第64話

「……ええと」

 アレンは、困った顔でユミルのほうを見やった。

「ええと――ど、どうしましょう、ユミル?」

「この場ではなんの返事もしないで下さい、アレン」

 ユミルは、アレンを自分の背にかばった。

「パルロゼッタさん、申しわけありませんが、上の者と相談する必要がありますので、この場でのご返答は致しかねます」

「であるか。それで、『上の者』というのは、イェントン家当主の、ザイーレン氏のことであるか? それとも――」

 パルロゼッタは、ヒョイとクレアノンのほうを見やった。

「そこにいらっしゃる、黒竜のクレアノンさんのことであるか?」

「私は、ユミルさんの、『上の者』なんかじゃないわ」

 クレアノンは、ゆっくりとかぶりをふった。

「私とユミルさんとは、仲間、それとも、友達どうしよ。私がユミルさんの上に立っているわけじゃないわ」

「であるか。ということは必然的に、『上の者』とは、ザイーレン氏ということになるのであるな。なるほど」

 パルロゼッタはコクコクとうなずいた。

「まあ、今この瞬間に返事をしてくれなくてもよいのであるよ。そのかわり、吾輩が――セティカがそういう申し出をした、ということは、覚えておいてほしいのであるよ、うん」

「ねえ、パルロゼッタさん」

 クレアノンが口をはさんだ。

「申しわけないけど、お話が長引くようなら、そこにいるアレンさんを、どこかに座らせて、休ませてあげたいんだけど。アレンさんはね、いま、妊娠の初期で、とても大切にしなければいけない時期なのよ」

「おお、それはそれは、吾輩としたことが!」

 パルロゼッタは飛び上がった。

「気がつかなくてすまん事をしたのであるよ。ではでは、みなさま……」

 と言いかけ、川原に集う大人数に、パルロゼッタはちょっと目をむいた。

「……あー、ここにいる全員が、吾輩の移動書斎に入るというのは、ちと無理があるのであるな。えー……どうするべきであるかな……」

「だったら、パルロゼッタさん」

 クレアノンはにっこり笑った。

「私の家に、ご招待したいんだけど、あなたのご都合はよろしいかしら?」

「おりょ? クレアノンさん、このハイネリアに、家なんか持っているのであるか?」

「ええ。ついこのあいだ、新築したの」

「むむ、であるか。それでは喜んでお邪魔するのであるよ。この移動書斎も、一緒に持って行ってもいいであろうか?」

「そこの幌馬車のこと? ええ、いいわよ。庭に置いておけばいいわ」

「であるか。それはありがたいのであるな。アスティン!」

 パルロゼッタが、幌馬車に向かって叫ぶや否や。

『なんだ?』

 伝声管のようなものを通したとおぼしき、いささかくぐもった声が幌馬車から響いた。

「こ、この騒ぎの中、いまだに幌馬車からおりてきていない人がいたんですか!?」

 ユミルがあっけにとられた声をあげる。

「ノームのアスティンであるな。吾輩の、秘書兼助手兼、移動書斎の運転手であるな。おお、そしてもちろん、友人でもあるのであるぞ」

「な、なるほど」

『どうした、用を言え、パル』

「移動であるな。吾輩達はこれから、黒竜のクレアノンさんの御宅に、お呼ばれするのであるな!」

『何人乗るんだ、パル』

「ああ、ええと」

 パルロゼッタは、クルリとあたりを見まわした。

「ううむ、妊婦さんは、やはり乗せてあげるべきであろうか。しかし、乗り物の揺れが、妊婦さんの体にさわってもいかんであるしなあ――」

「あ、ありがとうございます、パルロゼッタさん。わ、私なら大丈夫です。歩いて帰れますので」

「であるか。では他に、乗りたい人はいるのであるか?」

「ぼく、乗りたいなあ」

 サバクトビネズミ族の獣人、オリンがのんびりと手をあげる。

「オリンちゃんが乗っていくなら、私も乗っていく」

 豹の獣人、ナルアもオリンに続く。

「あー、オレとマスターは、空間転移していったほうが早いッスね」

「そうだな」

「んじゃ、クレアノンさん、お先に~」

 エリックがヒョイと虚空に消える。

「クレアノンさん、ハルディアナさん達にお伝えして、用意をしておいていただきましょうか?」

「そうね、お願いするわ」

「ユミルさんの素性は、まだハイネリアの人達に対して隠す必要がありますか? でしたら私、連絡を終えたらすぐに戻って結界をはりますが」

「なに、そんな必要はないのであるよ」

 パルロゼッタがニヤニヤと口をはさんだ。

「ユミル氏は、吾輩の移動書斎に乗っていけばいいのであるよ。ギリギリ、それくらいの余裕はあると思うのであるな」

「…………ご招待にあずかりましょう」

 数瞬のあいだに、様々な考えをめぐらせたらしいユミルが、わずかに顔をしかめてうなずく。

「うむうむ、そうするがよいのであるよ」

 パルロゼッタがうれしそうに揉み手をしながら何度もうなずく。

「ああ、忘れてたッス」

 そのパルロゼッタの目の前に、なんの前触れもなくエリックが出現した。

「ドヒャ!? ビ、ビックリしたのであるよ!」

「あ、ゴメンチャイ。あのねー、エリちゃん忘れてたッス。――はい」

 エリックは虚空から、色とりどりの花を束ねたかわいらしい花束と、様々なケーキを何種類も乗せた大皿を取り出してみせた。

「パルロゼッタさんにプレゼント――っと、贈り物ッス❤」

「え――吾輩に、であるか?」

「そうッス。お近づきのしるしッス♪」

「……わあ」

 パルロゼッタは目を輝かせた。

「吾輩ひさしく、こんな素敵な贈り物をもらったことがないのであるよ! エリック氏、これは、悪魔の魔法で生みだしたものであるか? 時間がたつと、霞になって消えてしまったりするのであるか?」

「いやあ、大丈夫ッス。いきなり消えたりはしないッスし、体に害もないッス。まあ、その、この世界の物じゃ、ないっちゃないんスけど」

「――であるか」

 パルロゼッタは、本当にうれしそうに微笑んだ。

「それは何よりであるよ! そんな素敵で珍しい贈り物をもらえる者なんて、まずめったにはいないのであるよ!」

「気に入ってくれたんならうれしいッス」

「すっごく気にいったのであるよ!」

『――おい、パル』

 幌馬車――いや、パルロゼッタ言うところの、移動書斎からアスティンの声が響いた。

『いつ移動するんだ? 俺のほうの準備はもう出来たぞ』

「ああ、アスティン、今行くのであるよ」

 ロゼッタは、移動書斎に向かってヒラヒラと手をふってみせた。

「ありがとうであるよエリック氏。吾輩とってもうれしいのであるよ」

「そらそらどーも❤ 何か、人の道を外れてでも、どーしてもかなえたい望みとかある時には、悪魔のエリちゃんにご連絡を❤ あ、もちろん、もっと気軽に、おやつでもつまむみたいな感覚で、チョイチョイッと契約結んで下さっても、ずぇんずぇんオッケーッスよ♪」

「こいつの口車に乗ってはいけませんよ、パルロゼッタさん」

 パーシヴァルは、ギロリとエリックをにらんだ。

「悪魔と契約を結んだ者の末路なんて、ろくなもんじゃありません」

「アララン、マスター、今の待遇にご不満でも?」

「一般論だ。だいたいエリック、今はおまえ、クレアノンさんと専属契約を結んでいるだろうが。よけいな脇道にそれるんじゃない」

「アイアイ、リョーカイ。んじゃ、ま、パルロゼッタさん、その気になったらいつでもご連絡下さい。待ってるッスよん❤」

「やめておいたほうがいいですよ。悪魔はね、人の倫理と論理がまるで通用しない存在なんですから」

「あなたは悪魔ではないのであるか?」

 パルロゼッタは首を傾げた。

「――つい最近まで、人間でしたからね。いささか忠告もしたくなるというものです」

「……であるか」

「そんじゃ、ま、行きましょっか、マスター」

「そうだな。それではみなさん、失礼いたします」

「まったね~♪」

 パーシヴァルとエリックが、ヒョイヒョイと虚空にかき消える。

「……なかなかに、面白いかたがたであるな」

 パルロゼッタは、軽く肩をすくめた。

「では、クレアノンさんとアレンさんは、歩いて帰るのであるか?」

「そうねえ」

 クレアノンは小首を傾げた。

「アレンさん、大丈夫? 無理はしないでね、ほんとに」

「大丈夫ですよ、クレアノンさん」

 アレンはにっこりと笑った。

「私、病気じゃないんですから。ハルディアナさんやエルメラートさんも、あんまりじっとして動かずにいすぎるのも、赤ちゃんにはよくないんだっておっしゃってましたし」

「そう? じゃあ、パルロゼッタさん、私達は歩いて帰るわ。パーシヴァルが、私の家にいる仲間達に連絡をしてくれているから、私の家で、みんなとおしゃべりでもしながら、少し待っていてくださる?」

「ナルアさんとオリンさんも、それでよいのであるか?」

「私に異存はない」

「ぼくもそれでええよ」

「であるか。では――アスティン! これからみんなが乗り込むのであるよ。よろしく頼むのである。――クレアノンさん」

「なあに?」

「御宅の住所を教えて欲しいのであるな」

「ええ、いいわよ」

 クレアノンは、住所を教え。

 かくしてみなが動き出す。

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