第2話

 祐人がバイトしている「音屋おとや」では、毎週ブログを更新している。

 内容は入荷商品の写真や、メーカーが発表した新商品の説明。

 それに簡単なギター講座や機材の選び方、弦の張り替え方などもあり、小さな楽器店にしてはブログに力を入れている方だ。

 そして最近、更新するネタが無くなってきていたのも事実である。


「それにしても、【クロスロードの捜索】を連載で載せるなんて、方向性が違うんじゃないかと思う。

 迷走してるのかも……」

「でも、他のブログがやっていない話題なのは確かですし……、宣伝効果はあるんじゃないかと思います」

 

 四辻祐人よつじゆうと二条佐織にじょうさおりは、待ち合わせていた駅前で落ち合い、歩きながら今後の方向を模索していた。

 三内さんないが持っていたクロスロードに関する情報は、「日本にある」「ギターがうまくなる」程度のもので、つまり何もないと同様だった。

 祐人と佐織は、まず情報の捜索から始めなければならないことで一致した。

「ごめん、先輩の気まぐれに付きあわせてしまった」

 祐人が謝ると、佐織は笑って首を振った。

「いいんです。普段、あまり町中を歩くことがないので、わたしも楽しんでいます」

 話が途切れて、祐人は並んで歩く佐織を盗み見た。

 先日会った時は中学生かもしれないと思ったが、話を聞くと高校生であるらしい。

 小柄ではあるが、態度は大人びていた。

 あまり衝動的に行動しそうなタイプには思えないが、実際に佐織は、

 慣れない町中に出て、慣れない楽器店で、初見のギブソン・レスポール・スタンダードを買おうとしたのである。

 財布には30万円の新札が入っていた。


 どういう人間なのか、興味はある。

 どのみち三内先輩の気まぐれである。それほど肩に力を入れる必要もない。

 祐人はクロスロードを探しつつも、二条佐織という人間を観察することにした。

 彼女の中に何かを見つけたら、歌詞にするのもいい。もちろん、個人が特定されないようにはしなければならないが。

 祐人が受けた最後のオーディションから2ヶ月が経過し、そろそろ新しい活動を始めたくもあった。


  *


 情報収集は図書館あたりで行うのかと思っていたが、佐織はまず、コンビニのフリーペーパーを手にとった。

「一番近いネット喫茶は、東町にあるようです。

 ……東町ひがしまちってあちらでしたっけ?」

「いや、こっち」

「案内していただけますか」

 というわけで、佐織が発案し、祐人が道案内をする格好で、東町のインターネットカフェに入った。


「――ええと」

 佐織はPCの電源を入れると、まずコントロールパネルを呼び出した。

 マウスカーソルの速度を最大にしている。

「ううん、カーソルの速さはいいけど、どうもマシン自体の速度が遅いなあ」

 かなり手慣れた様子だ。

 祐人にはさらに、二条佐織という人間が分からなくなった。

 佐織はさらに何やら設定をしている。見とれていると、ぱっとこちらを振り返り、

「【クロスロード】関連の情報をなんでもいいから集めましょう。

 わたしも探しますから、四辻さんも探していてください」

「あ、うん」

 祐人は慌てて隣の席につき、電源を入れた。

 Windowsが起動するまでに、佐織はものすごい速さでキーボードを叩き、画面がめまぐるしく動いている。


 30分ほど経ち、途中経過の発表になった。

 祐人がドリンクを運び(佐織はドリンクバーの使い方を知らなかった)、

 佐織がノートとシャープペンシルを広げた。

「ではまず、四辻さんから。

 クロスロードについて、何か分かりましたか?」

「そうだね。実際、クロスロードは日本にもあるようだ。

 少なくともそういう噂はある。

 それも、関東――このあたりにあるみたいだという書き込みがいくつかあった」

「ちょっとした都市伝説になっているみたいですね」

 佐織もうなずいた。

「ギターについての情報交換のサイトでは、難しい奏法の話になると、

 【クロスロードにでも行って、うまくなってこいよ】というのが決まり文句になっているみたいです。

 それでいて、クロスロードについて体系的にまとめた場はないので、

 三内さんの見立てどおり、これをブログの連載にすれば宣伝効果があると思います」

「それはよかったけど、関東をしらみつぶしに探すわけにもいかないしなあ」

「あ、いえ」

 佐織は当然すぎていい忘れていたかのように、少しとまどったそぶりを見せた。

「クロスロードは【このあたり】にあります。

 東町か、南町みなみまち中町なかまち。わたしたちの市の中心部ですね」


 *


「へ」

 あまりに早く真相に近づけていたので、変な声が出た。

「なんで、そんなことがわかるの?」

「ミームです」

 また話が飛んだ。佐織は佐織なりに、焦りや戸惑いがあるのかもしれない。

「ミームって?」

「情報を遺伝子と関連付けた学説です。

 例えば、そうですね……。ミーム自身を例にしましょうか。

 ある人が、【ミーム】ということばを作ったとします。

 【ミーム】というアイディアは便利だったので、いろんな人達に広がりました。

 しかし情報のコピーは完全ではないので、ある人の考えるミームと別の人の考えるミームが違ったりします。

 場合によっては、ミームから別の言葉が派生したり。

 そういう様子が、遺伝子のコピーに似ていたので、遺伝子との連想で情報のコピーを考えるというのが、ミームのコンセプトです」

「……で、それがクロスロードにどう関わるの?」

「わたしはクロスロード(日本の方です)に関連する情報をできるだけ集めて、比較、検討しました。

 都市伝説らしく、いろんな派生パターンがあります。また、派生しても共通している特徴もあります。

 それらを考慮して、パズルみたいに当てはめていくと、枝分かれする【情報の木】ができるんです。

 そして、その情報の木を、古い方向へ遡っていくと、【クロスロード】を最初に言い出した人と、そのオリジナルの伝説がわかる」

「理屈はわかる。

 実際、古典の文学なんかだと写本を使ってその【情報の木】を作っているみたいだし。

 でも、たった30分でそれを?」

「まあ……、慣れでしょうか」

 どういう状況にいればミームの分析に慣れるのか、よくわからなかったが、

 佐織には説明する気もなさそうだったので、その点は置いておくことにした。

「じゃあ、その【言い出しっぺ】に取材しようか。

 連絡先はわかるかな」

「とある個人ブログを運営している方のようです。

 連絡先は、トップページ下部にあったと思います」

「メールしてみよう」

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街角クロスロード 見切り発車P @mi_ki_ri

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