第38話

「単刀直入にうかがうんだけど」

 クレアノンはまっすぐにメリサンドラを見つめた。

「今ユミルさんをハイネリアに連れ帰ったとしたら、ユミルさんは、何らかの罪に問われるのかしら?」

「あなたは、ユミルさんが罪に問われたりして欲しくないんでしょう、クレアノンさん?」

 メリサンドラは小さく笑った。

「もちろん」

 クレアノンは大きくうなずいた。

「私、もう、あの二人にすっかり情がうつっちゃってるから」

「二人――ね」

 メリサンドラは、小さくため息をついた。

「お相手は、どんな人なのかしら?」

「どんな――」

 クレアノンは考えこんだ。

「そうねえ――ひとことで説明するのは難しいわね」

「女の人?」

 と、メリサンドラがまずたずねたのは、他でもない弟のカルディンが、男も女も見境なしの漁色家だからである。

「…………ええと、今はどっちなのかしら?」

「え?」

「ええとね、あの」

 クレアノンは小さく吐息をついた。

「その人、人間と淫魔の混血でね。男と女を、いったりきたりしちゃうのよ」

「…………あら、まあ」

 メリサンドラは小さく肩をすくめた。

「それはそれは」

「やるじゃん、ユミル」

 カルディンはケラケラと笑った。

「俺がふざけて口づけしてやろうとしたら、すっとんで逃げたお坊ちゃんが、いや、がんばったがんばった」

「カル――あんた、そんなことしてたの?」

 メリサンドラがあきれたように言う。

「からかっただけだって」

 カルディンはニヤニヤと笑った。

「大概にしときなさい」

 メリサンドラは、軽くカルディンをにらんだ。

「それで、ええと――とにかく、クレアノンさんは、その二人が名乗り出ることで、二人がひどい目にあったりしないようにしたいわけね?」

「ええ、そうよ」

 クレアノンは小首をかしげた。

「出来るかしら? 二人が罪に問われないようにすることは?」

「そうね――」

 メリサンドラは、ちょっと口をすぼめて考えこんだ。

「――なんとかなると思うけど」

「本当? 私、あなたがたのことは、ほとんど書物の知識しかないから。いい方法があるなら、教えていただけるならありがたいわ」

「そうね――そもそも」

 メリサンドラはニヤリと笑った。

「ユミルさんは、何か罪に問われるようなことをしたのかしら?」

「え、で、でも、メリー姉さん」

 ミーシェンが、思わず、といったふうに口をはさんだ。

「お話によれば、ユミルさんはその、どう聞いても、脱走兵としか思えないんですけど? あ、ご、ごめんなさい、余計な口出しして」

「いいのよ、シェン。もう自由にしゃべっていいわ。というか、あなたの考えをどんどん聞かせてちょうだい。あなたはユミルさんのことを、脱走兵だと思うのね?」

「そうとしか聞こえないんですけど」

「そうかしら?」

 メリサンドラの唇に、不敵な笑みが浮かぶ。

「ねえミーシェン、こう考えてみて。ユミルさんは、臨界不測爆鳴気の拘束場の中で、ファーティスの魔術師と二人っきりになり、どういう過程を経たのかはわからないけど、その人と恋におちた。その人はね、ファーティスから、このハイネリアに移住したい、亡命したいと思ったの。なぜならその人も、ユミルさんに心から恋をしてしまったから。もちろんユミルさんも、そうして欲しいと思った。でも――」

 メリサンドラは、大きく息をついた。

「拘束場の中にいる人間に、外の様子はまったくわからない。拘束場が消えたとき、そこにいるのが私達ハイネリアの軍隊なら、なんとかユミルさんが説得することも出来るかもしれない。でも、そこにいるのがファーティスの軍隊だったら――」

「――二人とも、その場で殺される可能性がありますね」

 硬い声で、ミーシェンは言った。

「そのとおり。だからね、二人はとりあえず、緊急避難をすることにしたのよ。とにかくその場を離れて、それからハイネリア軍に合流しようと思ったの。これまた方法はわからないけど、二人はどうにかして、拘束場を抜け出すことに成功した。でも――『どこに』脱出するか、っていう、場所までは、選ぶことが出来なかったのね。二人はなんと、クレアノンさんの住む、ディルス島にまで飛ばされてしまった。もちろん二人は、すぐにハイネリアに来て事情を説明するつもりだったのよ。でも、右も左もわからない土地でしょう? 勝手がわからなくて困ってしまっているところを、クレアノンさんに保護されたわけよ。――どう、シェン」

 メリサンドラはクスリと笑った。

「二人は何か、ハイネリアに対する罪を犯しているかしら?」

「そ――その話で押し通すつもりですか?」

 ミーシェンは目を白黒させた。

「だってそういう話でしょう?」

 メリサンドラは、平然と言い放った。

「――さすがだわ」

 クレアノンは、大きく拍手をした。

「あなたがたが力を貸してくれることになって本当によかった」

「ありがとう」

 メリサンドラはにっこり笑った。

「たかだか人間風情が、あなたのような竜にそんなにほめてもらえるなんて光栄よ」

「『たかだか』なんてことはないわ。あなたがた人間のほうが、私達竜より優れているところなんていくらでもあるもの」

「あら」

 メリサンドラは目を丸くした。

「お世辞でもうれしいわ」

「お世辞じゃないの」

 クレアノンはかぶりをふった。

「たとえば、私達竜は、あなたがた人間のように、それとも亜人のように、国家をつくることなんてできないわ。私達竜は――自分以外の他者と協力するってことが、とっても苦手なの」

「あら、あなたも竜でしょ?」

 メリサンドラはいたずらっぽく笑った。

「あなたは、他者との協力が苦手なようにはとっても見えないんだけど?」

「ああ」

 クレアノンは苦笑した。

「そういう意味では、私は変わった竜なんでしょうね」

「ありがたいわ」

 メリサンドラは真顔で言った。

「そんなあなたと、協力しあうことが出来て」

「――光栄よ。そんなふうに言っていただけて」

 クレアノンは、静かに微笑んだ。

「さて――そういうことなら、二人をハイネリアに連れてきても大丈夫そうね」

「そうね、まあ――」

 メリサンドラの目が、鋭く輝いた。

「当分の間は、この屋敷にかくまうのが無難だと思うけど。そうね、兄さんは、うそがつけない人だから、それが問題といえば問題だけど――」

 メリサンドラは小さく苦笑した。

「兄さんは、『この人達はお客さんだから』とだけ説明しておけば、『そうか、わかった』って言って、それ以上の説明なんて何にもなくても、その人達をお客さんとしてもてなしてくれる人だから。兄さんには、余計なことを教える必要はないわ。そうすれば、うそをつく必要もなくなるもの。だって本当に知らないんだから」

「――大丈夫なんでしょうか?」

 ミーシェンが不安げに問いかける。

「そんな――ファーティスの魔術師なんかを、この屋敷に入れて――」

「だって、シェン」

 メリサンドラは肩をすくめた。

「この屋敷ではもう、竜をお客様としておもてなししてるのよ?」

「…………確かに」

 クレアノンを見やったミーシェンが、素直にうなずく。

「――と、いうことで」

 メリサンドラはクレアノンににっこりと笑いかけた

「そこらへんの細々としたことは、わたし達に任せてもらえるかしら?」

「ええ、もちろん」

 クレアノンもまた、メリサンドラににっこりと笑いかけた。

「そうしていただけると、本当にたすかるわ」

「それじゃあ、そういうことで。いいわね、カル、シェン」

「まあな、そういうことは、姉貴がいっちばんうまいからな」

「ボクも異存はありません。全面的に協力します」

「ありがとう。あとは、兄さん――は、とりあえずおいておくとして。ターシャもたぶん、反対はしないでしょうね」

「だったら」

 クレアノンは目を輝かせた。

「私、いつごろあの二人をハイネリアまで連れてくればいいのかしら? あなた方の都合にあわせるから、都合のいいときを教えてちょうだい」

「そうね――兄さんと、義姉さんに、相談してみるわ」

 メリサンドラは軽くクレアノンにうなずきかけた。

「たぶん、明日にでもつれてきて大丈夫だって言ってくれるわよ。兄さんは、そういうことをそっくり義姉さんに任せてるし、義姉さんは、本当に家の切り盛りがうまいんだから」

「わかったわ。ありがとう」

 クレアノンは大きく笑った。

「ああ――私、なんだか、今、本当に生きてるんだって気がするわ!」

「――おかしいわね」

 メリサンドラは、やさしい微笑を浮かべた。

「あなたはきっと、わたしなんかよりずっとずっと年上なんでしょうにね。なのに、今、あなたが若い女の子みたいに見えるわ」

「――そうなのかもね」

 クレアノンは、静かに微笑んだ。

「これをはじめた――新しい世界をつくろう、って決めたその日こそが、私の第二の誕生日なのかもしれないわね」

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