第174話 狛犬
数日後の早朝、岡っ引きの平次郎親分が、怪訝な表情で『前田食材店』を訪れた。
「拓也さん、あんたに客だ。なんでも、あんたの用心棒だって言っているが……」
「用心棒? はて……」
源ノ助さんならば、今は前田邸に残している女の子達の護衛をしている。
あとは考えられるとすれば、忍の三郎さんだが、つい三日前に阿東藩であったばかり……。
と思ったのだが、そこに現れたのはやはり三郎さんだった。
「久しぶりだな、拓也殿」
「三郎さん、久しぶりって……」
そこで彼は平次郎親分の方をちらっと見たので、それ以上言葉を続けなかった。
俺は時空間移動できるので、極端な話、江戸と阿東藩の前田邸を一日数往復できる。
しかし、三郎さんは時空間移動できないので、普通に徒歩か、あるいは馬を使っての移動となる。
それにしても三日とは……やっぱり馬、使ったのかな。いずれにせよ、さすがの早業だ。
平次郎親分は、俺の様子を見て警戒を解いたようだ。
「……まあ、よく話が見えねえが、この人は拓也さんの客人、てことでいいんだな?」
「はい、もちろん! 三郎さんがいれば心強いです!」
「あんたが、当面は江戸に拠点を構えるって言うから急いでやってきたんだ……ところで、今江戸じゃあ、面白そうな事件が起きているそうじゃないか」
三郎さんはそう言って、トレードマークであるニヤリとした笑みを浮かべた。
「……例の、妖怪騒動の事ですね。面白いだなんてとんでもない。この近所にも出没したので、夜はもちろん、昼間でも人通りが減って売り上げに響いてます!」
切実に訴える俺に、平次郎親分が苦い顔をした。
「すまねえな、拓也さん。悔しいが妖怪っていうのは伊達じゃねえ。神出鬼没、正体不明。おまけに二刀差しのお侍でさえ手玉に取られる。知らせを受けて駆けつけたときにはもう居ねえ。夜回りなんかを強化してはいるんだが……」
「いえいえ、別に親分さんを困らそうとしているのではないんです。本当に悪いのは妖怪なんですから」
「……それで、拓也さん、どうやって捕まえるつもりなんだ?」
三郎さんはすました顔でそう尋ねて来た。
「そんな、さっき親分さんが言ったように厄介な相手です。俺が捕まえられるとは思ってませんよ」
「そうか? ……阿東藩に居たときは、何か藩全体に関わる問題があれば、真っ先に行動を起こしていたのにな。あんたのことだから、何か始めていたと思っていたが……やっぱり、江戸じゃまだそんなに愛着はないか」
と、ちょっときつめの小言をいただいた。
いや……これは叱咤激励か。何しろ、阿東藩の商売発展を中断してまで、この江戸に来ているのだから。
俺としては、将軍様への謁見準備を含めて、この江戸で少しでも人脈を築いておけば、将来的に阿東藩にとってもプラスになると考えているのだが。
「いえ、捕まえるのは無理だと思いますが、手をこまねいて見ているだけの訳じゃないですよ」
と、そういう俺の言葉が終わらないうちに、大きな荷車が二台、『前田食材店』の前に横付けされた。
荷車を引いてきた若い衆の内の一人が、
「えーと、貴方が前田拓也様ですね。明炎大社からの荷物、お届けに来ました」
と、確認してきた。
俺は荷台にかけられた
その荷物に、平次郎さんも、ちょうど出勤してきた店員で巫女の結と里菜も、あっけにとられていた。
高さ三十センチほど、ちょっと小柄な『
ただ三郎さんだけがニヤニヤと嬉しそうな表情だ。
若い衆が荷物を運び終え、帰って行った後、早速俺と三郎さん、平次郎親分は奥の部屋で話をすることになった。
まず、興味深そうに狛犬を手に取ったのは平次郎親分だった。
「……なかなか見事な造詣だ。ちゃんと口を開いた『
「ええ、ちゃんとした仏師の方に、木像を作ってもらって、それを基に作成しましたからね。祈祷と台座の文字は、明炎大社の方にお願いしました」
「……本当だ、台座の石にちゃんと『妖魔退散』『明炎大社』って彫っている……確かに台座は石だが、この狛犬本体の材質は……」
「えっと……ちょっと、何で出来ているかは説明が難しいんですけど、樹脂……わかりやすく言えば、木のヤニを集めて固めた物に似ています」
まあ、正確には『合成樹脂』なんだけど。
叔父さんに頼み込んで、いわゆる「3Dプリンタ」で作成した物だ。
平次郎さんは手に取って、その胴体部分を指でコンコンッと叩いていた。
「……なんだこれ、中が空洞……いや、何か入っているのか?」
「あ、親分さん、明炎大社で祈祷してもらった神聖なものですから、手荒に扱わないでくださいね」
「む、そうか、これはすまなかった」
と、彼はそのまま畳の上に置いた。
本当のことを言うと、中に精密器機が入っているので衝撃を与えないで欲しかったんだけど。
「……この黒い屋根というか、
親分さんの興味は尽きることがない。
「えっと、わかりやすく言うと、お日様の……つまり、天照大神の力を狛犬に流し込むための板なんですが……」
「……さっぱりわからねえ。拓也さん、あんた神主かなにかかい?」
「ええ、一応その資格は持っています」
これは嘘ではない。
一時だけであるが、明炎大社に職員として勤務していた時期があるのだ。
「この黒いツノみたいなものは?」
「それはアンテナ……えっと、狛犬の力をなるべく遠方に届けるためのものです」
「ふーん……ってことは、何かい、こいつらを使って、妖怪を追っ払おうっていう魂胆なのかい?」
「表向きはそうです。これらは、例の『妖怪仙女』が出没しそうな場所に設置してもらいます。付近の住民の方に許可はもらいました。タダで設置するって言ったら、だいたい喜ばれて……もちろん、『前田拓也』の名前を覚えてもらうための挨拶も兼ねていますが」
「うーむ……こんなので妖怪を追っ払えるのかい?」
「どうでしょうか。少なくとも『明炎大社』のご祈祷を受けていますから、本当に妖怪なんだったら効果あるかもしれません。その場合、俺の出番はないのですが……もし、その正体が人間だったとしても、いえ、むしろその方が、この狛犬は役だってくれると思っています」
「……やっぱり、わかんねえな……」
平次郎親分は首をかしげるばかりだ。
それに対し、満足げに何度も頷いているのは三郎さんだ。
「さすが拓也殿、もうこれだけの準備を調えていたか……詳細は俺にもわからないが、なにかすごいカラクリなんだろう?」
「うん、まあ、そんな感じですね。これを、例えば以前に出没した橋ならば、その両岸に一対設置します。つまり橋の上は両方向から監視されることになります。坂道ならば、上と下。小道ならば、直線になっている部分の開始と終了地点、っていう感じでしょうか。ある程度高さがあった方がいいので、土台は大工さんに作ってもらいます。大体、狛犬の目が俺の目線ぐらいの高さでしょうか。あまり低い位置だと、子供にいたずらされそうですので」
つまり、『妖怪仙女』が出没しそうな場所に監視カメラを設置するが、そのままだと怪しまれるので、『妖怪避けのための狛犬』の内部にカメラ埋め込んでしまったわけだ。
ちなみに、ソーラーパネルで発電してカメラの内部バッテリーに充電するので、コンセント不要だ。
そもそもこの時代にコンセントなんてないけど。
あと、各種設定やデータの抜き取りは、電波を使って遠隔操作できる。
他にも、人感センサーや赤外線ライトなど、結構なハイテク技術満載だ(もちろん、製作には叔父さんに多大な協力をしてもらっている)。
これを一カ所に付き二台、八カ所合計十六台を設置する。
付近に住む住民にとっては、妖怪を寄せ付けないという明炎大社のありがたい狛犬がタダで設置してもらえるのだ、まあ、嫌とは思わないだろう。
平次郎さんから見ても、特に
カラクリは気になっているようだが、火を使う訳でもないし、設置を止める立場でもない。
三郎さんは、俺がまた何か面白いことを始めたと、興味津々で手伝ってくれる。
俺だけが結構な出費をして損しているのだが、この江戸でも結構知り合いが増えて来ていることもあり、早く事件が解決してくれればまあそれで良い。
もちろん、監視カメラを設置したから即事件が解決できるとは限らない……と思っていたのだが、それから三日ほどで、さっそく大きな成果がでることになるのだった。
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