第249話 前哨戦ぽいようです
『精霊の揺り籠』を目指して出発した雄一達は、ノースランドの先導で連れられた場所は以前に狩りにいった陸魚がいた渓谷に似た場所であった。
昼前に着いたはいいが洞窟の入口らしきモノは見当たらない。
「おい、本当にここで合ってるのか?」
「ああ、ここに入口が現れる。太陽が西に傾き出したらな」
ノースランドに問い正すと、そう言ってきたので肩を竦める雄一。
振り返った雄一はホーラ達に伝える。
「どうやら、昼以降じゃないと開かないらしいから、昼の準備をしよう。時間もあるから保存食ではなく調理したモノを食べる為に狩りに行ってこい。こっちはこっちで用意しておく」
「はい、行ってきます」
テツがそう返事するとホーラ達も一緒にこの場を離れていく。
それを見送った雄一は、こういう時は力が溜まる肉です、と言うテツが肉しかとってこなさそうだと判断して、私物の荷物を漁り始めた。
しばらくすると今まで慣れない表情の無表情だったテツが満足そうな顔をして帰ってくる。
「ユウイチさん、牛っぽいのがいたので狩って良さそうな所だけ切り分けてきました」
確かに満足そうにするだけの色の良い赤身の肉をテツが抱えて帰ってきた。
それを受け取った雄一は手早く切り分け、火にかけていた鍋に野菜などを煮ていた中に放り込む。
残った半分を長い櫛に挿すと別に用意していたその場にあった石などで作った即席の肉焼き器にセットするとテツに廻していろ、と指示を出す。
最初の野菜が入った鍋を混ぜるがまだ肉が残ってるので、考え込む雄一がホーラを見つめる。
「ホーラ、スープの灰汁取りはできるか?」
「さすがに馬鹿にし過ぎさ」
そう言うホーラは顔を顰めると雄一からお玉をもぎ取る。
肩をいからせるホーラと「本当に大丈夫?」と心配げなポプリが鍋を見つめる。
2人にスープを任せた雄一は残る肉の処置を始めた。
調理が進み、匂いに釣られたようにノースランドがやってくる。
そして雄一を見つめる視線は不思議なものを見る目であった。
「お前は、戦う以外もできるのか? 俺は鍋の番すらできなくて嫁に良く怒られた程なのに」
そう言うノースランドは少し懐かしそうに遠くを見つめるような瞳をするがすぐに仏頂面に戻す。
「俺の本業は主夫だ。まだ食べられるなら食べていけ」
「面白い事を言う奴だ。そうだな、ご相伴に預かろう」
仏頂面を破顔させるノースランドはその場に座り込むと調理をする雄一を見つめていると恵が近寄ってくる。
雄一の背後に立った恵に気付くと振り返る。
振り返った先にいた恵は何やら自信ありげにこちらを見て手元にあるパンを見せてくる。
「どうせ、男料理で腹に溜まったらいい、という昼食なんでしょ? でも、こちらは愛するケータの為に私が腕を奮ったサンドイッチ! これが女子力よ!」
突き出してくるモノを見つめながらも調理を続ける雄一は、気のないフーンという反応を返す。
それを見ていたテツは苦笑いを浮かべ、ホーラとポプリは馬鹿を見つめるような顔をしながらお玉を廻している。
恵が突き出したサンドイッチはロールパンを縦に2つに割って気持ちのレタスとチーズ、おそらくマヨネーズを挟んだモノを見せてくる。
確かに狩りに来た一般常識で考えれば悪いモノではない。
雄一は火を止めた鉄板の上で焼いていた肉のブロックを引っ繰り返して蓋をするとテツが焼いていた肉をケバブのように削るように肉を取ると恵が持ってきたロールパンと同じモノに挟んでピクルスを刻んだモノをソースのように挟む。
それをその場にいるホーラ達とノースランドに手渡していく。
雄一が作ったモノを見つめていた恵は顔中に汗を掻き始める。
固まる恵が憐れになってきた雄一は肉を再び削り取り始める。
「アンタ、そっちの鉄板で何作ってるの?」
「ローストビーフだ。もうちょっと余熱で火を通したら包んで置いておけば、今日の夕食ではいい感じになってるだろう」
目をパチパチさせる恵から手に持ってる2つのサンドイッチを奪うと削った肉を手早く挟んでやる。
「なっ、なっ!」
予想外の行動をする雄一に目を白黒させる恵。
「別に何かを求めての行動ではない。余って捨てるだけの物だ。それに、こんな栄養もないモノを食べて倒れたら、さすがにホーラ達が馬鹿みたいだからな」
出来上がったスープもカップに掬うと恵にサンドイッチと共に手渡す。
受け取った恵が激昂してスープを口に運びながら叫んでくる。
「何よ! どうせ見た目だけで不味い男料理なんでしょっ! ケータに食べさせる訳には……」
そう言って口に運んだスープを一口飲んだ恵は驚愕の表情を浮かべると雄一とスープを交互に見つめる。
すると目尻に涙を盛り上げるようにすると捨て台詞を吐く。
「化け物みたいに強いだけじゃなく、料理もできるなんて……やっぱりアンタなんか大っ嫌い!」
フンッ、と鼻を鳴らすと恵は啓太の下へと逃げ帰っていく。
その時には既に視線を向けてない雄一は各自にスープを配膳する為に掬っていた。
雄一を見つめていたホーラが真意を探るように質問する。
「あんな施ししていいさ?」
「問題ない。どうせ最下層に行くまでは何もしてこない、というよりできないだろうな。アイツ等は俺に勝てないのは身を持って知ってるはず。なら、一番、俺を襲う最善は最下層の魔物と対峙した時だ。その時までは何もしてこない。したら殺されるのは分かってるからな」
そう説明する雄一を見て、ホーラ達はその時に襲われても勝てると雄一が判断してる事に気付く。
ノースランドも雄一とホーラ達の反応を見て、肩を竦めて笑みを浮かべる。
「俺は頼りになる男を雇う事に成功したようだ。頼むぞ」
「ああ、任せておけ。それとあの恵に言ったように余らせたら捨てるだけだから遠慮せずに食えよ? お前達もだからな?」
頷く面子を確認すると雄一はテキパキと配膳して雄一もサンドイッチを齧り始めた。
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啓太は泣きながら戻ってきた恵から受け取った雄一によって改造されたサンドイッチとスープを片手に岩に腰がけて離れた所で食事をとっている雄一達を見つめる。
傍にいる恵は文句をタラタラ言いながらも雄一から受け取ったモノを咀嚼していく。
啓太も同じようにスープを口にすると驚きに包まれる。
外で簡単に作っているように見えた雄一のスープは今まで飲んだモノの中で一番美味しく感じた。
啓太は外食で良い店、高級店などには行った事が元の世界でも数える程しかないが、これほど美味しいと思ったのは初めてであった。
隣で文句を言いながら目尻に涙を溜めつつも食べるのを止めない恵の気持ちが良く分かる。
「本当の化け物かよ。完全無欠の化け物なんか相手にどうしたら……」
当の本人、雄一を見つめるが一切、隙を見せない。
今、襲うのは下策だとは啓太も分かっているが雄一は万が一の可能性を見逃さないとばかりに常に意識がこちらに向けられているのが啓太には感じられた。
もう笑うしかないのかと諦めの笑みが浮かびそうになるが意思の力で捩じ伏せる。
「例え、勝てる見込みがなかろうがやるしかない。恵の為、そして、全て、元の世界を捨ててでも新しい生き方をすると決めた自分の為に。あの化け物を出し抜いてみせる」
覚悟を決めた啓太はサンドイッチをガブリと噛みついて咀嚼しながら、隠す気のない敵対心を雄一にぶつけながら恐怖と共に飲み込んだ。
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