第192話 番外編14-7 業

 この僧二人は一体、何の相談をしているのか。

 俺が何か、聞き間違いをしたのか。


 一緒に聞いていたお蜜さん、三郎さんは先程までとは表情が一変、厳しいものになっている。

 そして涼は……右手を口に当て、驚きで目を見開いていた。


 ならば、全員確かに耳にしたのだ……紅姫と慎衛門の二人が三千両を持ち逃げしたように見せかけて、山中に埋められるという恐ろしい計画を。


 信じられなかった。

 これほど非道な相談を、酒を飲みながら、高笑いしながら行えるというのか。

 ……いや、何かの、タチの悪い冗談なのかもしれない。

 しかし、それを三郎さんの言葉が打ち消した。


「……何か裏があると思っていたが、こういうことだったか……」


「……裏? 三郎さんは、怪しいと思っていたんですか?」


「ああ……前も話した通り、同輪は元々岸部藩の役人だ。失脚してこの寺に左遷されたわけだが、元々評判のいい男ではなかった。それが、元藩士を助けるなどと言う、奴にとって一文の得にもならないことをする時点でおかしかったんだ。姫を軟禁するのも妙な話だろう? 全ては、金を引きずり出すための策略だったんだ」


 そう指摘され、たしかに不審な点が多すぎた事に気付く。


「……それでは、そもそも紅姫を誘拐する時点から、この二人はかかわっていたのですか?」


 察しの良い涼が問う。


「ああ、おそらくな。この寺に出入りする元藩士達は、姫が誘拐されてきたことなんか知らない。あくまで自分の意思で来たと思い込んでいる。紅姫にそう言わせたのも同輪だ。侍女が行方不明のままだから、誘拐事件は確かに存在した。しかし、何処かへ連れ去られそうになった姫をかくまったのもまた、同輪ということになっている。つまり、奴は今回の一件、あくまで善人を通しておいて、金だけは独り占めにしようとしているんだ……まだあどけない姫と、元藩士の男を殺害した上で、な……」


 怒りさえ滲ませた三郎さんの言葉を聞いてもなお、まだ信じられない気持ちだった。

 そんなに簡単に、人の命を奪う計画が立てられるものなのか。


 いや……。

 一人だけ、簡単に人を殺す人物を、俺は知っていた。

『人斬り権兵衛』、俺が倒した殺人鬼だ。

 しかし、奴との戦闘はほとんど衝動的なものだったし、奴もまた、強き者と戦う事、殺し合うことのみを生き甲斐にしているような、ある意味純粋さを持っていた。

 けれど、この二人は……。


 まるで蛇がじわじわと獲物を追い詰めていくかのように。

 自分達が最大限に甘い蜜を吸えるように。

 その課程でどれだけの犠牲が出ても、捨て石にすぎないと考えて、こんな恐ろしい計画を立てていたのだ。


 ふっと、紅姫の姿が目に浮かぶ。

 まだ子供っぽさの残る彼女、ころころとその表情を変える。

 悲しげな顔、沈んだ表情、弾けるような笑顔、そして泣き顔……。

 今日、嬉しそうに、


「もうすぐ両親の元に帰ることができる、慎衛門達も生活の基盤を立て直すことができる、全てがうまくいってくれた」


 と語っていたときの、あの愛くるしい表情……。

 それらが全て裏切られる。

 永久に未来を奪われ、冷たい土の下に埋められてしまうのだ。


「……だめだ、絶対にだめだ! なんとか助け出すんだ!」


 俺が声をあげる。


「……でも、救出は契約には入っていないわ。できれば、とは言われていたけど……姫の生死にかかわる話。まず、現状を城に報告すべき……いえ、でも、そんな事を言っても信じてもらえない可能性もあるわね……」


 お蜜さんが冷静に分析する。


「いや、この会話は全て録音してある。それを聞かせれば……」


「……拓也さん、それは無理だ。あんたの時代ならともかく、こんな機械から出てくる声なんか、城の誰も信用してくれないだろう。それに……あまり長く放っておけないな。金が奴等の手に渡った段階で、紅姫は用済みとなる」


 三郎さんの冷静な一言に、また背中に冷たいものが走った。


「……けれど、救出って言ったって……例えば三郎さん、あなたなら可能ですか?」


「いや、救出となると……姫をこっそり部屋から連れ出すなら夜だろうが、そうなると、かがり火の焚かれた大門を超えて潜入しなければならないが、それすら難しいだろう」


 凄腕の忍である三郎さんでも潜入すらできない。

 しかし、俺ならば『ラプター』を使えば、夜間だろうが潜入だけなら可能だ。

 けれど、重量オーバーで姫を連れて時空間移動することはできない。

 優だったら可能だったかもしれないが、今は妊娠により体重が増えてしまっているし、なによりそんな危険な仕事を身重の彼女にさせられるわけがない。


 こっそり潜入し、姫を連れ出し、何らかの手段で脱出させる……。

 見つかれば、俺はもちろん、姫も命の保証はない。

 なにより、紅姫が初対面の俺のことを信用してくれるわけがないし、正体を明かしたところで、俺は邪悪な仙人と思われているのだ。


 これは……厳しい。

 結局、また命がけの過酷な試練となってしまうのか……。


「優……」


 下を向いた俺は、思わず、最愛の妻の名を口にした。

 すると……俺の右手を、暖かく、柔らかい両手が包んだ。

 涼だった。


「拓也さん……私じゃ優さんの代わりになれないのは分かっています。でも……私も拓也さんに嫁ぐって決めた身です。旦那様を支える義務があります……他のお嫁さん達からもお願いされました。拓也さんを、よろしくって。だから……私も協力します。拓也さんが決めたことに従います。それがたとえ、危険を伴うことだったとしても……」


 涼の真剣な目を見て、俺は我に帰った。

 そうだ、彼女だって、俺に嫁いでくれるって言ってくれている女の子なのだ。

 それも、現阿東藩主の実の娘……。

 以前、本当に俺でいいのかと聞いたとき、彼女は言ってくれていた。


「私は、拓也さんこそ阿東藩に最も必要な人物だと思っていますし、父も拓也さんが義理の息子になる事を望んでいます。そして何より、私は拓也さんをお慕いしています」

 と。


 つまり、いくらかは彼女の父による政治的な思惑があったし、俺も、もっと阿東藩にかかわりたいという思いがなかった訳では無い。

 しかし、そんな事よりも、彼女は俺の事を慕ってくれていると言うことの方が嬉しかったし、俺も彼女の事が好きでもあった。

 そして今、俺の手を握り、妻として俺の事を支えるという涼の言葉に、励まされ、そして勇気づけられた。


「私は……優さんには勝てない……」


 少し憂いを帯びた表情で、彼女が呟く。

 ずくん、と心に痛みを感じる。

 それは、優以外にも妻をめとると決めたときからの、俺のごうだ。


 少女達がそれで幸せになるならば、と自分に言い訳をし、その実、単に彼女たちを独占したいだけなのではないかと自問自答してきた。

 その答えは、未だに見つかっていない。


「でも、それでも……私は拓也さんの支えになりたい……私が側にいることで、少しでも役に立てて、そして拓也さんが活躍できるのならば、私はそれで幸せです……」


 俺なんかの為に涙を浮かべ、手を握ってくれる涼。

 彼女の言葉は、俺に幸せと愛おしさを与えてくれ、そして心身を奮い立たせた。


「……紅姫を、助けだそう!」


 自分を鼓舞するように放った言葉に、全員、深く頷いてくれた。

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