第56話 三姉妹
俺と叔父が桜子ちゃんのためにペットショップで柴犬を購入している頃、妹のアキは母に付き添われて警察署に赴き、失踪してから今までの経緯について事情を聞かれていた。
そして夕方、ポチの件がようやく片付いた頃、現代に帰ってきた俺は叔父に呼ばれ、一緒に警察署に行く事になった。
やはり、警察官はアキの証言の理解に苦しんでいるとのことだった。
署内でアキに会ったのだが、疲れている様子で、半べそだった。何を言っても信用してくれない、というのだ。
さっそく、俺も取調室のようなところで話を聞かれた。
基本的に、一人ずつでしか事情聴取されない。
ここでは、叔父から『正直に話せ』と言われていたのでそうしたのだが、やはりタイムトラベルの箇所で刑事さんは頭を抱えた。
そのうちに、『特別に』だが、俺とアキ、母、叔父の四人は、捜査本部のある部屋に呼ばれた。
男性が七人、女性が一人。全員スーツ姿の刑事だ。
叔父がこの件の核心部分を話す、というのだ。
帝都大学准教授、天才とも変人とも称される物理学者の叔父は、以前からこの捜査本部に出入りしていた。
実は今まで度々、怪事件の真相究明を要望され、嫌々ながら協力し、解明してきた実績があるのだ。そのため、叔父にとっては捜査員全員が顔見知りだった。
「……そもそも、今回みなさんが頭を抱えている原因は、『時空間移動』の概念を理解していないことにある。本来ならば、もっと大きな学会などで発表したかったところだが、ここは姪っ子の名誉のためだ。ひとつ、実験をしてみようと思う」
叔父はそう言うと、大きめのメモ用紙を一枚、取り出した。
そこに、隣にいた女性刑事に好きな記号や文字を書くように指示。彼女は怪訝そうな表情を浮かべながらも、○の中に×の入った警察署の地図記号、それとその下に今日の日付を書き足した。
「ふむ。これでいいだろう……拓也、ツインラプター・システムは、この三時間以内、使用していないな?」
「えっ、はい、最後に使ってから四時間は経っていると思うけど……」
もう夜の八時。事情聴取は相当長引いていた。
「よろしい。では、このメモを持って、過去に行き、写真を撮って帰ってきなさい」
「えっ……こんな大勢の前でラプターを使っても?」
「構わない。どうせいつか発表しなければならないことだ」
叔父が覚悟を決めた顔をする。
俺は頷き、ラプターを操作し、そして三百年前の前田邸へと向かった。
「きゃあっ!」
「どわあぁ!」
俺と優が、同時に声をあげた。
いきなり俺が玄関に出現したものだから……たまたま扉を閉めようと歩いてきた優とぶつかってしまったのだ。
「拓也さん……ふう、驚いた。どうしたんですか、庭じゃなく玄関に来るなんて」
「ああ、ちょっと遅い時間だから、もう戸締まりしてるかと思って。時間がないんだ、こっちに来て……あ、ちょうどいいや、凜さんも」
二人の声を聞いて凜さんが出てきていたので、三人一緒のところをスマホで撮る。
フレームに収まるように、現代から持ってきた例のメモもかざしていた。
無事撮影終了、そのまま慌ただしく、あらかじめ登録していた元の捜査本部へと戻る。
この間、わずか二分。
戻る前の、優と凜さんのきょとんとした表情が印象的だった。
風きり音と共に、再び出現した俺の姿を見て、
「うおおぉ!」
という、どよめきとも、歓声ともつかないものがあがった。
そして、優、凜さん、俺の三人と、例のメモ、奥に囲炉裏部屋が写ったその写メを全員に見せた。
「……これは、例の三姉妹の姉二人っ! ……しかも、この古風な格好っ!」
「写っているメモも確かに、さっき書かれたものだ……まさか、博士、本当にタイムトラベル発生装置を開発したのか……」
全員、驚嘆の表情。
「……三姉妹、実在したのか……」
さっきから、三姉妹って何のことか分からない。
俺の表情を見て、この件の主任担当である三十代後半ぐらいの刑事さんが説明してくれた。
「……知っての通り、今回の一件、中学生の少女が帝都大学内から謎の失踪を遂げたということで、全国区のニュースになっている。我々も捜査本部を立ち上げたが、いくつもの不可解な事案が浮かび上がっていた……」
要約すると、以下のような事だった。
まず、当日の大学内の防犯カメラを調べると、俺、叔父、アキの他に、もう一人別の女性が写っている……もちろん、それは優だ。
ところが、いくら調べても優の素性が判明しない。
俺の彼女だということは分かっていたのだが……俺の家族以外、だれもその存在を知らなかったのだ。
そしてアキの失踪がニュースで流れ、情報提供が呼びかけられたのだが、一件だけ『アキ』と『優』が関連する、有力な情報が得られた。
二人が一緒に写っている写真が存在するというのだ。
俺もアキも、スマホやデジカメで撮影した覚えはなかったのだが……プリントされたサンプルを見て、二人とも「あっ」と叫んだ。
あの日、家から大学までの途中で『タウン誌の取材』ということで撮ってもらった、姉妹のように仲良く並んだ二人の写真だった。
さすがプロの撮影、もともと可愛らしい顔立ちの二人が、本当にアイドルと見まがうばかりに映えている。
表情も、満面の笑み。
近い将来、義理の姉妹になるというこの二人、雑誌社は今回の事件がなければ『女神すぎる姉妹』として次号の表紙にしようとすら考えていたという。
確かに……これは本当に『奇跡の一枚』だ。
今まで、妹はあまりに身近に存在していたので、年頃の女性として意識することなんてなかったけど……こうして見てみると、優に負けないぐらい輝いている。
どうりで向こうの世界でも、天女として崇められていたわけだ。
まあ、それはさておき。
この写真と防犯カメラの映像で、優が『実在の人物で、アキと面識がある』ことは確定した。
さらに、俺と叔父についても、調査の段階で不審な点がいくつも浮かび上がったという。
叔父は小判を十数枚、貴金属店に販売している。
しかしそもそも貴重なはずの『元禄小判』を、どうやって入手したのか。
叔父は正直に
「甥が江戸時代で入手したものだ」
と話していたが、もちろん信じられるはずもない。
また、叔父は現代の真珠一千粒を買いつけたのだが、その後どこに消えたのかが分からない。
「甥が江戸時代に持って行った」
という主張も、相手にしてもらえていなかった。
それに加え、第三の女性も浮上していた。
『凜さん』の動画が、『優』と共に叔父のスマホに残っており、『二人が姉妹である』ことが映像の中で語られていたのだ。
これは俺が叔父に頼まれて、動画交換の仲介役を果たしていたからなのだが……。
凜さんに関しては優以上に情報が存在しない。
アキ、優、凜さんという、刑事さん達に言わせれば『美少女三姉妹』。
謎の多い姉二人、出所不明の『元禄小判』、消えた『一千粒の真珠』、そして末っ子『アキ』の失踪……。
捜査本部の面々は、この見つけられない三姉妹を1980年代のマンガになぞらえて『キャッ○・アイ』と呼び、極秘に捜査を進めていたという。
もし、本当に『時空間移動』が成されていたのであれば、全て説明がつくのだが、現段階でこれを事実として発表するわけにはいかない。
結局、その夜九時過ぎのニュース速報で
「行方不明の女子中学生、無事発見」
「失踪後の動向については調査中」
と発表され、それ以上は彼女がまだ中学生であることを考慮して報道されなかった。
ともかく、無事発見により警察は面目を保った。
また、アキを探すためにどれだけ警察官が捜査を頑張ってくれたか、叔父から聞かされた当の本人は、半べその態度を改め、母や俺共々、深くお礼の言葉を述べた。
その後、俺にもアキにも、心配していた教職員や友人から電話やメールがひっきりなしに届く状態。皆一様に無事だったことを喜んでくれていた。
うーん、午前中にポチを探している場合じゃなかったな……。
ただ日本のマスコミは、無事発見された失踪者に対しては関心が薄く、翌々日にはほとんどなにも報道されなくなっていた。
俺はたまに、幻の『女神すぎる姉妹』の写真を眺めては、これが世間に発表されなかった安堵と同時に、若干の残念さを感じるのだった。
そしてこの時点では、俺が刑事さん達の目の前で『ラプター』を使用したことにより、また新たな問題が発生するなど、考えてもいなかった。
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