第八章 お接待と大事件

第117話 お・も・て・な・し

 秋も深まってきたその日の午後、ナツが料理長を務める『前田美海店』に、藩のお役人である『尾張六右衛門』様が訪れた。


 二十代前半ぐらいの、まだ若いけど、いかつい顔のちょっと怖いお侍様だ。

 日頃お世話になっている方なので、この時期お勧めの『ぶり大根』を食べて頂いた。


「うまい……なるほど、この時間でも客が入っているのも納得できる……」

 と、喜んでくれた。


 カツオのタタキを提供していた時期は、集客はこんなものではなかったのだが、カツオが取れなくなった今ではこの時間帯は客は数人程度。それでも、六右衛門様からすれば結構な繁盛、ということらしい。

 ナツもお役人に認められ、一安心といった表情だ。


「ところで六右衛門様、本日はどういったご用件ですか?」

「ああ、そうだったな。実は、半月ほど後に、幕府からお役人様が数名、派遣されることとなった。内容としては、主に例の金山の採掘準備状況査察となる」


「……そういえば、あの金鉱脈、大分準備が進んでいるみたいですね。鉱脈に続く道も整備され、拠点となる建物もいくつか建設されたとか」

「そうだ。形式上、阿東藩も岸部藩も金山を幕府に差し出すことを提案しているが、事実上採掘の許可を得るためのものであって、その経営は両藩に任されることが内定している」


「はい、そのお話は以前お伺いしました」

「うむ。それで、今回の査察で、その内定が本決まりになるというわけだ。当藩としては万全を期しているつもりだが、来て頂く幕府のお役人様の心証を悪くされることがあっては困る。かなり位の高い方々だということだしな。そこで盛大に『おもてなし』することを考えている」


「なるほど……いえ、それは分かります。そうするべきでしょう」

 いつの時代も、お役人の接待は大切だな、と思った。


「それで、まずは昼食に、我が藩の名物料理を食べて頂こうと考えた。そこで思いついたのは、その方の店である前田屋の『鰻丼』だ」

「え、鰻丼ですか?」


「嫌か?」

「いえ、嫌って言うことはありませんが……位の高いお役人様とあれば、もっと豪華な料理を考えておりましたので。しかし……うん、鰻丼、いいかもしれません。特色がありますし、味に自信もあります。料理長の良平も喜ぶと思います」

 と、俺は笑顔で返した。


「うむ、ならばそれでいこう。あと、問題は夜の歓迎の宴、だ。以前は『月星楼』という大きな料亭があって、そこで宴会をすれば良かったが……」

「……そういえば、『月星楼』が撤退して以降、あの建物、使われていないんでしたね」


「その通り。それで幕府のお役人様をおもてなしする適当な場所と方法が、思い浮かばないのだ」

 なるほど、それで六右衛門さん、困ったような顔をしてこの店を訪れたのか。


「うーん、それは問題ですね……『二川宿ふたがわしゅく』まで行けば立派な本陣ほんじんがありますが、遠すぎる」

「そうだ。そこで我々阿東藩の役人同士で協議した結果、拓也殿に夜の接待を一任しようということが決まった」


 ……へっ?


「……ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 接待を、俺みたいな若輩者に一任?」

「なにを申すか。その方、料理店を二店舗……いや、天ぷら専門店を合わせると、実質三店舗も経営しているではないか」


「……いや、いえ、それはそうですが……確かに、料理は何とかなるかもしれませんが、その、盛大な宴って、何をすればいいんですか?」

「……まあ、豪華な料理と酒、あとはきれいな女子おなごの歌や踊り……」

「そ、そんなの用意できないですよっ!」


「いや、その方、美しい嫁を五人もめとっているではないか。しかも最近、女子だけを住まわせる『女子寮』なるものを作ったとか。違うと申すか?」

「た、確かにその通りですが、あれは純粋に従業員用の寮で……」


 全身に汗をかいて必死に弁明するが、六右衛門様はなんかそんな俺の様子を楽しんでいるようにも見える。


「それに、何人かは神社の巫女として修行を積んでいると聞く。ならば、神に捧げる舞を修得しているはずだ。それを披露するのも一興と思うが。あと、この地方に伝わる伝統の踊りを練習するとか、いかようにも出来るはずだ」

「……いえ、しかし、そのような大役……」


「拓也殿!」

 ここで六右衛門様は真剣な表情になり、だだをこねるような俺に対して厳しい視線を向けた。


「その方、藩主様より商人として特権を得た、当藩でもわずか三人のうちの一人なのですぞっ!」

 ……なぜかこんな時だけ語尾が敬語だ。


「それに最近、桑畑の開墾を、藩の事業として認めさせたそうではないか。拓也殿はもう、我が藩の立派な公人でもある。藩のために働く義務があるのだ」

 うっ……そう言われると反論できない。


「それに、こういうときのための人脈ではないのか? その方、阿讃屋や黒田屋とも懇意にしているのであろう? 両商人の協力を仰いでもなんら問題ない。ここは一つ、拓也殿が先頭に立って、この大役を果たしてみないか? 我々としても、その方に手柄を立てさせたいのだ」


 ……うーん……確かに、阿讃屋や黒田屋に助力をしてもらえれば、なんとか乗り切れる……かな?


「どうだ、この役割、引き受けてくれるな?」

「……分かりました。全力を尽くします」


「うむ。よく言った! では、二つ返事で了承されたと言っておくぞ!」

 と、俺の肩を二、三回叩いた。


 あと、賄賂と見られたらいけないから、と、律儀に鰤大根の代金もきっちり払って、機嫌良く帰っていった。

 なんか、厄介ごとが一つ片づいた、という雰囲気だった。


 勢いで了承しちゃったけど……高校生の俺が、江戸幕府の位の高いお役人様を接待?

 っていうか、俺、接待したことはもちろん、された事もないんだけど……。


 今までとは違った意味で、面倒な事に巻き込まれてしまった――。

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