第295話 スゥと光文字のようです
ダンテとヒースが夜の海で青春をしてから数日が過ぎた。
夕食の後片付けが男であるダンテとヒースの当番の夜、家から少し離れた所で、スゥが指先を光らせて空中に光る文字、光文字を発動させていた。
しっかりスゥが頭で描いている通りに描かれているのにも関わらず、難しい顔をしている。
確かに光文字の扱いは難しいモノではあるが、制御で一杯一杯になってる訳ではない。
スゥは光文字を一般、といってもかなり少ないらしいが数少ない光文字の教材本などに書かれているような事は全部マスター済みである。
だが、スゥがマスターしたいのは教材本に書かれているような使い方ではない。その先の使用方法を知りたいと真剣に5年は取り組み続けている。
『光文字とは空中で字や絵を書く為のスキルである』
これが世間と教材本に書かれた常識とされるものであった。
普通なら素直なスゥは、そこで割り切れただろうが、その常識を覆す存在を知った事で5年という期間、訓練などの余暇を使って自分なりに研究をしていた。
そう、雄一の右腕のリホウの存在である。
スゥが調べた限りでは、ナイファ、パラメキの戦争時に相手の将軍相手に戦った時、光文字で書いた文字を武器として飛ばしたり、引いた線をムチのように使ったという証言がある。
それだけでなく、シャーロットの証言にはスゥは驚きが隠せなかった。
光文字を地面に埋めたのか地面に書いた文字を見えなくしたのかは分からないが文字がある上に来ると飛び出す仕掛けや、仕掛けたリホウの意思で飛び出させる事ができたように見えたらしい。
シャーロットもリホウのブラフを混ぜた攻防でそのように見せられただけかもしれないとは言ってたがどうやるかなどスゥには見当もつかない。
これだけでも驚かされたが、ペーシア王国に移動中でリホウの事が話題に上がった。
スゥがリホウのように光文字を使いこなしたいと言った時、ディータがげんなりして首を振って言ってきた。
「リホウのように使いこなすのは一握りの才能があるものだけでしょう……本人は使える事を重荷に思ってるようでしたし」
遠回しに目指すのを止めろと言われて、スゥは初めて光文字の扱いを教えられた時にリホウが呟いた事を覚えていた。
「この子も俺と同じ事ができるのか……」
その時はたいして何も思わなかったが、スゥも光文字が使える事は雄一に教えるように指示された段階で分かっていた事だ。
スゥが力を欲して光文字の運用を考え出した辺りでその違いに気付いていた。
気付いた時にリホウを問い詰めたら、困った顔をしてこう言われた。
「あちゃぁ、迂闊な言葉を洩らしちゃいましたね? ですが、教えてあげません。扱いが難しく危険な力ですからね? 光文字ですら制御をミスすると普通の魔法の制御ミスとは比較にならない危険があるからアニキが俺に教えるように言ったんですからね?」
そう言われてもスゥもしつこく1年程、粘ったがリホウは頑として聞かず、駆け引きも勝負にならない相手でスゥが折れるしかなかった。
その事をディータに話すと本当に驚かれた。
「それは本当ですか? いけません、あの力を求めては!」
すごい剣幕で言われたが、ディータが手掛かりを持ってる事を知った以上、頑張ったスゥが戦争の時の証言やシャーロットの証言のような事をできるようになりたい、と頑張った。
その話を聞いたディータはキョトンとして「えっ? それですか?」と目をパチパチさせるのを見て、リホウの光文字の使い方はそんな次元じゃない事を知り、どんなのかを聞き出そうとしたが、失言を悟ったディータに意識を刈り取られて強制的に黙らされてた。
それからも何度かチャレンジしようとしたが、ディータの殺気が滲む威圧に恐れて結局、知る事ができてない。
自分の中にディータが恐れるような力の可能性が眠ってる事を知った以上、どうしても使いこなしたいという思いを強くしたのは言うまでもない結果であった。
そして、今日も試行錯誤しながら光文字を行使していた。
「もうっ! どうしたら光文字を戦闘利用できるのっ!!」
「やっぱり、ディータの脅迫でも諦めてなかったさ?」
遅々して進まない光文字の運用法に苛立っているスゥに話しかけてくる声があり、それに驚いて振り向いた先にはホーラの姿があった。
驚くスゥに「久しぶり、元気にしてたさ?」と手を振りながら近寄ってくる。
空中に描かれた光文字を見つめるホーラがぼやくように言ってくる。
「ユウにしてもディータ、リホウは案外、ユウに止められてるだけかもしれないけど、アンタ等に過保護過ぎると前々から思ってるさ。危険でも一人前に扱われる立場になったら自己責任と戒めるべきだとアタイは思ってる」
「ホーラさん! 光文字の事で知ってる事ないの?」
今の口ぶりだとホーラであれば知ってる事であれば教えてくれるかもしれないと光明を見たスゥであったが、無情にもホーラは首を横に振る。
「残念ながら、アタイはスゥが使う光文字しか見た事はないさ」
「そうなの……残念なの」
がっかりするスゥにホーラは「でもね?」と続ける。
「光文字だけでリホウと同じ事ができるなら、リホウみたいのが世界に沢山いてもおかしくないと思うさ。リホウがどんなスキルなどを持ってるか知らないけど、スゥができるというなら、キ―は『付加魔法』じゃないかと睨んでるさ?」
スゥは勿論、ホーラ、テツはスゥが訓練に入る頃に雄一から素養を伝えられた。その時にスゥの素養、魔法に『付加魔法』があった。
「以前、ザガンで『精霊の揺り籠』で出会った男が使った魔法に魔法の掛け合わせがあったさ」
ホーラ達の窮地に駆け付けた徹が火の魔法を相乗させて炎魔法『不死鳥』を発動させた事をスゥに伝える。
驚くスゥにホーラは続ける。
「勿論、相性はあると思うさ。でも光文字も魔法の一種と聞いてるさ。付加魔法は大抵の魔法に掛け合わせができる。それは今、アタイが師匠と一緒に研究中で何度も試してしてるから断言してやるさ」
「掛け合わせ……考えた事もないの、でも、できれば新しい魔法と一緒なの!」
進む先、いや、目を向ける先が分かったと喜ぶスゥにホーラは一本の投げナイフを手渡す。
受け取ったスゥが首を傾げるのを見て、「刀身を見ろ」というホーラの言葉通りに見つめると驚く。
「ナイフに刻まれた文字から魔力が感じるの!」
「それは試作品であるキーとなる魔力を込めて地面に刺すと激しく地面を震動させる事ができるさ」
驚くスゥを見つめるホーラが徹と一緒に現れたルナが言った言葉をスゥに伝えてくる。
「詠唱は想いを昇華させるのをサポートするもの。赤ちゃんがハイハイするように。魔法にとって魔力は火種となる力だけで後は強い想い、言葉の先にあるもので発動させるの」
また常識を破壊するような事を伝えられて、目が廻りそうになってるスゥが必死に話に付いてこようと頑張る。
「アタイも全部、理解できてないさ。アタイは『言葉の先にあるもので発動させるの』に着目したさ。詠唱の次にあるのが想いが昇華した場所とは言ってない、つまり、その間があるんじゃないかとね?」
そう言ったホーラがナイフの刀身に彫られてる文字を指差してくる。
「詠唱しなくても発動させる方法として考えたまではいいけど、ここに至るまで大変だったさ。詠唱をそのまま魔力込めて刻んでも効果がないのだから」
スゥの手元にある刻まれてるモノは読める文字もあれば、絵、記号などの見た事ないモノもいくつも混じっていた。
方向性は見えたが、ホーラですら少なくとも2年という時間を費やして、このナイフ1本作れるようになっただけである。
先は遠いと唇を噛み締めるが、他にリホウの力について知ってそうな人がいないか聞いてみる。
「そうだねぇ、そういえば、リホウの古い友人がいるってユウから聞いた事があるさ? アタイが聞いたのでは……」
ホーラに知り合いの事を聞いたが会う方法などまったく分からないと言われて項垂れる。
それに肩を竦めるホーラは、「他のガキンチョの様子も見て帰りたいから」と言ってスゥの下を離れて行った。
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ホーラを見送ったスゥは家の裏にある崖の上に行き、早速、ホーラのアドバイスを形にしてみようと頑張ろうとするが、どうしたらいいか分からずに指を突き出した格好で固まっていると後ろから声をかけられる。
「あらぁ、確か、貴方はナイファの王女のスゥよね?」
気配もまったくしなかったので驚きはしたが、敵意は感じられなかったので平静を装って振り返る。
今日はよく不意を突かれて声をかけられる日だと思いながら、振り返ったスゥは息を飲む。
そこにいたのは絶世の美女というのがピッタリというしかない存在がいたからである。
「驚いてる? ごめんねぇ、でも心配しないでいいわ。私はリホウちゃんと幼馴染であり、恋人のハクというの」
女であるスゥですら生唾を飲み込んでしまう程の妖艶な笑みを向けられるが、思わず首を傾げてしまう。
だが、すぐにその理由に行き着き、納得して掌を叩く。
「ああ、貴方がリホウさんの友達で絶世の美人と噂されるオト……」
「その続きを言ったら首と胴体がサヨウナラするわよ?」
目の前にいたはずのハクが気付けば、スゥの背後に廻って首元にナイフを当てていた。
スゥは刃先が当たらない程度で小刻みに頷いてみせるとナイフをどかして貰えた。
ハクは何もなかったかのように振る舞ってスゥに話しかけてくる。
「光文字に付加魔法をかける、懐かしいわね、昔、リホウちゃんもやってたわ。もしかして、貴方はリホウちゃんに鍛えられてるの?」
その言葉を聞いたスゥは息を飲む。
先程、知ってる可能性があると言われた1人のハクが目の前に現れて、忘れかけてた事を思い出す。
「そ、そうなの。でもペーシア王国に来て、習い始めようとした時だったから、どうしたらいいか分からなかったの。知ってたら教えて欲しいの!」
「ウ・ソ♪ リホウちゃんが誰かに教える訳ない。それにアンタ達の師匠であるリホウちゃんを独占する憎き男も教えないでしょうね? 危ないからって?」
スゥは見透かされたうえで、からかわれた事を知って羞恥から顔を真っ赤にする。
そのスゥの心情も読み取ったハクはクスクスと笑う。
「でも、私はリホウちゃんに、勿論、あの男にも教えちゃ駄目って言われてないのよね?」
「本当!?」
絶妙のタイミングで言われて、考える前に反応してしまったスゥはまた赤面する。
この手の駆け引きでは、その辺の相手であればスゥは渡り合えるが、百戦錬磨、潜入工作もござれのハクと勝負して貰えるレベルではない。
またもや、クスクスと笑われるが真顔になったハクが言ってくる。
「あの男が困る、眉を寄せる展開になりそうだから教えてあげてもいい。でも、教えてあげられるのは入口だけ、リホウちゃんのようになれるかは貴方次第。おまけに本当に命懸けの魔法よ? 覚悟はあるの?」
目を細めるハクを見つめ返すスゥは口を真一文字に閉じたまま、苦悩するように眉を寄せる。
何も語らない二人の耳には崖に打ち付ける波の音だけ届けられた。
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