スクールライフ 1


 ――かくして始まった、勇者の『異世界』での生活。その朝。


 時刻はこちらの計測方法でいうと午前8時29分を指そうとしていた。


「う~ん……」

 

 ベッドの上でごろりと寝返りを打ち、【そのタイミング】をじっと見計らっていた。


 ――PIPIPIPI……!


(いま、オレが通っている学校までは、普通に歩いたら30分はかかるだろ。んで、始まる時間だ。確か、始業ベルがなるのは8時30分。だから……)


 普通に考えれば間に合いようがない距離。つまり、起床の時点で、すでに勝負は決している状態――完全遅刻である。


 だが、それはある意味で彼の狙い通りであった。


「よおしっ! 今度こそ遅刻で大丈夫だろう!」


 小鳥のさえずりのごとくピコピコとなっている目覚まし時計のアラームを拳一閃で停止させ、ベッドからぴょんと飛び起きハンガーにかけてあった制服に袖を通す。


 洗面所の小窓からもたらされる朝の陽光を受けながら顔を洗う。昨日からつけっぱなしだった24インチの液晶テレビからは朝のワイドショーのテーマが軽快に流れていた。


「ようしっ、今日も一日平凡に過ごすぞ!」


 台所という名の物置にある冷蔵庫から適当な飲み物と食パン二枚をひっつかみ、ついでとばかりにテレビのスイッチを消してから外へと飛び出した。


「ふっ、ふふご~!!!!」


 食パン二枚を口に詰め込み、豆乳でそれを流し込みながら、彼は誰もいない部屋にむかって『行ってきます』と声を上げながら走っていく。


 こうして今日も、彼がいう『平凡な一日』は幕を開けた、


 のだが……。


 彼が先ほどまでに行った一連の動き。


 それは、午前8時29分01秒ジャスト~8時29分01秒500まで――つまり、僅か0.5秒の間に行われた出来事である。


 ちなみに先ほど彼が拳一閃したスチール製の目覚まし時計は粒子の藻屑と化しており、部屋の埃とともに仲良く漂っていた。


 張り切り過ぎの勇者がつい本気を出したせいで、結局、彼の目論見は失敗と終わってしまったのだった。


 

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