第56話
「そーそーそー! こいつ、非常食として俺達の隊に加わったんだよな!」
茶色い毛並みの大柄な犬の獣人が、サバクトビネズミ族の獣人、オリンを指さしてケラケラと笑う。
「うるさいやあい! 誰が非常食やあ! んなこと言うならおまえのほうがよっぽど食いでのある体しとるやろうが、おぅん?」
オリンが小さなこぶしでポコポコと犬の獣人を殴る。パーシヴァルは、このきわどすぎるジョークにどう反応していいのかわからず目を白黒させ、エリックは何の屈託もなくケラケラと笑い転げていた。
「やめんかマット。オリンちゃんをからかうな」
豹の獣人、ナルアが、犬の獣人、マットの頭にゴツンとげんこつをくらわす。
「あーもう、冗談ですってば隊長」
「そういうつまらん冗談はよせ。こちらの大陸のかたがたが本気にしたらどうする」
「あ――や、やっぱり冗談ですよねえ」
パーシヴァルが、ホッと胸をなでおろす。ちなみに今、パーシヴァルは結界をはってはいないのだが、辺りを取りかこむ獣人達の団体のおかげで、パーシヴァルもまた、他の大陸から来た種族か何かだろうと思われているらしく、珍しそうにチラチラ見てくるものはいても、誰も騒ぎたてようとはしない。
「――他に手段がない場合には、一部を犠牲にしてどうにか生きる算段をするということもありますが」
ナルアは、真面目な顔で言った。
「私達にとっても、やはり、共食いは最大の禁忌です。その禁忌が不問に処されるのは、他の手段すべてを失った時だけです」
「そうですよねえ」
パーシヴァルが大きくうなずく。
「つーか、オタクら、いったいどこまでを同族とみなしているんスか?」
エリックが無遠慮に問いかける。
「私達の姿形が、あまりに違いすぎるからそんなことを思われるんですね?」
ナルアはクスリと笑った。
「確かに私達獣人族は、あなたがた人間族や亜人族と比べて、種族内での個体差が非常に大きい種族です。しかし、私達はすべて、『獣人族』という、大きな種族の一員です。あなたがたにだって、国や人種の違いはあるでしょう? 私達がどの動物の姿と力を受け継いでいるかというのは、あなたがた人間に、いろいろな髪の色や目の色があるのと、ほんとはそんなに違いがあるわけじゃないんですよ」
「あー、オレはなんつーか、あくまで悪魔であって、人間とも亜人ともちがうんスけど」
「――」
エリックの言葉に、ナルアはその黄水晶のような目をスイと細めたが、口をはさまずにエリックをじっと見つめた。
「つーとあれッスか、そこの、えー、マットさんと、オタクが結婚すると、ちゃんと赤ちゃんが生まれてくるわけッスか?」
「おお、隊長、それは大変いい案です」
マットがにこにことうれしそうに笑う。
「さささ、隊長、いつでも俺の胸に飛び込んできて下さい!」
「あっ、マット、てめえ、何抜け駆けしてんだ!?」
「隊長は、みんなの隊長だろお!?」
「血の誓いを破るからには、それなりの覚悟が出来てるんだろうな!?」
とたん、周囲の獣人達から、かなり本気の拳の群れがマットに襲いかかる。
「…………すみません、馬鹿ばっかりで」
「ほんにのう」
ナルアとオリンが、そろってため息をつく。
「どーしてこう、男は馬鹿ばっかりなんやろ。あいつらもう、虫より馬鹿やね」
「ほんとにね。オリンちゃん、私達だけは、あんな馬鹿どもからは一線をかくし、知性と理性を守り続けていこう」
「そうやそうや。ぼくらが探検隊の良心やで。ほんとにまったく」
「ヒャッヒャッヒャッ!」
エリックが、けたたましい声で笑い転げる。
「いやいやいやいや、時には知性と理性をほっぽり出すのも、けえーっこう楽しいものッスよ? ま、それはさておき、どーなんスか? 豹と犬が結婚しても、子供は生まれてくるんスか?」
「『動物の』豹と犬だったら、そんなことは不可能でしょうが」
ナルアが真面目な顔に戻る。
「私達獣人に限っての話であるなら、ええ、子供は生まれてきますよ。というか、そういう婚姻で子供が生まれてこないとしたら、私達はあっという間に、血が濃くなりすぎてしまいますよ」
「まあ、ぼくみたいな、サバクトビネズミ族なんかは、他に砂漠に住んどる種族があんまりおらんからねえ。だいぶ前から、サバクトビネズミ族の、えーと、こういうのって純血って言うんかねえ? だいぶ前から、サバクトビネズミ族は、純血の種族になっとるんよ。だから見いや。ぼく、すっごく体がちっちゃいやろ? ぼくにその気があったとしても、ぼくとこいつらじゃ、そもそも物理的にかなり無理があるやろうが、いろいろと」
「…………」
このあけすけな話に、パーシヴァルは再び目を白黒させ、エリックはケタケタと笑い転げた。
「にゃるほどにゃるほど、だんだんわかってきたッスよ。つーと、オタクとマットさんが結婚すると、いったいどんな子が生まれてくるんスか?」
「隊長、いますぐ子作りを決行し、このかたの疑問に答えてさしあげましょう!」
「ふざけんなてめえ! んなことさせる前に息の根止めたるわ!!」
「おまえら、完全に息の根を止めちゃいかんぞ。とどめは私がさすからな」
ナルアは冷たく言い切った。
「どうもすみません、しつけがなってなくて。ええと、さきほどの疑問にお答えいたしますと、ネコ科、もしくはイヌ科の、いずれかの種族に属する獣人が生まれてくるでしょうね。そこらへんの遺伝については、正直専門家でも、まだ解明しきれていないところが多くて」
「にゃるほどにゃるほど。なかなか興味深いお話を、どーもありがとうございます」
エリックが、彼なりに真面目にナルアに礼を述べる。
「どういたしまして。――代わりといってはなんですが」
「アイアイ、ギブ・アンド・テイクってことッスね。どんな情報が知りたいんスか?」
「話が早くて助かります」
ナルアはニヤリと笑った。豹の顔でも、笑顔はきちんと笑顔に見えた。
「真面目な話――あなた、ただものじゃないですね?」
「にゃはは、いやいや、オレはあくまで、単なる、一下級悪魔ッス♪」
「――本気で言っているんですか?」
ナルアの瞳が鋭く輝く。
「私達の大陸では、『悪魔』という存在は、伝説上の生き物ということになっているんですが、こちらの大陸では、どうやら事情が違っているようですね」
「んふふー、どーでやんしょーねーえ?」
エリックはニマニマと笑った。
「あ、すんません、もう一つだけ質問いいッスか? ナルアさん、オタクらの大陸では、竜っていうのは、いったいどういう存在なんスか?」
「どういう――そうですねえ、まったくいないというわけではありませんが、接触することはきわめてまれですね。われわれ獣人族と竜族とは、お互い無関心不干渉を貫いています」
「にゃるほど。――ねえ、ナルアさん」
エリックは、ペロリと舌を出して唇をなめまわした。
「オタク――オタクと探検隊のみなさん、せっかくこっちの大陸に来たことッスし、どうッスか、ここらでいっちょ、竜とお友達になってみないッスか――?」
「――興味深いお話ですね」
ナルアの瞳孔が、一瞬大きく開いた。
「詳しく話をうかがわせて下さい」
「アイアイ、リョーカイ」
エリックはニンマリと、会心の笑みを浮かべた。
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