第74話 修羅場
今回の不気味な探索は、正直、かなり精神的に参ってしまった。
事前に「人骨の山がある」と聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると衝撃的だった。
また、『呪い』の文言も、俺を萎縮させた。
そのことを正直に三郎さんに話すと、
「なんだ、『海原』と同じじゃないか」
と笑われた。
お蜜さんも、特に気にしている風ではなかった。
この時代の人はそういう『怖い物』に慣れているのか、それともこの二人が特別なのか……。
「よく考えてもらえば分かるはずだ。『海原』は逃げたかもしれないが、『山ノ城』は宝を移動させた張本人だ。だが、その家族に殺された者がいたなんて話、聞いていないだろう?」
……確かに、その通りだった。
「こんなのは、よくある
三郎さんの自信たっぷりな言葉に、お蜜さんも笑顔で相づちを打った。
仲間二人がこう言ってくれているのだから、と自分を無理矢理納得させ、その場の写真を撮影した。
阿東藩の隣国、深き森の奥。幾重にも施された目くらましの先に存在する、今は発掘されていない隠し鉱山の、おぞましい空間。
俺達三人は、特に目新しい発見をすることができないまま、この不気味な場所を後にした。
そしてここで撮影した写真、及び映像は、『前田邸』のみんなには見せることができなかった。
唯一、『彼女』である優にだけは、この不気味な体験を全て告白した。
彼女は話を聞いただけで顔を青くし、
「少しでも危険だと思ったら、あきらめて帰ってきてくださいね……私も呪い、怖いです……」
と、泣きそうになりながら抱きついてきた。
うーん、彼女の反応を見る限り、やっぱりあの二人が怖い物知らずなだけのようだ。
あと、やっぱり優はかわいい。
さらに一週間が過ぎた。
もうひとつ、財宝に関する手掛かりが『海老ヶ池』という場所に存在すると判明している。
ここを目指すためには、まず東海道を何十里か進む必要があったが、俺は『ラプター』の『ポイント記憶』機能で登録しているので、先回りすることができる。
ここで再び三郎さん達と落ち合い、そして目的地の『海老ヶ池』にたどり着いていた。
『海老ヶ池』は周囲四キロという規模の溜池。
水深は四~五メートルとそれほど深くはないが、常に濁っているため底までは見通せない。
フナやコイが泳いでおり、漁も行われている。
『海原の息子』も、地元の漁師を雇い、何日も掛けて探索したらしいが、結局何も見つけることができなかったという。
俺達も早速探索にかかりたかったが、ここは阿東藩ではない。よそ者が勝手に入り込んで、川底を荒らし始めたら大きなトラブルになりかねない。
漁業権とか、やっぱり地元のしきたりに従う必要があると思ったので、漁を行っている若者に声をかけてみたところ、すんなりと漁師の代表に会うことができた。
『利吉』と名乗るこの男、いかにも漁師らしく、大柄でがっちりとした体つきに、鋭い眼光。なんかちょっと怖い。歳は三十手前くらいだろうか。
交渉をまとめるのは、俺の役目だ。
「賃料を払うから小船を貸して欲しい、あと、海底を探索させてほしい」と正直に話すと、意外とあっさりと了承してくれ、さらには「人手は出さなくていいのか」とまで聞いてきてくれた。
なんでも、同じような依頼を、過去にも二回受けているから慣れているのだという。
一回は『海原の息子』だとして……もう一回は誰だろう?
三郎さんに確認してみると、『山ノ城』の遺言を知る人間は結構いるはずだから、他に宝探しの旅に出た者がいてもおかしくないということだった。
『利吉』さんに前の二組がどうなったか聞いてみたところ、やはり財宝は簡単には見つからず、あきらめたのだという。
もう少し、前の二組が誰だったのかという『情報』を手に入れたかったのだが、「その正体は明かさないという契約で金を貰っているので話せない」という。
しかし、これは逆に三郎さんを安心させた。
つまり、俺達の情報も、他に流出させないと約束してくれるのだ。
『利吉』さん、漁師の代表だけあって、ケンカが強そうなだけでなく頭もよさそうだ。
とりあえず、小舟を一艘借りて、その日のうちに探索を始めたが、すでに時刻が夕方になっていたので、その日は一旦撤収。
この夜、密かに活躍したのはお蜜さんだ。
『お近づきのしるし』として小さな宴会を開き、漁師達にうまく取り入った。
最初、『利吉』さんを落とそうとしたが、真面目で堅物な彼は乗ってこず、仕方なく口の軽そうな一人の若者を籠絡したらしい。
その彼によると、以前探索を行った二組の内の一つは、やはり『海原の息子』だったらしい。
あまり羽振りが良くなく、『宝が見つからなかった』という理由で、最初の約束から半分しか金をよこさなかったから、腹をたてているという。
そして『もう一組』についても追求したのだが、これは遂に情報を得ることができなかった。
理由は、『話すと殺されるから』。
どうも、かなりヤバい組織のようだ。その分、金払いは良かったという話だが。
どちらにせよ、『海原の息子』については既に知っていることばかりで、もう一組に関しても多くの謎が残ったままだ。
お蜜さんは「もう少し情報収集を続けてみる」ということだった。
翌日、探索再会。
その方法は、前に阿東湾で実践した方法と同じで、金属探知機を水中に沈め、それを船でゆっくりと引きずり回す。
金属反応を感知すれば、船上に置いたパトライトが光り、音で知らせてくれる。
『利吉』さんによると、前の二組は人海戦術で船を繰り出し、『竹竿で水底を突く』というやり方だったので、一向にはかどらなかったという。その意味で、『お宝を見つけると音と光で知らせてくれる』今回のカラクリに、相当興味を持っていた。
現代科学を用いたこの手法、さすがに効率が全く違う。
昼前には金属反応を検知し、三郎さんが素潜りで泥の中に沈む『銀板』を、あっけなく見つけてしまった。
所々変色しているが、刻まれた文字は十分読める。早速スマホで撮影し、岸へと持ち帰ると、好奇心旺盛な漁師達が二十人ほど集まってきた。
特に、無愛想で冷静そうな『利吉』さんも、この時ばかりは興奮している様子で、内容を見せて欲しいと言ってきたが、それを三郎さんが制した。
「この刻まれた文字の内容を見せるわけにはいかないな。契約に入っていないはずだ」
「なるほど……だが、俺達は契約の時にこう言ったはずだ。『宝探しに協力する』……つまり、『見つかった宝を譲る』とは一言も言っていない。そもそも、この池で見つかったんだ、それは俺達のもののはずだ」
……なんか、予想外にトラブってきた。
「フッ……そうきたか。別の宝探し組の入れ知恵か?」
「さあな……とにかく、そのお宝はこっちによこせ。そうしたならば、命だけは保証しよう」
……えっ?
「……これではっきりした。あんたらはこいつの『価値』を知っている。一介の漁師にしては、我々の宝探しの方法に興味を持ちすぎていると思っていたんだ……少なくとも、あんたは漁師じゃない。『宝探し組』そのものだろう?」
……えええっ?
「……察しがいいな。まあつまり、そういうことだ。あんたらは俺達が張った蜘蛛の巣に引っかかった、哀れな『蛾』という訳だ。おまけに『銀板』まで見つけてくれた。これで最終目標である『金板』を探しに行ける」
……えええええっ?
「……その様子だと、『金板』一つはもう見つけているみたいだな。だが、今回の銀板で『もう一つ』金版を見つけたとしても、あと一つ……つまり三つ揃えないと意味が無いんだぞ」
三郎さんのその問いに、『利吉』は押し黙る。
今、単なる口論のように見えるが、実は相当な駆け引きが行われている。
俺もお蜜さんもそれに気づき、成り行きを静かに見守っている。
「ふん、あんたが持つ残り一つも既に我々が手に入れているはずなんだ、『前田拓也』さんよう」
横から、一人の若者が口を挟んだ。
その言葉に、まず『前田拓也』という俺の名前が入っていた事に驚いた。
次の瞬間、その若者は『利吉』に思いっきり殴り飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。
「余計な事を言いやがって……」
『利吉』のその冷たい眼差し、そして先程の『前田拓也』という名前、俺が持つという(実際は三郎さんの組織が持っている)『金板』が手に入ったはずという情報……。
得体の知れない強烈な悪寒が、俺を襲った。
「……さて、どうする? この人数相手にケンカしてみるか?」
『利吉』はもちろん、手下の二十人近い男達も、既に刃物を持って構えている。
俺は正直、恐怖と不安、心配でパニック状態に陥りかけていた。
三郎さんはしばし思案した後、俺に、『銀板』を手渡した。
「拓也さん……それを持って、『前田邸』へ帰るんだ。そして、お優さん達を安全な場所に避難させろ。あんたなら、即それができるはずだ」
「避難……でも、三郎さん、あなた達は……」
「俺達なら大丈夫。お蜜にしても、あんたよりは強い。いや、逆にあんたは足手まといだ。この場から即刻消えてもらった方がありがたい、そいつを持って、な。あんたは、自分がするべき事だけを考えるんだ」
そう言って、笑みを浮かべる。……この人、どれだけ強心臓なんだろうか。
俺は腹をくくった。この場は、三郎さん達に任せる。
そして彼が言うように、前田邸の女の子達を守るっ!
「バル○ッ!」
俺は久しぶりに、『あの言葉』を叫んだ。
次の瞬間、俺は現代の自分の部屋に出現した。
とりあえず、荷物になる『銀板』はその場において、間髪入れずもう一つの『ラプター』で『前田邸』へと時空間移動した。
……目の前の光景に、俺は愕然とした。
めちゃくちゃに荒らされた前田邸。
ほぼ全ての戸は打ち砕かれ、破られている。
畳は庭に放り出され、あちこちの床板がはぎ取られている。
天井にも、壁にも、いたる所に穴が開いている。
咲き誇っていた庭の花々も、無残に踏みつぶされていた。
納屋や離れも、ほぼ壊滅状態。
その納屋の床下の金庫は、無くなっていた。
そして何より、誰もいない。
大声で叫んでも、なんの返事も返ってこない。
優も、凜さんも、ナツも、ユキも、ハルも――。
源ノ助さんまでも――。
俺は半狂乱になって、彼女たちの名前を叫び続けた。
すると、ほんのわずか、反応があった。
納屋の裏あたりだ。
急いで駆け寄り、わずかに物音がしたその場所を特定する。
倒れた戸板の下から、ごそごそと、弱々しく物音がする。
祈るような気持ちで、そして恐る恐る、ゆっくりとその戸板を持ち上げた。
――そこには、大けがをして虫の息の、番犬・ポチが横たわっていた――。
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