第172話 護衛

「えっと、二日前の夜だと……優と一緒に寝てました」


 と、俺は平次郎親分に当たり障りのない答を返した。


「ふむ……まあ、そうだろうなあ……けど、そのお優さんは今、どこにいるんだ?」


 まずい……。

 俺は、嘘は言っていない。確かにその日、その時間、俺は優と一緒に寝ていた。


 ただ、それは阿東藩、前田邸での話なのだ。

 二人揃って『ラプター』を使用、住み慣れた第二の『実家』で夜を過ごしたわけであり、この『前田食材店』は誰もいなかった。


 そもそも、『ラプター』の存在自体を今目の前にいる人たちには話していない。


「えっと、優、今買い物かなんかに行ってるのかな……」


 と、適当にごまかそうとしたのだが、親分さんの視線が厳しくなっているのがわかる。

 まずいな……と、そう思っていたとき。


「……あら、話し声が聞こえると思ったら、みなさんお揃いで何かあったんですか?」


 ナイスタイミングで優が出て来てくれた。

 実はついさっきまで、現代に物資の調達に行っていた(そういう意味では、『買い物』も嘘ではない)のだが。


「あ、優、もう帰ってきてたのか。ちょうど良かった、一昨日の夜、俺と一緒に寝てたよな?」

「え、一昨日、ですか? はい、確かに一緒に居ましたけど、それが何か?」


 きょとんとした表情だ。

 そこで俺は、例の『妖怪仙女』の事が書かれた瓦版を優に見せた。


「……妖怪、ですか……『新町橋』って、この近くじゃないですか。怖いですね……しかも、『仙女』って……えっ?」


 そこで何かに気付いたのか、優はちょっと驚いたような目で俺の顔を見た。

 そして彼女の様子を見ている平次郎親分、お清さん、八助さん、結、里菜の顔を順番に眺めて……そしてクスクスと笑い出した。

 みんな、ぽかんとその様子を見ていたのだが……。


「そういうことでしたか……」


 彼女は一人、何か納得しているようだ。


「……確かに、拓也さんは阿東藩では『仙人』と呼ばれている、不思議な能力を持った方です。それに、正義感も強くて、私や、多分結ちゃんや里菜ちゃんが暴漢に襲われたならば、たぶん体を張って助けようとしてくれることでしょう。でも、そうでないならば……ここに書いてあるように、女の人の格好をして、変な術まで使って、刀を構えたお侍様に戦いを挑むようなことは、決していたしませんよ」


 全く余裕の笑顔で、そう断言してくれた。


「……そうだな、前田の旦那は、こう言っちゃ失礼だが、そんな胆の座った悪党には見えねえ。いや、そんな事は分かっていたんだが、まあ、全く関係無いという確認ってことだ。気を悪くしねえでくれ」


 平次郎さんも笑顔だ。

 うん、まあ……胆が座ってないっていわれたのはちょっと微妙だけど、疑いが晴れたならそれで良かった。


 今回、犯人は着物を着ていたということで、一応従業員も調べられたが、結と里菜は乾物屋に一緒に帰って、玄関は結の父親が雨戸を閉めてみんな寝ていたというし、平次郎親分は奥さんであるお清さんと一緒だったし、八助さんは、俺と同じ『胆の座った悪党には見えねない』というよく分からない理由で、『ほぼ関係無い』とされた。

 本人はその理由に納得いっていない様子だったけど。


 まあ、そんなこんなで手掛かりがないまま、事件は迷宮入りするかと思われたのだが……その妖怪仙女は、その後も数日おきに出没し、そのたびに侍の刀を巻き上げたのだ。


 場所は江戸の中でも、俺達が住んでいる地域に比較的近い場所で、橋の上だったり、坂を登り切った場所だったり、堤のそばだったりと、まさに神出鬼没。

 共通点としては、


・夜しか出没しない

・着物を着た娘の格好をしている。

・顔には口しか付いていない。

・狙われるのは侍で、しかも刀を奪うだけで大きな怪我などはさせない


 というような事が挙げられたが、その正体は依然はっきりとしない。


 こうなってくると、江戸中その話題で持ちきりだ。

 妖怪仙女は、侍が一人か二人の時にしか現れないので、それ以上の人数で行動すれば大丈夫なのだろうが、中には


「化け物など、この俺様が退治してくれるわ!」


 という血気盛んな若武者もいるわけで、そういうのに限って化け物に刀を奪われるのだ。


 また、今のところ大きなけが人は出ていないが、なにしろ相手の素性や目的がよくわからないので、いつ侍以外の町人が標的にされるか分からない。

 そうなってくると、特に女性は怖がるわけで……それが思わぬ事態を引き起こした。


 その日、『前田食材店』店員で巫女さんの格好をしている結と里菜が、恥ずかしそうにこんな事を依頼してきた。


「あ、あの……私達と一緒に、湯屋に行ってもらえませんか?」


 その内容に、「へっ?」と耳を疑ったが……ようするに、湯屋までの往復時、護衛をしてもらえないか、と言うことらしい。


 結の父親はもうかなりご年配で、何かあったときに戦える様な方ではない。

 最近、足を悪くして、あまり湯屋に通わず、体を手ぬぐいで拭くぐらいしかしていないと言うが、女の子二人は、毎日は無理でも、数日おきに湯屋には行きたいようだ。


 俺も強い訳じゃないが……この時代としては体は大きい方だし、「側に居てもらうだけで安心」と思ったのだろう。


 この時代、江戸は大火事を恐れて、一般の民は内湯を持つことを禁じられていた。したがって、普通に風呂に入ろうと思えば湯屋に行くしかない。


 そして湯屋は、混浴だ。

 ちなみに、八助さんと一緒に行くのは、口にはしないが、なんか嫌みたいだ。


 正直、本当に俺が護衛でいいのかな、と思ったが……俺ももう、生活の本拠地をこちらに移しつつあったし、優も一緒にいることが多い。


 その優も、

「みんなで一緒に湯屋に行きましょう」

 と賛同したこともあって、まあ、そうすることになったのだ。


 ……結と里菜、茜が推薦してくれただけあって、結構かわいいんだよなあ。

 その二人と混浴……いや、優も一緒だし、変な気は起こすまい……。

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