絶望の果て、その先の光 ~火星移住計画~

陽麻

第1話 火星移住計画


 それを俺が聞いたのは、西暦2121年の春、自宅で見ていた夜のニュースだった。

 火星移住計画なるものがザンテル社という超巨大企業によって可能になったというのだ。

 初めは様子を見る為にと、参加者は無料で火星移住ができるらしい。

 ハイバネーション(冬眠)技術のおかげで地球に帰ることも可能だという。

 さらに危険のともなう計画のため、モニター(参加者をこういうらしい)の家族には多額の保証金が渡され、生活に困ることがないようになっている。


 俺は少し興味を惹かれた。いや、大いに、かもしれない。

 その翌日には、ザンテル社の火星移住計画の賛否両論がテレビで特集されていた。

 俺はそれを何かわくわくした思いで見ていたのだ。

 火星、それはどんなところだろう。

 地球が嫌いなわけではないけれど、未知への好奇心が勝って俺は火星の夢をみるほどその計画のことが気になりだしたのだ。




「レイモンド、あなた本気なの?」

「ああ、ママ。もう応募した」

 

 俺、レイモンド・レインウォーターは二十四歳の大学生だ。

 俺は今、実家にもどり先日応募したザンテル社の火星移住計画の詳細を両親に話していた。


「地球にも三年に一度は戻ってこられるらしいし、ちょっと外国へ行くような感覚だよ、ママ」


 昔は美人だったかんばせに少し皺の目立ってきた母は、俺を優しく抱きしめて青い目に涙をためた。

 俺と同じ金髪をふるふるとゆるくふる。

 俺の顔は母親似だ。体格や骨格はがっしりとした父親似であり、髪は短く、均整の取れた身体をしている。


「でも病気にでもなったらどうするの? お医者さんはいるの?」

「はは、火星だよ、ママ。医者がいるとしたら一緒に行ってくれる人がそうだって信じるしかないね」

「レイモンド! これは冗談ではないのよ!」


 母は涙ながらに今生の別れとばかり涙する。


「パパは分かってくれるよね、俺の夢を」


 父なら分かってくれると思い話をふる。

 しかし父も渋い顔をしている。


「今からでもその応募は取り消せないのか?」

「取り消せても取り消す気はないよ」


 俺は軽く笑って見せた。


「お前は軽く考えすぎている。火星といったらすぐに帰ってこられる場所じゃない。何かあったときにどうするんだ」

「何かってなに? パパ。それにもう人類は火星に移住できるだけの科学力をもった生命体になったってことだよ、素晴らしいことじゃないか」

「だからってなんでお前が行くんだ。お前は甘く考えすぎている」

「やだな、パパ、まだ応募しただけだよ。応募数は三十万人からいるんだって。その中の一人にすぎない俺が選ばれたら、宝くじが当たる並みに凄いことだね」


 その時の俺は、本当に軽く考えていた。

 まさかその三十万人から自分が『選ばれる』とは思っていなかったのだ。




 ある肌寒い秋の朝だった。自宅のアパートで新聞を取りにポストに行った俺は、新聞の他に見慣れない大きな封筒が入っていることに気がついた。

 差出人を見ると、『ザンテル社』とある。まさかと思い、その場で封をびりっと手でやぶる。

 その中には沢山の書類と一緒に、書類一次審査の合格通知が入っていたのだ。

 火星の移住計画のモニター。

 このときもまだ何十万人からいる中から選ばれた千人の一人だった。

 自分でいうのもなんだけど、それだけでも大したもんだと思った。


 俺は都心にあるザンテル社に何度も呼び出され、面接を受けた。身体検査、健康診断も何度も行い、俺は最終決定の四名のうちの一人のモニターに選ばれてしまった。

 なんで俺が選ばれたのか分からないが、若い年齢、なによりもすこぶる健康体なことなどがモニターの条件に合っていたのだという。細かいことまでは教えてくれなかった。


 最終決定された四名のモニターの顔合わせがザンテル社で行われることになった。

 そのころには冬になっていて、俺はコートを羽織ってザンテル社に赴いた。


 ザンテル社は宇宙開発を中心に、ロケットや衛星、宇宙船の開発を行っている一大企業だ。会長であるロバート・ザンテルは最先端技術を駆使して火星移住計画を決行したやり手の会長だ。

 俺はコートの下にスーツを着込んで、巨大ビルディングを見上げる。外壁は鏡のように雲を反射していた。

 社内のエントランスには個人承認カードを読み取る機械があり、最終試験合格時に渡されたカードをかざして社内に入る。

 正面の受け付けカウンターで俺は名前と要件を言った。


「レイモンド・レインウォーターといいます。火星移住計画計画の顔合わせに来たんですが、どこに行けばいいでしょうか」

「少々お待ち下さい」


 受付嬢は鈴を鳴らすような声で携帯端末を操作する。


「今、案内の者がやってきますので前の椅子にかけてお待ちください」


 受付の前を見ると、椅子が六脚置かれていた。

 受付嬢はすまし顔で次の来訪者を待っている。

 綺麗な子だな、と思った。さすが一大企業の受付嬢だ。容姿も審査のうちに入っているんだろうな。

 そう思っていると六十がらみの太りじしの紳士が現れた。紺のスーツをぱりっと着こなしている。あれ、きっとブランド品なんだろうな。高そう。

 受付嬢に何か聞き、俺の方を向く。

 すると満面の笑顔で俺の方へとやってきた。


「やあ、やあ、君がレイモンド君か。写真でみるよりも男前だな」

「は、はあ」

「私はロバート・ザンテル。この会社の会長だ。まあ、今日は顔合わせだけだから気を楽にしてくれたまえ」


 そう言うが俺の背中をぽんぽんと叩いてきた。切り揃えられた白い癖毛に、白く長い髭をたくわえていて、なんだか少しサンタクロースみたいな雰囲気だ。

 ロバート・ザンテル。

 会長みずから迎えに来てくれたのか。

この人がこのザンテル社の会長、火星移住計画の立案者、そして主催者なんだ。

 意外に気さくな人なんだな。


「よろしくお願いします、ザンテル会長。御手間をおかけして申し訳ありません」


「いやいや、いやいや、さあ、こっちだ。私についてきてくれたまえ。詳細は部屋についてから説明しよう」


 俺は満面笑顔のザンテル会長の後を素直について行った。

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