第307話 引き継いだモノを次世代へ、らしいです
ただ静かに見つめられているだけで、全身から汗が噴き出すのが止まらないダンテは自然に呼吸が荒くなり、胸を掻き毟るように服を掴む。
今までダンテにとって、もっとも怖いと思わされたのは間違いなく巴である。
だが、今、目の前にいるテツから巴とは質が違う怖さがダンテに襲いかかる。
巴のは抑えつけるような圧迫感を感じる恐怖であるのに対して、テツのは体の芯から底冷えするような恐怖、まさに動と静であった。
「す、すいません、会議を欠席したのは申し訳ないと……」
ダンテは自分でも何を言ってるんだろう、と思いつつも背を押されるように話し始めた事を止める事をできずに垂れ流すように身ぶり激しく謝罪のような事を言い始める。
そんなダンテから視線を逸らして月を見上げるテツが言う。
「僕は会議の事など一言も言ってないよ? 欠席した事を責める気もないしね」
テツの一言でダンテの垂れ流す言葉が止まる。
ダンテ自身も変な事を言ってる自覚はあった。なにせ、テツに言われたのは、「きっと来ると思ってたよ、ダンテ」と言われただけである。
再び、ダンテを視界に入れるテツが話しかけてくる。
「ここにいればダンテと会える気がしてた。だから、ここに何をしにきたかも予想は付いてるけど、あえて聞かせて貰うよ。ここに何をしに来たんだい?」
先程受けた威圧が錯覚だったのかと思えるような威圧を放ってくるテツにダンテは蛇に睨まれたカエルのように動けずに口がワナワナと震える。
テツに恐怖を感じつつも、ダンテの冷静な部分が質問してきてるのに答え辛い状況を何故作るのだろう、と訴えてくる。
ダンテはテツが意地悪するような兄貴分だとは、これっぽっちも思っていない。きっと意味があると自分を奮い立たせて口を開く。
「ポロネを救いに行きます……」
「駄目だよ。ダンテは会議に参加してなかったから知らないのは無理ないけど、ポロネさんは消滅させる事が決まった」
テツから発された言葉を受け入れられなかったダンテが目を大きく見開いて固まる。
淡々と語るテツが嘘を言ってる様子もないし、また、テツがこんな性質の悪い冗談を言うような人物じゃない事もダンテも分かっている。
「い、嫌です! 誰がなんと言おうと……」
「思いっきり良く飛び込み切れずに彼女の手を掴み損ねたダンテが何をするんだい?」
テツの言葉で心臓が停まったような思いをさせられるダンテ。
ダンテを救ったテツであれば、ポロネに向かって飛ぶ姿を見られていても不思議ではない。
だが、一瞬の躊躇があった事まで見抜かれているとは思ってなかった。
ダンテ自身もその事実から目を背けていたのでショックは大きかった。
そんなダンテの様子などお構いなしにテツが無情にも言ってくる。
「ダンテの悔しさを晴らす為に世界の命運をベットするには大き過ぎるよ。諦めて……」
世界の命運? と呟くダンテに会議でテツも初めて知った内容を伝えていく、とダンテは徐々に俯いていくが、精霊界の門の辺りになった時に弾けるように顔を上げる。
「ぼ、僕なら精霊界の門を開けられる!!」
「らしいね。そんな事はユウイチさんを始め、元からポロネの事を知ってた人はみんなダンテができるのは知ってる。勿論、それを聞いた時にも同じような話になった」
ダンテならできるんじゃないか? という話になった、とテツは溜息混じりに言ってくる。
「ポロネさんは四大精霊ほどの格はないけど、四大属性を混合させた属性持ちらしい。そのポロネさんと契約して精霊界の門に還すにはダンテには魔力も制御力も足りてない。仮に命懸けでポロネさんを通せる精霊界の門を開けたとして、防衛本能を全開にしたせいで白い糸で作った繭に引き籠ったポロネさんをどうやって引きずり出すの?」
魔法でなんとか、と言うダンテにテツは魔法で糸が活性化して増えて強度が増す事を伝える。
進退窮まったダンテが叫ぶ。
「なんとかしてみせます! どんな手段を用いようとも、それで命を失う結果になろうとも!」
そう叫んだ瞬間、テツの瞳が細まり、今まで受けていた威圧を超える殺気にダンテが黙らされると離れた位置に居たテツが気付けば目の前で拳を振り翳していた。
「このふざけた事をほざいたのは、この口かっ!!」
テツに殴られて吹っ飛ばされ、飛ばされている状態のダンテに追い付いたテツが追い打ちに腹を蹴って勢いを更に付けさせ、木の幹にダンテは叩きつけられる。
お腹を押さえて座り込み、鼻血を流すダンテを怒りを秘めた瞳で見つめるテツが言う。
「僕はね? ここでダンテを見た時からずっと怒ってるんだよ。何故だか分かるかい?」
ゆっくりと歩いて近寄るテツが独白ずるようにして向かう。
「今、話した内容は知らなかったのはいいよ。でも、ポロネさんを掴まえた相手がダンテでは勝つのが無理なのは分かってたはずだ。なのに、どうして、ここに1人できた? ここに向かう途中でアリア達に会ってきたかい?」
「ぼ、僕の都合で巻き込む訳には……」
ダンテの言葉に眉を跳ね上げたテツがダンテに近寄ると胸倉を掴んで目線を同じくする。
「ダンテ! 自分の言葉が矛盾だらけなのに気付いているかい? さっき僕が世界の命運と言ったのに命懸けでやると言ったと思えば、他の人は巻き込みたくない? 世界の命運にアリア達は勿論、僕達、そして、ダンテに手を差し出してくれる人達は含まれないとでもいうのかい!?」
テツに怒鳴られたダンテは目が泳ぎだし、泣きそうになっているのを見つめるテツは6年前の今日のように美しい月夜の事を思い出す。
『守る戦いはな、何故、守りたいかをちゃんと理解と覚悟がキマってないとしちゃいけねーよ。それをキメてないない状態で、戦うと……もう言わなくても分かるよな?』
テツの憧れる人、そして、勝ちたいと願う相手に贈られた言葉、この言葉、想いを次に引き継ぐ時がきたとテツは想いを強くする。
「ダンテ、守る戦いは何故、そうしたいか理解し、それを実行する為にどこまで覚悟ができるか知らないと何も得れずに全てを失うよ?」
危うく失いかけた過去、ダンガにいる愛するティファーニアを思い、ダンテに同じ思いは勿論、後悔が残る結果だけはさせたくないテツはこの想い、届けとダンテを見つめる。
胸倉を掴んでいた手をゆっくりと下ろすテツはダンテを見下ろしながら思う。
6年前、10歳のテツと16歳だった雄一がこうしていた事を、そして、今回、テツが16歳になり、10歳のダンテを見つめ、時の流れを感じさせられているとダンテがゆっくりと話し始める。
「ぼ、僕は迷惑をかけてくるポロネを叱ったり、呆れたりしたい。ご飯を美味しそうに食べるポロネに胸を温かくして、笑いながら一緒に食べたい」
「うん」
ダンテの言葉に相槌を打つテツは俯くダンテの頭を撫でてやる。
声は震えるが声が大きくなっていくダンテは続ける。
「初代精霊王の娘? そんな事、どうでもいいんだ! 僕はポロネと一緒にいたい!……でも、僕の都合でアリア達を巻き込みたくない」
「変な気遣いすんなよ! 巻き込んでくれよ!」
聞き覚えがある少女の声に反応したダンテが慌てて振り返るとそこにはダンテにとって友達であり、仲間のアリア達の姿があった。
いると思ってなかったアリア達に絶句するダンテにレイアが鼻の下を指の背で擦りながら笑いかける。
「ポロネはアタシにとっても仲間であり、家族だ。だから、巻き込めよ?」
「そうなの、水臭過ぎるの! まったくリホウさんが声をかけてくれなかったら、いつまでも家で待ってたの!」
プンプンと怒るスゥに頷くアリアが続ける。
「私はユウさんと一緒になる障害が生まれたら、当然のようにダンテを巻き込むつもり。ここで私を巻き込むのを嫌がるという事は私に協力する気がないという事? 嫌と言っても私は巻き込む」
アリアの言い分に目を点にするダンテにスゥも自分もそのつもりだと主張してくる。
特に表情が浮かばないミュウがダンテに近づき、ダンテの両頬を指で抓んで左右に引っ張る。
「イタタッ! 痛いよ、ミュウ!?」
「がぅ!」
すぐに手を離すとダンテの背中を叩くとテツの方に歩いて行く。
テツを見つめるミュウが口を開く。
「リューリカ、どこ?」
「リューリカさん? リューリカさんなら今はペーシア王国のお城にいるよ」
テツが城がある方向を指差すとミュウはガゥと頷くとそちらに向かって走り出すと森の暗闇に紛れて姿が消える。
ミュウの脈絡のない行動に翻弄されているダンテにヒースが笑みを浮かべて近寄る。
「僕は遠慮なく巻き込んでくれるよね?」
友達だろ? とダンテの肩に手を置くヒース。
困った風のダンテがヒースを見つめる。
「でも、僕がやろうとしてる事はポロネにとって迷惑かもしれない。そんな事に巻き込むのは……」
「悲しいな? 僕と一緒に海を眺めながら話した事を忘れたのかい?」
肩を竦めて笑いかけてくるヒースを見つめるダンテは小さく声を上げる。
『できる、してあげられるじゃない。何をする、何をしたい、だけなんだよ。結局の所、相手の気持ち、希望なんて分からない。聞いて教えて貰ってもそれが正しいなんて誰も保障できないんだ。だったら、自分の気持ちを信じるしかないじゃないか?』
申し訳なさそうな顔をするダンテがヒースに「ごめん」と謝ってくるがヒースは首を横に振る。
「ここは謝る所じゃないだろ?」
「そうだよね……ヒース、みんな、僕に力を貸してくれないか?」
当然、と笑うヒースが拳を突き出してくるのをダンテが笑みを浮かべて拳を当てる。
ダンテを中心に集まるアリア達がダンテに笑いかける。
「じゃ、早速、現地に向かうの。話では色々聞いてるけど、現物を見ないと何も決められないの!」
スゥの言葉に頷き合う子供達は我先とばかりに山へと入って行こうとするのをテツが呼び止める。
「みんな忘れないで、取り返しの付く無茶はしていい。でも、取り返し付かない無茶はしちゃいけない。それでも無茶しなくちゃならない時は……」
「守りたい理由を理解して覚悟した時だろ? 分かってるよ、テツ兄!」
テツのセリフを奪ったレイアは笑みを弾けさせ、テツに手を振るとアリア達は山の木々の間に飛び込んでいった。
アリア達を笑みを浮かべて見送るテツの背後にやってきたテツにとって姉同然のホーラとポプリに頭を叩かれる。
「痛いじゃないですか? ホーラ姉さん、ポプリさん。ディータさんも笑ってないで叩く前に止めてくださいよ?」
振り返ったテツの視線の先には、半眼のホーラとポプリの背後で忍び笑いするディータの姿があった。
「アンタがダンテ達を焚き付けたせいでアタイ等の仕事が無駄に増えたじゃないさ?」
「そうそう、テツ君、これは貸しですからね?」
2人の言い分を聞かされるテツは小声でぼやく。
「僕がしなかったら、2人がダンテのお尻を蹴ってでもさせたでしょうに?」
「「ああっ!? 何か言った!?」」
姉2人に睨まれて目を逸らして「何も言ってません」と逃げるテツを見つめるディータの笑みが深くなる。
ディータを恨めしそうに見るテツから顔を背けるディータは笑いをおさめる。
「ダンテの姉として、弟の初恋の相手はとても興味があります。私達も行きましょう」
そういうディータの言葉にポプリも同意とばかりに頷き、ホーラは1度見たと鼻で笑うように自慢する。3人はテツを放っておいて山へと向かい、暗闇に身を投じる。
いつまでも姉達には勝てそうにないと溜息を吐くテツも3人を追いかけて山に入っていった。
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テツが1人で山の麓で待ち始めた頃から見つめていた3人がいた。
そして、テツが山に入っていくのを嬉しげに見つめる長い黒髪を結っているカンフー姿の少年に剃髪の修行僧のような男前が眉を寄せて言ってくる。
「えらく嬉しそうだな、ユウイチ」
「そういうお前は悔しそうだな、ホーエン」
雄一にからかうように言われたホーエンは「家の子も数年もすれば、もっと素晴らしい事を言ってのける!」と憤慨するが雄一を喜ばせるだけであった。
墓穴を掘っている事に気付いたホーエンが話を切り替える。
「とはいえ、どうするんだ? 一番、安全な解決策は残念だがポロネを消滅させ、初代精霊王の加護を受けし者も消す事だが?」
「まあな、しかし、子供達がやる気になっているんだ。それを知ってしまった俺達がする事など1つだろ?」
友人同士がするような顔から父親の顔に変わった2人は頷き合う。
雄一が振り返った先にいるアイナに雄一は情けない笑みを浮かべながら両手を合わせてお願いする。
「レン達と合流して、あの子達が足掻く時間をできるだけ作ってくれるように話をしてくれないか? 頼む、アイナ」
「ユウイチちゃんにお願いされたら断れないよぉ。それと契約して主従の関係でもあるんだから私達、精霊獣には、もっとお願いや命令してね? ユウイチちゃん、全然してくれないんだから?」
はいはい、とおざなりに返事する雄一に気付いてない様子のアイナは嬉しそうにスキップしそうに鼻歌を歌いながらペーシア城を目指して飛んで行く。
アイナを見送った雄一はホーエンと向き合う。
「じゃ、俺達も行くか」
「そうだな、俺達の先輩にご挨拶にな」
背後にある空間の切れ目に2人が飛び込むと空間の切れ目は閉じた。
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