第60話 漁

 行方不明になったアキを探す旅の中で、気になった親子がいた。


 三人の浪人に脅され、俺と優を牢屋の中におびき寄せたおじさんと奥さん、アキの姿に変装させられて一緒にその牢の中に入っていた『ミヨ』という名の女の子だ。


 俺達を騙したことを相当悔やんでいるようだったが……あまり生活が楽そうだった印象は受けていない。

 脅されていたということで、お咎めはなかったはずだが……とりあえず、俺達が無事妹を助け出した事を報告し、安心させてあげようと思ったのだ。


 ところが……『ラプター』でその村に移動し、早速小さな彼等の家を訪れたところ……両親は暗い表情で、そしてミヨは涙を浮かべているではないか。


 詳しく事情を聞いてみると……彼等は自分では田んぼを持たない、いわゆる『小作農』なのだが、去年の米の不作で地主も余裕がなくなっていた上、今回の事件がきっかけで、今年は契約してくれなくなったのだという。


 この一家が生き残るためには……娘のミヨが『身売り』に出るしかない。

 ちょうど今、家族の話し合いで、それが決まったところだという。


 ミヨは数え年で十五歳、満年齢で十三歳。現代なら中学一年生だ。

 そんな歳で身売りに出されるなんて、とんでもない。


 俺は思わず「俺がなんとかします、早まらないでください!」

 と申し出たものの……ミヨだけならともかく、家族三人救うとなると、さてどうすればいいものか。


 鰻専門店『前田屋』で働いて貰おうかとも思ったが、もう十分に人手が足りている。

 それどころか、この季節は鰻が十分には取れず、一日二、三十人にしか提供できていない状態だ。


 鰻不足を解消するために現代の養殖場(実家にわりと近い場所にある)で直接仕入れられるように交渉したものの、そのあまりの値段の高さに驚いた。


 ここ数年、鰻の稚魚である『シラスウナギ』が不良で、値段が高騰しているという。

 その取引相場は、一昨年は一キロあたり三百万円だった。

 ちなみに、『金』の取引価格は一キロあたり五百万円弱。

 つまり、シラスウナギはその重量あたりの単価が、金に迫っていたのだ。


 養殖場を経営するおじさんも、

「昔はたくさん捕れていたのに……」

 と嘆いていた。

 うーん、世の中うまい事行かないものだ。


 三百年前では『ミヨ』が身売りしなければならない程の困窮、そして鰻不足。

 現代では『シラスウナギ』不足。

 それに加え、江戸時代で手に入れた『小判』の換金も、その出所が不明であるため、なかなかやりにくくなってきており、それに変わる収入源も欲しいところだ。

 商売をやっていると、なかなか思い通りにいかないものだと痛感させられる。


 ……と、ここで、さっきのおじさんの、

「昔はシラスウナギはたくさん捕れていた」というセリフが、妙に俺の頭に何度も浮かんできた。


 昔……たくさん捕れていた……。

 そして俺はまたしても、俺はある鮮烈な閃きを感じた!


「……ひょっとしたら、全ての問題が一気に解決するかもしれない!」

 商人としての俺は、その後、啓助さんの力も借りて、一気に物事を進めた。


 まず、江戸時代においては以前から『鰻の仕入れ』をしていた関係で、阿東川河口の漁民と面識があった。

 ミヨの父親も一時出稼ぎとして漁業に携わっていたこともあり、船に乗ることに抵抗はないという。


 そこで漁民達に彼を紹介し、『普通の魚は捕らず、白く小さいこの小魚を捕る』と説明。

 みんな、また『前田拓也が変なことを始めた』ぐらいにしか考えなかったようで、特に異論は出なかった。


 船は古くなった小舟を改修、特に遠出をするわけでもないので、船外機をつける必要もなくそのまま利用できる。

 シラスウナギをおびき寄せるためのLEDライト、そして発電機は、現代から俺が持ち込んでおいた。


 漁の方法は単純で、ライトに集まったシラスウナギを目の細かな網ですくう、ただひたすらそれを繰り返すだけだ。

 試しに月の出ていない日に一晩漁を行ってみたところ、五百グラムも捕ることができた。


 もし、現代で相場が変わっていなければ、これだけで百五十万円。

 もちろん、俺は大興奮した。


 ただ、天候に左右される面が大きく、満月の夜ではライトに集まらないし、大荒れの日はそもそも漁ができない。それでも、利益は大きそうだ。


 ミヨ一家は阿東川河口に移り住み、春が終わるまでの間、捕れるれるだけシラスウナギを捕ってもらうことにした。


 ミヨ、彼女の父親、そしてその奥さんも、「騙してしまったお方にこんなに親切にしていただけるなんて」と涙ながらに感謝された。

 俺は「頑張ってたくさん捕ってくれたらそれで俺も儲かりますから」と、激励した。


 次の問題は、「江戸時代で捕れたシラスウナギを、現代でどうやって売るか」だ。


 阿東川では、現在でもシラスウナギ漁が行われている。

 基本的に、シラスウナギ漁は大人の人が漁協に漁の申請を行えば、誰でも許可がもらえる(申請料はかかるけど)。


 俺では高校生なので無理だったが、叔父の名前で登録してもらうことはできた。

 『正式に阿東川で漁を行って捕れたシラスウナギだ』と言い張れば、江戸時代のシラスウナギでも買い取ってもらえるわけだ。


 ところが、なかなかうまくいかないもので、今年は豊漁で一キロ八十万円が相場だった。

 また、最初の数日は思い通りに事が進んでいたものの、ダミーとして形だけの小舟にLEDライトを積んだ俺の船は、あまりにも貧相。にもかかわらず、漁獲量は格段に多かったので、不審がられてしまったようだ。


 漁を初めて一週間目、この日も現代で形だけの操業を行っていたところ、見回りの漁業関係者が確認にやってきた。


 いつもは学生アルバイトを雇って漁をしていたのだが、この日は土曜日だったので人件費削減のため、俺しか船に乗っていない。

 念のため、大学の研究室にいる叔父に電話連絡をした。


 船を川岸につけると、見回りの怖そうなおじさんが、

「許可を出したはずの男性が船に乗っていないのは、どういうことだ?」

 と問い詰めてきた。


 俺は咄嗟に

「おなかの調子が悪いので、陸に上がってトイレに行った」

 といってごまかそうとしたのだが、むこうも

「じゃあ、すぐに帰って来るはずだな」

 と言って、帰ろうとしない。


 このまま『密漁』とでもとられるとちょっとやっかいだ。

 なお厳しく俺を追求しようとする見回りの背後から、

「拓也、すまない、遅くなった」

 と声をかける、作業着を着た一人の男性。

 帝都大学准教授、俺の叔父だ。


「叔父さん、トイレ遠かったんだね」

 と、演技がかった俺の声に反応し、叔父は

「ああ。近くにコンビニがなかったからな」

 とうそぶく。


 こうなれば、見回りの人に文句をいわれる筋合いはない。彼はすごすごと帰って行った。


「作業着を着るのに少々手間取った。だがなんとか間に合ったようだな」


 俺の叔父は、そう言って自慢げに両腕に装着された時空間移動装置『ラプター六号』、『ラプター七号』のツインシステムを見せつけた。


――西暦2020年、1月。


 叔父は既に、二つの『ラプター』を使用することにより、『六百年前の過去』を経由しての時空間移動に成功していたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る