第62話
装飾過剰な幌馬車から、真っ先に飛びだして来たのは、
「オ、オリンちゃん、だ、大丈夫!!?」
しなやかで強靭な肉体を持つ、豹の獣人、女戦士ナルアであった。
ついで。
「待つのであるな、待つのであるな! わ、吾輩にあてさせるのであるな!!」
燃えるような赤毛を四方八方にとっちらかせた、ずんぐりむっくりのホビットの女性だった。短い足を懸命に動かし、まさに転がるように川原を走ってくる。
「だいじょぶやあ、ナルアしゃん。あのな、クレアノンしゃんな、ぼくがお願いしたから竜の姿になってくれたのやで」
ナルアのたくましい腕に抱きあげられたオリンが、のんびりと言う。
「ああッ!? な、なんで言ってしまうのであるか!?」
ホビットの女性は、がっくりと肩を落とした。
「あ、あなたに言われなくても、吾輩知っていたのであるな! そ、そこにいらっしゃる黒竜は、ディルス島出身の、クレアノンさんなのであるな!」
「やからさっき、ぼく、この人クレアノンしゃんやって言うたやんか。あ、人じゃなくて、竜やったの、うん」
「だから!」
ホビットの女性は、悔しげにじだんだをふんだ。
「あなたに言われる前から、吾輩はそのことを知っていたのであるな!!」
「あら、それは光栄だわ」
クレアノンはクスクスと笑った。
「私、意外と有名だったのね」
「セティカの情報網を、甘く見てはいかんのであるな!」
ホビットの女性は、大きく胸をはった。
「……ところで」
ホビットの女性は小首を傾げた。
「吾輩は、あなたのことを知っているのであるが、あなたは吾輩のことをご存知であろうか?」
「知っている――と、思うけど」
巨大な黒竜もまた、小首を傾げた。
「あなたは、ホビットの社会学者、パルロゼッタ・ロディエントさん――でしょう?」
「おお」
ホビットの女性――パルロゼッタの小鼻が、プクンとふくらんだ。
「吾輩も、これでなかなか有名なのであるな!」
「そして、セティカの勧誘部隊長さん――でしょう?」
クレアノンはクスクスと笑った。その笑い声は人間の女性のものなのであるが、小刻みに身を震わせているのがどこからどう見てもまぎれもなく巨大な黒竜である、ということになると、これはどうも――これは、なかなか――。
「そ、その――ク、クレアノンさん、と、お呼びすればいいんだろうか?」
ナルアがいささか、気後れしたように問いかけた。
「ええ、それでいいわ。あなたは――ナルアさんね? エリックとパーシヴァルから話は聞いているわ」
「あ、ああ、そうか。そ、その、クレアノンさん、厚かましいことをお願いするようで申しわけないのだが――」
ナルアは目を白黒させながらクレアノンを見あげた。
「もう少し、その――その、なんというか、気軽に話が出来るような姿になっていただけないだろうか? い、いや、あなたに私達を襲うつもりなど毛頭ないことぐらいはわかるのだが、どうもその、職業柄というかなんというか、その、ここまであからさまな脅威が目に見えていると――」
「あら、ごめんなさい」
クレアノンが竜身に変じた時よりは、いささか軽やかで、クルクルと渦を巻くような風が吹いた――ように、その場にいた皆には感じられた。実際には、物理的な風が吹いたわけではないのだが。
「――これでいいかしら?」
「ああ、ありがとう。わがままを言って申しわけない」
「別にわがままとは思わないわ。あなたがたからすれば、当然な感じかただと思うし」
人身に変じたクレアノンは、ナルアに向かってにっこりと笑いかけた。
「改めまして、こんにちは。初めまして。私はクレアノン。竜族、ディルス出身の、黒竜のクレアノンよ」
「――こちらこそ、初めまして」
ナルアは、そのたくましい腕の中のオリンをそっと下におろし、ナルアに向かって深々と頭を下げた。
「私の名は、ナルア・シェガリアン。オルミヤン王国より派遣された、ニルスシェリン大陸探検隊の隊長を務めている。以後、どうぞ昵懇に頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いするわ」
「むむ、むむ、研究対象が、新たなる研究対象と、接触、および交流をはじめようとしているのであるな」
パルロゼッタが、その緑に金の斑点を散ばせたような瞳をキラキラさせて、クレアノンとナルアとを等分に見やった。
「いやあ、これは、吾輩これから忙しくなるのであるな!」
「ああ、パルロゼッタさん、そう言えば、聞きたいことはもう他にはないのか?」
ナルアが、パルロゼッタからわずかに身をひくようにしながらそう問いかける。
「とんでもないのであるな!」
パルロゼッタは、飛び跳ねるようにしてナルアの顔をのぞきこんだ。いや、実際、ナルアよりかなり背の低いパルロゼッタからすれば、自分の身長の半分かそれ以上は飛び上がらないと、ナルアとまともに目をあわせることが出来ないのだ。
「まだまだ序の口に決まっているではないではあるか!!」
「そ、そうか」
ナルアははっきりと一歩、パルロゼッタから身を引いた。
「だ、だったら申し訳ないが、この続きは、また日を改めて、ということにしてはいただけないだろうか? ほ、ほら私、隊員達おいてきちゃったし! あ、あいつら、ほったらかしとくといったい何しでかすかホントに心底わかんない連中だからいやほんと!!」
「ああ、それは、ナルアしゃんの言う通りやね」
オリンが大きくうなずく。
「あいつら、虫より馬鹿なくせに、無駄な行動力だけは三日三晩大安売りの大売り出しをやっても品切れにならんほど持っとるからね。二日酔いでうなっとる時ならまだしも、酔いがさめてナルアしゃんがおらんかったら、何やらかすかほんまにわからんからね、うん」
言いながらオリンが、何度も大きく、そのまるく、ふかふかと毛の生えた頭をうなずかせる。
「…………ほんとに、そうだね」
ナルアは、深々とため息をついた。
「じゃあ――」
言いかけ、ナルアは、クレアノンを見やって大きく息を飲んだ。
「…………ええと」
「何かしら?」
「あ、あなたは――りゅ、竜、なんですよ、ね?」
「ええ」
クレアノンがうなずく。
「…………生まれて初めて竜と出会ったというのに」
ナルアは大きく天を仰いだ。
「何を手ぶらで帰ろうとしているんだ、私は」
「そうそう、そのとおりであるよ」
パルロゼッタは我が意を得たりとばかりにうんうんとうなずいた。
「せっかくこんなに面白い面々が顔をそろえたのであるよ。みな腰を据えて、じっくりと語りあうがよいのであるよ、うん」
「…………アア、ナントイウコトデショウ」
エリックが、奇妙な片言でつぶやいた。
「正真正銘、アクマデ悪魔ノえりチャンガ、周リノきゃらノアマリノ濃ユサニ…………」
エリックは、大きく息を吸い込み――。
「っだああああああああッ!! そ・ん・ざ・い・か・ん・の、アッピ~~~~~イイイィィィイイル!! を、しなきゃやってらんねえええええええッス!! みっなさーん、エリちゃん、エリちゃん、エリちゃんをお忘れなく!!」
「……忘れるもなにも」
パルロゼッタはきょとんとエリックを見つめた。
「吾輩そもそも、あなたのことをまるっきり知らんのであるな」
「…………すみません、ほんとに。あんな変な男で」
エリックの後ろでは、パーシヴァルが、ポカンと状況を見つめる、ユミルとアレンに深々と頭を下げていた。
「あれで悪気はないんです、い、一応」
「むむ、そちらのかたがたのことも、吾輩まるで――」
言いかけパルロゼッタは、大きく息を飲んだ。
「……ゆ、行方不明になっていた、イェントン家のユミル氏ではないか!?」
「…………ええ、そうですよ」
ユミルは静かにうなずいた。
川原を、一瞬の沈黙が包み込んだ。
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