第86話 大人の体 

 ユキは、まだ満年齢でいうと十四歳。現代ならば中学生だ。


 彼女には去年、双子の妹であるハルと一緒に、この風呂場で背中を流してもらったことがある。しかし思春期の女の子、たった一年弱で、驚くほど成長している。


 ……いや、しかし精神的にはまだまだ子供のはず。変な気は起こさず、ここは大人としてやり過ごそう。


「やあ、この声はユキだな。背中を流しに来てくれたのか? 嬉しいよ」

 うん、我ながら大人なセリフ。


「うん……あと、いろいろ『ご奉仕』しようと思って」

 ……なんだ、ご奉仕ってっ! どこでそんなセリフ覚えたんだっ! ……いや、慌てたら負けだ。たぶん凜さんあたりに言葉だけ教えてもらっているんだろう。


「……へえ、ご奉仕、か。どこでそんなの、教えてもらったんだ?」

「明炎大社で巫女修行しているとき」


 なにいっ! ……そういえば、明炎大社は巫女にそういう『性』に関する知識を与えて、一部の少女達には氏子に対して実践させている、ダークな一面があるんだった。


 ユキ達を預ける交渉をしたとき、くれぐれもそういう目には遭わせないようお願いしておいたけど……知識だけは与えられていたか。


「若い男の人って、裸の女の子に肌を合わせられると、嬉しいんだよね?」

 だ、だめだユキッ! 核心を突きすぎている! どうする、どうする?


 いや、ユキだってそれを望んでいるんだ、いっそこのまま……いやいやいやいや、大人の凜さんや、現代ならば高校生の優、ナツならばともかく、ユキやハルはまだ現代なら中学生だ。これはいくらなんでも犯罪だ。


 とはいえ、あまり素っ気なくしてしまうと彼女が傷ついてしまう。何か言い訳を……。


「あ、ああ、もちろん嬉しいんだけど、一応、俺は優と恋人同士っていうことになっているし、優は俺の嫁さんだし……」

「……ユウ姉ばっかり、ずるいよ……」

 ……ズクン、と、心に衝撃を受けたような気がした。


 俺は、前田邸の五人の少女達を平等に扱ってきたつもりだったけど……確かに、どこかで優のことを贔屓ひいきしていたのかもしれない。

 それを純真なユキに指摘されると、少しショックだった。


 彼女は、まだ俺の背に抱きついたままだ。

「私もユウ姉みたいに、たまにはタクと一緒に過ごしたいし、抱き締められたいし……タクと一つになりたいよ……」


 うっぎゃあ! そんな事まで教えられていたのかっ!


「私ももう、子供の産める、大人の体だよ……」

 ……これは、認識を改めないといけない。


 ユキはもう、精神的にもずっと成長して、子供ではなくなっていたんだ。

 とすれば、裸で抱きつかれているこの状況は非常にまずい。

 俺の歯止めがきかなくなる……。


 いや、いつぞやみたいに、窓からナツが覗いていたり……してないな。

 やばい……これは本当にやばい……。


「じゃあ、タク……ご奉仕、するね……」

 そっと彼女の体が離れたのが分かった。


 何を「ご奉仕」してくれるのか分からないが、十四歳の女の子に変なことをさせるわけにはいかないっ!

 俺は立ち上がり、振り返り、そしてユキの体を抱き締めた。

 逆効果かもしれないが……とりあえず、それしかユキの動きを止められなかった。


「タク……」

 彼女も俺の背に手を回してくる。

 俺は頭に血が上るのを必死で押さえ、なるべく柔らかい口調で話し始めた。


「ユキ……正直、驚いた。ずいぶん成長してたんだな。でも、まだちょっと早いんだ……」


「……早い?」


「ああ。俺はユキのこと、好きだよ、優に負けないぐらい。でも、なんていうか……今はだけど、『自分の娘』みたいに大事に思っているんだ」


「……娘……」


「ああ。だから、もうちょっとユキが成長するの、見届けたいんだ。それまでは、『ご奉仕』なんか必要ない。そうだな……たまに今日みたいに一緒に風呂に入ってくれて、背中を流してくれたら、それで十分だよ」


「……でも、それだと……私、いつまで経ってもタクのめかけにはなれない……」


「いや、そもそもそんなつもりは無いし……もしなるとすれば、妾じゃなく、優と同じ『嫁』扱いだ。それも、ユキが俺のことを今と変わらず好きでいてくれたら、っていう前提だ。だからそれまでは……そう、父親気分でいさせて欲しい。そしてユキがもっと成長する姿、見せて欲しいんだ」

 ……ちょっと苦しい言い訳だけど、俺の正直な気持ちでもあった。


「……うん、タクがそう言うなら……私、もうちょっと娘みたいでいるよ……ときどきこうやって一緒にお風呂に入って、背中を流させてくれるのなら……」


 ……ふう、なんとか落ち着きそうだぞ。


「でも、もうちょっとって、どのぐらい? 一月? 十日?」

 いや、二年はかけたいけど……そう言うとまたいじけそうだ。


「えっと……うん、またその時に話すよ」

「うん、分かった。待ってる!」


 ようやく納得してくれたみたいなので、体を離した。

 目の前には、純真無垢な少女・ユキの裸があった。


 以前より胸の膨らみが大きくなり、背も伸び、全体的に大人っぽく、色気まで出てきている。

 素直にそう口にすると、ちょっとだけ恥ずかしそうに、照れた表情を浮かべた。


 父親が自分の娘と一緒に風呂に入って、その裸を見て褒めるのであれば……犯罪じゃないよなあ。


 そんな風に自分に言い訳をして……ユキには背中を流してもらって、一緒に湯船にはいって、いろいろ話をして……それはそれで楽しい時間を過ごせたし、ユキも満足そうだった。


 ふう、なんとかギリギリ犯罪行為に及ばず、かつユキを傷つけることなく、やり過ごせたぞ!


 その日はもう疲れたので、夕食の後、そのまま前田邸に泊まることにした。

 すでに客間に布団が敷いてあって、すぐに眠れる状態だ。


 なんか手際が良すぎるのが気になったが……まあ、なんかあったとしても、あの風呂場でさえ乗り切れたんだ、なんとかなるだろう。


 横になってうとうとし始めたとき、ふすまがすうっと開いて、誰かが入ってきた。

 ちょっとその方向に目をやると……げ、なんか薄い衣を一枚、肩に掛けているだけだ。


 逆光で顔は分からなかったが、衣の下は裸なのが、一瞬見ただけで分かった。

 俺は目をそらし、ちょっとドキドキしながら布団の中で待っている。

 風呂場であんな事があった後だ、これは誘惑されたら落ちてしまうかもしれない。


 一体、誰が来たんだ……。

 その少女は、『失礼します』と一言だけ言うと、俺の布団の中に潜り込んできた。


 あんな格好でそんな事をするということは……完全にその気じゃないかっ!

 心臓がバクバク音を立てているのが分かる。


「今夜は私が夜伽よとぎをしますね、ご主人様……」


 ……ご主人様と俺を呼ぶのは……ハルだっ!


 ユキの双子の妹で、十四歳。

 もう以前の子供のハルでないのは、ユキと同じだ。


 そんな娘が……夜伽だって?

 またまた大チャ……いや、大ピンチを迎えてしまった……。

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