえて来た。


 巨大な正門の第二層、瓦葺きの屋根の上に、般若の面を被った男が立っていた。

 第二層までの高さは五メートル以上。常人が簡単に登れる位置ではない。


 炎のように赤い腰布を纏い、上半身には薄い帯のような布を左肩から右脇腹にたすき掛けにしているだけ。

 そのため、肉体が見えているのだが、その鍛え上げられた体つきは、ボロボロの衣装も相まって、まるで阿修羅のようだった。


「我は天の使いなり。先程貴様が無礼を働いた如来様のめいにより、この地に馳せ参じた!」


 一同、びびっている。

 蛇だけが、なんかへらへら笑っているが。


 もちろん、俺はこの男の正体を知っている。

 境内が騒ぎになったら正門の警備が甘くなるはず、その隙にこの格好で侵入して、状況により一暴れして欲しいと作戦を練っていたのだ。 


 阿東藩随一の実力を誇るしのび、『烈風のサブ』こと三郎さんだ。


「天の使いだと? 馳せ参じた? だったら、なんで『蛇』っていう俺の通り名を知っているんだ?」


「……如来様は全てお見通しだからだ!」


 ちょっと苦しい言い訳っぽい。


「如来様ぁ? あんなフニャフニャのみすぼらしい如来様がいるのか?」


「……そう思うのならば、天を見上げてみるがいい」


 その言葉に、もう一度全員上を向いて……そして


「おおっ!」


 といくつもの驚嘆の声が聞こえた。

 釈迦如来像は見事に復活し、金色の荘厳な姿を取り戻して、上空に滞在していたのだ。


 僧侶達は再び手を合わせてお祈りをする。

 紅姫も、笑顔で俺の腕を掴む。

 旧岸部藩士達までもが、なぜかガッツポーズを取っていた。


 ……これ、種明かしをすると、簡単に言えば『予備』だ。

 ドローンの操作は、強風が出たりすると困難になり、墜落することもあったので、念のために1セット、予備で用意していたのだ。

 それを近くに待機させていた。

 そして全員が門の上の三郎さんに注目している間に、涼は今まで操縦していたドローンのライトを消してどこかに不時着させ、そして予備を操縦して上空に滞在させ、再びライトを点けたのだ。


 俺はその一部始終を、ハラハラしながら見守っていたのだが、うまくやってくれた。

 しかも、今回はさっきの反省を踏まえ、蛇の投擲が届かない、ずっと高い位置でホバリングさせている。


「チッ……抜け目のない野郎共め……こうなっては仕方が無い、実力行使といくか……」


 蛇が刀を抜いたその瞬間、三郎さんはズサリッ、と門から飛び降りて着地。

 何事も無かったように立ち上がり、腰の短刀を抜いた。


 あの高さから飛び降りて、平気なんだ……。


 そして、蛇と退治すること、約十秒。

 両者、同時に踏み切り、凄まじい速度の助走、そして正門の手前で交錯した。


 甲高い金属音が一度だけ鳴り響き、両者通り過ぎ、十メートルほど距離を取ったところで静止。

 後ろ向きに相対する格好になっている二人、数秒間固まった後、ドサリ、と一方が倒れた。


 ふう、とため息をついて、その方向を見る般若の面を被った男。

 つまり、倒れたのは蛇だった。


 ……こんな時代劇のクライマックスみたいな決闘シーン、実践では初めて見た。

 そしてやっぱり、三郎さん強い!


「……そいつには聞きたいことが山ほどあるし、今回の事件の大事な証人だ。手加減しておいた、気を失っているだけだ」


 ……あの俺には見えない一瞬の戦いで、そんな余裕があったんだ……。


 自称・天の使いで、阿修羅のような格好の男が勝ったことで、どちらが正義か、お坊さん達も判断が出来たようだ。


 残りの蛇の仲間の二人は、僧侶達に取り押さえられた。

 まともに戦えばそれなりの腕だったのかもしれないが、もはやその利点が無いのは明白だった。


 俺と紅姫を通すべく、正門の大扉は、轟音と共にゆっくりと開かれた。

 そしてそこには、松丸藩の筆頭家老の長男にして、自身も藩の要職である、東元安親殿が、提灯を持って立っていた。

 その後には、護衛と思われる四人の武士の姿もあった。


 安親殿には、この夜、救出作戦を実行すると事前に伝えてあった。

 藩の要職である安親殿といえども、聖域であるこの極光武寺に許可もなく、しかも夜間に入る事はできない。

 そこでこうして、俺が紅姫を救い出すことを信じて、寒空の下、ずっと待っていてくれたのだ。


「……さすがですな、前田拓也殿……見事に紅姫をお救いいただけるとは、感服しました」


 安親殿、寒そうにはしていたが、それでも姫の無事な姿を見て、満面の笑みを浮かべていた。


「あ……元親様……ご無沙汰しております……」


 紅姫も、頭を下げる。

 後を振り返ると、旧岸部藩の武士達が、全員片膝をついて頭を下げていた。

 うん、やっぱりこの人、まだ若いのに相当高い身分なんだな……。


「……救出が遅くなって、大変申し訳ありませんでした、紅姫様。お城で父君がお待ちです……さあ、我々と共に参りましょう」


 元親様のその言葉に、紅姫は、一瞬顔を強ばらせて、俺の方を見てきた。


「……仙人様は?」


「俺? ……俺の役割は、君を極光武寺から助け出すところまでだから、もう終わった。あとは、元親様にお任せすることになる」


 それを聞いた紅姫は、泣きそうになって後を振り返る。


「……みんなは……」


 その言葉は、頭を下げたままの旧岸部藩士達に向けられた。


「……私達は、もはや城に向かうことは許されぬ身分です……」


 重苦しい慎衛門の言葉が、浪人という彼等の立場を象徴していた。


 ……紅姫は、寂しげにうつむいた。

 そして、ゆっくりと安親殿の方に向き直って、


「……申し訳ありませんが、貴方あなた方と一緒に行くことはできません……そちらにいらっしゃる方々は、全員松丸藩の藩士様です……岸部藩の私がただ一人で、貴方あなた方と共に行く事には……どうしても、抵抗があるのです……」


 その言葉に、安親殿とその護衛の侍達は、明らかに困惑した。


 ――ここに来て、まさかの紅姫の心変わりだった。

 いや、心変わり、というのは可哀想か。彼女は、こんな状況を想定していなかったのだから。


 真剣に自分の立場を思い悩み、極度に不安がる紅姫。

 そんな彼女の様子に、松丸藩・岸部藩の併合による軋轢あつれき、そして誘拐されてこの寺に軟禁されていた彼女の猜疑さいぎ心、不信感は、簡単には氷解しない難しい問題であることを実感させられた――。

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