街角クロスロード
見切り発車P
第1話
真間崎はアコースティックギターの弾き語りスタイルだ。真似をしたくて、お年玉を前借りしてアコギを買った。
真間崎は天然パーマ。真似になるのか分からないけれど、祐人もなるべく、髪をもじゃもじゃにするよう心がけた。
真間崎の載った記事は切り抜いてある。その中の一つに、彼が影響を受けたミュージシャンについての記事があった。
*
「【クロスロード】?」
祐人は聞き返した。楽器店「音屋」の内部は有線がかかっていて、
「ああ、クロスロードだ。ロバート・ジョンソンがそこで悪魔と契約したという」
楽器店員としてはベテランの三内は、音楽に関する蘊蓄をたくさん持っていた。
後輩である祐人は聞くしかない。また、ロバート・ジョンソンという名前に興味もあった。
「ロバート・ジョンソンですか。真間崎のお気に入りアーティストに入ってましたよ」
「山吉はブルースマンだからな。ブルースに入門したものは一度はロバ・ジョンの門を叩く」
「そのロバート・ジョンソンが、悪魔と契約? どういう話のつながりなんですか?」
「ロバート・ジョンソンは、まあ、アコギ一本で弾き語るわけだが――当時のブルースマンはほとんどそうだ。俺が思うに、ギターという楽器が比較的安価で労働者にも手が出しやすかったってことだろうな。
それを考えると、昨今のヴィンテージ・ギターブームは何か本質を見誤って――」
「はい」
話がそれても、相槌は欠かさない。これが三内としゃべるときのルールだ。
「――で、話を元に戻すと、ロバ・ジョンは最初はギター大したことなかったらしいんだよ。
歌の方はわからんが、アコギ一本の弾き語りで、ギターが大したことないんじゃ受けないわな。
ところがある日、夜な夜なクロスロードにギターの練習をしに行って、一夜にして達人になったってわけだ」
「それが悪魔と契約したからだっていうんですか」
「本人もそう話してたらしいぜ。クロスロードで悪魔に教わってうまくなったんだと」
「照れ隠しじゃないですか? あるいは、一風変わった宣伝かも。
悪魔に教わった技術! って感じで売りだそうとしてたんじゃ」
三内は深い溜息をついた。
「そうか……。お前は信じないのか。
そのクロスロードが、日本にもあるっていう噂を耳にしたんだがな。
かわいい後輩の、アーティストデビューという夢のために、ひと肌脱いでやろうと思ったのにな……」
「日本にもあるんですか?」
「ああ、ダメダメ。
信じない子には教えてあげませーん」
三内は一度意地を張り始めると子供のようになる。これも祐人が学んだルールだ。
「じゃあ、いいですよ……。
アーティストデビューは、独力でそのうち果たしますから。
……そのうちね」
祐人は26歳になっていた。
楽器店店員を続けながら、各所にデモテープを送り続ける生活も、もうあまり長くは続けられないなとは、思い始めていたところだ。
*
三内と別れて、店内の見回りに出る。
高いギターやそうでもないギターが、所狭しと吊り下げてある光景も、見慣れたものだ。
祐人はその合間をぬって、足を進めつつも手際よくホコリを払っていく。
と、店内で一番いいギター、ギブソン社のレスポール・スタンダードの前に、一人の客がいるのを見つけた。
大人びた中学生か、あるいは小柄な高校生かといったくらいの少女だった。
楽器店の乱雑で空気の密度の高いような、独特な雰囲気に、少し気圧されているようだ。
つまり、素人だ。楽器店は初めてかそれに近い。
なのに店内で一番いいギター(一番高いギターではなく)に、真っ先に近づいたのか。
見る目があるのか、偶然か。興味が湧いた。
どちらにせよ接客はしなければならない。一歩引いた位置から、できるだけ丁寧に声をかけた。
「いらっしゃいませ。気になるものがございましたら、試奏もできますが……?」
少女はくるりと祐人のほうを向いた。
「試奏はできません。弾いたことがないですから」
楽器店の素人であるだけでなく、楽器の素人であるようだ。
「じゃあ……、僕が弾いてみて、音を確かめることもできますけど」
「お願いします」
頭を下げる。その仕草から、なんとなくお硬い家庭のお子さんのような気がした。
*
まずは弦をチューニング。
それからシールドを取り出し、アンプに差し込む。
エレキは専門ではないが、一通りは弾けるはずだ。音の感じが分かるよう、クリーンな音色を選択した。
遠くから聞こえてくるようなアルペジオのあと、突然のフォルテ。
すばやく音を切り、シャッフルのリズムを刻む。
そうしながらもさりげなく少女の様子を見ていたが、少女は祐人の目線に気づいた様子もなく、くいいるようにギターを見つめている。
最後に大きくチョーキングして、即席のデモンストレーション演奏は終わった。
「ありがとうございます。いい音でした」
「いい音ですよね。この店ではこれが一番いいギターだ」
祐人はそういうと、ギターを片付けようとしはじめた。
たぶんこの娘には、【見る目がある(あるいは、聞く耳がある)】のだろうし、
素人に高いギターがもったいないということはない。
ただ、なにぶん高い。この店で一番いいギターは、この店で二番目にお高いギターでもあるのだ。
大人びた中学生にも、小柄な高校生にも、ちょっと無理な額だろう。だから聞くまでもなく片付けるのだ。
しかし少女は祐人の様子を見て、
「あっ、戻さなくていいです。買います」
「えっ……」
祐人のほうが一瞬戸惑ってしまった。
「お買い上げに」
「はい、買います。25万とちょっとですよね。現金で払えます」
やはり【いいとこ】のお嬢さんだったのか、あるいは、お年玉やアルバイトでなんとかしたのか。
少女は実際に財布の中に、30万円の札束を持っていた。
「ああ、ええと……、ちょっと待った」
祐人はそういうと、レスポール・スタンダードを脇のスタンドに立てかけ、
同じ型の(ただしもっと手頃な)エピフォンのレスポールを持ってきた。
「これは見た目は同じ型だし、音も演奏性も【近い】。もちろん、近いだけでその差は永遠に埋まらないわけだけど。
そして値段は、見ての通りだ」
お客につかうべき敬語を忘れていたが、このまま突き進むことにした。
店員と客ではなく、年長者と年少者として話していたいという気持ちもある。
「レスポールにかぎらず、趣味の世界というのはだいたいがこうなっている。
つまり、ある程度の【近さ】のものまでは手が届く。
近づけば近づくほど、ハードルは加速度的に高くなっていく。
君にとってそのお金がどの程度の価値が有るものか僕は分からないが、
30万円は一般的には大金だ。
君に、こっちのギブソン・レスポール・スタンダードが今必要なのかどうか、僕には疑問だ」
「
少女は名札を見て、祐人を名前で呼んだ。
「わたしにとっても、このお金は大事なものです。
だからこそこれを、【そのギター】に使いたいんです。
近くて遠いもので妥協するのは、違うと思います」
「君は今、何も弾けない。
厳しいことを言うようだけど、これが【妥協】かどうかすら、今の君には分からない」
「オーケー、オーケー!」
突然第三者の声がしたので、少女と祐人はびくりと肩を震わせた。
三内がなぜかウィンクをして、アンプの横に立っている。
「つまりそっちのお嬢ちゃんが――」
「
「――サオリちゃんがギターを弾けるようになって、それからレスポールを買うかどうか決めればいいわけだな。
頑固者の祐人もそれで満足だな?」
「【弾ける】の基準によりますが」
「見たか、この石頭ぶり。
大丈夫、弾けるようになるはずさ。ロバート・ジョンソンクラスにはな」
祐人は嫌な予感がした。
「祐人、サオリちゃんを連れて、【クロスロード】を調査してこい。
その間のバイト代は支給する」
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