第42話 仙術
サブさんは、本来の名前を三郎というようなので、そう呼ぶことにした。
蜜さんは、お蜜さん。そのままだ。
ただ、これが本名かどうかというと、それは想像に任せるという。
だが、俺はある疑念を抱いていた。本当に『
その事を単刀直入に聞いてみると、二人は顔を見合わせた。
「さすがに藩主様に認められるだけあって、目の付け所が鋭いな。簡単に言えば、『その方が話が早い』ときはそうする、というだけだ。信じる、信じないはそちらで決めてもらってかまわない」
「なるほど……そういうことですか」
つまり、騙し合いの可能性だってあるという訳だ。
けど、それでかえって二人のことを信用できるような気がした。
あと、どうやって牢から脱出したのか聞かれたので、俺は牢の脇に置いてあったチェーンソーを取ってきて、それで庭の薪を切り刻んで見せた。
「これは……一体、どいういうカラクリなんだ……これも『仙術』なのか……」
三郎さんもお蜜さんも、驚き、そして興奮していた。
「あなたたちが言う『仙術』は、奇跡でも何でもなく……『三百年後』の技術です。今から三百年後には、これが当たり前になっています」
「なるほど……こんなものがあるのなら、マサカリで木を切ったりする者はいなくなるな。それにしても……あんたが三百年後から来た人間、というのは本当だったか」
「……それも知ってましたか。まあ、信じる、信じないはそちらで決めてもらって結構です」
俺はさっきの彼等の言葉を引用し、やり返した。
三郎さんはニヤリと笑った。
「なるほど……じゃあ、もう一つ聞きたいんだが……三百年後からこっちにやって来られるのは、あんただけなのか? あと、逆に俺達が三百年後に行く事はできないのか?」
核心をついた質問だった。
「……その通りです。しかも、重量制限があって、あまり重い物は持ち込めない。これも、信じてもらうしかないのですが……俺以外に、あなた達が言う『仙術』を使える者がこの時代にいないことから、想像してもらえればいいかと。唯一、妹のアキだけがこっちに来たようですが……知っての通り、失敗して大事になっています」
ここでは、優が三百年後に移動できたことは伏せておいた。
「ふーむ……あんた以外、無理なのか……それは残念だな……」
「ただ、あなた達が『仙術』を望むなら、今回のように手助けをしてもらえるなら、ある程度提供はできますよ……例えば、このチェーンソー……差し上げます」
その言葉に、二人は、「えっ」という感じでこちらを見つめた。
「いいのか、こんな貴重な物を?」
「ええ。たぶん、俺達はこの先使うことはないでしょうし、荷物になるだけですから。ただ、燃料がなくなると使えなくなるので、注意してください。使い方は……」
そのチェーンソーについて詳しく説明したところ、二人は興味深そうに聞き入っていた。
「しかし……あんたは、こんなに簡単に俺達を信用していいのか?」
三郎さんが、半ばあきれ顔で聞いてくる。
「このチェーンソーなんか、たいした秘密でもないですし、例えば武器として使うならばあなたの持っている
「ふむ……しかし、今度はこっちが納得できない」
自分達があっさりと信用されていることに合点がいかないようだ。
「ならば、もう少し、あなた達の事を教えていただきたいとは思います。たとえば、『忍の組織』とはどういった物なのか、とか、あなた達の位置づけとか、なぜ『忍の世界』に入ったのかなど……」
「……私たちは、正式な『忍』ではないわ。いわば、『忍の下請け』よ」
今まで成り行きを見守っていたお蜜さんが口を開いた。
三郎さんは一瞬、慌てたように彼女を見つめたが、特に止めはしなかった。
「正式な『忍』は、どこかの藩に雇われて、その身分を保障されているけど、私たちは単に『忍』と名乗っているだけ……仕事も、来たり来なかったり。内容によってその金額が決まるわ。逆に、私たちが正式な『忍』から情報を買うこともあるわ。江戸における『天女』の話もその一つ。だから、信用していいわ」
お蜜さんの口調は、どこか穏やかだった。
「私たちは正式な『忍』からすれば、蔑まされた身分。実は私は……身売りされた娘だった」
彼女の告白に、俺も優も、はっとその顔を見つめた。
「そう、お優さん、あなたと同じように……ただ、あなたは拓也さんに拾われ、そして私は『忍』の頭領に拾われた。ただ、その内容は私の場合、自分の体を、情報を得るために使うよう訓練された……それがどれだけ屈辱的で苦痛だったか、分かるかしら?」
……俺達は、言葉がなかった。
「借金を返し、ある程度、自由に行動できるようになった今でも……結局、この仕事を辞められない。それでサブと手を組んだ。だから、幸せそうなお優さんに、実はちょっと嫉妬していたのかもしれないけど……拓也さんの妹を必死に探している姿を見てると、切なくて……」
お蜜さん、そんな風に思っていたのか……。
「……サブは、本来は正式な『忍』として活躍するべく、教育を受けていたの。でも、彼にはある欠点があったわ」
彼女がそう切り出したとき、さすがに三郎さんは止めようとした。
「いいじゃない、この人達にはきちんと言っておいた方がいいわ。それに、『仙術』で治してもらえるかもしれないじゃない」
彼女の言葉に、三郎さんはしぶしぶ頷いた。
「実は彼……『
「近目……近眼ってことですね。だったら、眼鏡をかければいいのに」
「眼鏡? 近目を直す眼鏡なんてあるのかしら?」
俺は、百科事典をインストールしているスマホで調べてみた。
なるほど、江戸時代の眼鏡は老眼用、つまり遠視用の虫眼鏡のようなものしかないようだ。
「……大丈夫。三百年後なら、いろいろ種類があるから、はっきり見えるようになりますよ。今度、いくつか種類、持ってきます」
「なっ……本当か? そんなに簡単に見えるようになる物なのか?」
「ええ。俺達としても、三郎さんが遠くの物が見えるようになった方がありがたいですから」
「……本当にそんな奇跡が起こるなら、俺は今後もずっとあんたらを手助けするよ」
……もうその頃には、俺達はずいぶんと打ち解けていた。
お蜜さんや三郎さんの苦労を知り、お互いの人柄が大分理解できたからだろう。
「……だが、これから江戸を目指すのは、かなり大変になりそうだな。あんたらはすでに有名になりすぎた。金目当てに、さっきの盗賊みたいなヤツが出てくるかもしれない。いや、それよりも目的の神社、『明炎大社』からの妨害があるかもしれない。素直に東海道を進んでいくのは考え直した方がいいかもしれないな」
「うーん、けど、そうなると海上を進むぐらいしか手がなくなるけど、手こぎの小舟なんかだと到底たどり着けないだろうし、かといって大船なんかには特別な許可がないとなかなか乗せてもらえないだろうし。エンジンのついた小船でもあったら便利なんだろうけど、この時代にそんなものは……」
ここで、俺の脳裏に、ある機械が思い浮かんだ。
急いでスマホの情報を当たってみる。
「あった……これならいけるかも……」
船外機……取り外し可能な船の小型モーターだ。
二馬力、四人乗りのボートで時速二十キロ出るという。
重量は十キロ。
もちろん、燃料は必要だが、俺がラプターで随時運べば問題ない。
「優……江戸まで一日で行けるぞっ!」
彼女やお蜜さん、三郎さんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐ笑顔になった。
みんな既に知っていた……『仙術』、つまり三百年後の技術がいかに優れたものであるかを。
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